第32話

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 いよいよ待ち待った受験日がやって来た。昨晩あまりよく眠れなかった金太だったが、朝早くから目が覚めてしまい、そわそわした時間を過ごしながら母親に見送られて家を出た。

 私立の場合ペーパーテストのほかに面接のある学校があるため、試験日の2週間くらい前に事前に面接の予行演習を実施していた。だが、金太の受験するA高等学校は幸いにも面接というものがなかったため、そこの部分は考えなくてもよかったが、なんといってもはじめての経験なので、試験場についても不安が先立って何度も受験番号と教室番号とを見比べるのだった。

 周囲に目を向けると、やはり同い年の男子や女子が次々にやって来る。どの顔を見ても自分より勉強ができるように見えてならなかった。それでもこれまでこつこつと積み上げて来た学力をこの場で発揮するために頑張って来た以上弱音を吐くことはできない。

 これまで苦手だった数学もそこそこ理解できるようになったため、ほかの教科をミスることをしなければ合格する自信はあった。

 いざベルが鳴って戦いがはじまると、これまでざわついていた室内が水を打ったように静まり返り、ただペーパーを捲る音だけが気持ちを焦らせるのだった。

 金太のいちばん苦手な数学は3時間目だった。これを乗り切ればと思い、問題に挑んだのだが、気持ちと頭脳がシンクロしなくて、第1問目から手間取ってしまった。問題を読むより時計の針を見る回数が増え、一時はどうなることかと心配をしたのだが、後半になって見慣れた問題が続いたため、なんとかすべての問題に鉛筆を入れることができた。

 ―――

 すべての試験が終了すると、金太は大きな溜め息を吐いて試験場を後にした。

 駅までの道すがら、これまで両肩に圧し掛かっていた重圧が嘘のように消え去り、コートのボタンを掛け忘れるくらいホッとした気持ちになっていた。

 急いで家に帰り母親に試験の報告をする。そのあとすぐにリビングへ行き、勢いよくソファーに躰を投げ出した。次の公立高校の試験までは約1ヶ月ある。あと1日2日はなにもしたくないと思いながら目を瞑った。

「もうそろそろ夕飯よ!」

 金太は母親の声で目を覚ました。自分では瞑目しただけのつもりだったが、これまでの精神的な疲労が深い眠りを誘ったに違いない。

 眠っているうちに母親がかけてくれた毛布を捲りながら身を起こした金太は、「あッ、もうこんな時間か……」目を擦りながらいった。

 そして慌てて2階に行こうとした瞬間に、試験がすんだことを思い出して、ふたたびへたへたとソファ-に坐り込むのだった。

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