第185話 「箱の中にいる」

※読了目安:8分、長めです。


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俺たちがわちゃわちゃやっている間に、イリムとザリードゥから声がかかる。

隣の部屋、さっきまで天井だった面の反対側から人の気配がすると。


「レーテ達か?」

「かもな、全員気配が薄いが……コレは気配を殺してるんじゃねェ。単純に生命力がギリギリだからだ」

「……。」


「……『生命感知センスライフ』でも視えた。女ひとりに男8人……」


ユーミルが右目の魔眼を輝かせながら補足する。

『生命感知』は読んで字のごとく、生けるものの生命力オーラをぼんやりと感知する。

伏兵の察知や、戦場の死体の山から生存者を見分けるなど用途は多岐にわたる。


「行きましょう、師匠」


警戒するイリムに続き、みなで壁まで。そして10メートルほど上に開いた口を睨む。


「なるほど……あそこに移動できる仲間がいないと、満足に探索することもできないと」


壁、そして床はとっかかりのないツルツルとしたもので、生半可な『登攀とうはん』スキルではどうしようもないだろう。

幸い、うちのメンバーは全員が対処できる。


「誰が行く?」

「――師匠! 私、私が行きます!!」


ぴょんぴょんと跳ねるイリムが立候補。

こういうのは早いほうがいいので、そのまま彼女に任せるか。


「じゃあ、頼む」

「はい!」


答えるやいなや、イリムはろくな助走もつけずそのまま壁面を駆け上がり、あっというまに頭上の窓へ到達。隣の部屋を覗く。


「――人です! みなさん衰弱してます!」

「格好は!?」

「みんな教会の人かと、真っ白けですので!」


「じゃあ俺っちの出番だな。イリム、ロープを頼む」

「はい!」


イリムはロープをこちらへ放ると、パッ、と向こうへ姿を消した。

このダンジョンには今のところ突起などの縄を結べる場所が見当たらないため、手で持ったまま踏ん張るつもりだろう。

ザリードゥはそのロープを掴むと、いともたやすくスルスルと登っていく。

ついで盗賊シーフのカシス、人がすでにいるとはいえ新しい部屋だ。まずは調査役の出番だろう。


そうして、カシスも登りきり、ザリードゥの「レーテ達だ! まだ生きてるぜェ!!」という声が向こうから。


ひとまずホッとし、次は俺かとロープを掴んだそのとき……またそこかしこから重い響きと、振動。

シュカッ! という音ともに真上の出入り口が閉じ、千切れたロープがこちらへ落下してくる。


「マズイ!」

「師匠さん! また遺跡が動いています!」

「……チッ……」


イリムたちと分断されたことで焦るが、すぐさま頭を切り替えみけを抱く。

隣にはユーミルが鎖を広く展開し、回転に備える。


そうして今度は、さっきまで登攀とうはんしようと向き合っていた壁の方へ部屋が回りだした。


「――おおっ……」

「……向いている方向?」


……法則はわからないが、回転方向の面に近いならほとんど危険はないな。

迫りくる壁と今立っている床がちょうど同じ角度……傾斜45度になったあたりでひょい、と足場を移す。


「毎回これだといいんだけど」

「……おい師匠、そろそろミリエルを離せ……」

「あっスマンね」


「私は別に……」

「ほら、もう安全だ」

「……。」


みけを離し、すでに床となった面にしっかりと立つ。

真上を見るとさきほどまで壁だった真っ白な面が、最初と同じく天井へ。そしてまたシュカカカッ! と各面の口が開く。

しかし、天井は開いていない。


「回転して、また反転して……ふつうに考えると同じ位置に戻ってきたと思うんだけど」

「入り口、閉まったままですね」

「……師匠、『俯瞰フォーサイト』は?」

「ああ、なるほど」


火精と風精のチカラを併せ持つ『俯瞰』は地下に潜れば潜るほどそのチカラを減じる。


『俯瞰』は現在3メートルほどで、さっきの戦闘では2メートル。

つまり、今は回転前より地上に近いということになる。


もし侵入時と同じ座標だとすると、天井の入り口が開かないのは厄介だな。

なにか「条件」を満たさないかぎり、ここから出られないとかか……?


「まずは師匠さん、イリムさん達と合流しましょう!」

「ああ……って、待て!!」


みけがとてててっ、とさきほどまで俺が登ろうとしていた窓、今は床に開いた穴へと駆け出したので肩をむんずと掴む。


この床はいわば未調査領域エリアだ。

不用心に走るのはよくない。


「師匠さん?」

「ユーミル、頼めるか」

「……あいよ」


鎖の少女がローブの裾から、じゃらじゃらと蜘蛛の糸のように鎖を放つ。

それが床をのたくるように這い回ると、いくつかの床から鋭いトゲや槍が突き出していた。


「――こうなるから、慎重にな」

「おおっ、お姉ちゃん凄い!」

「……みけ、聞いてる?」

「聞いてますよ。でもだって私には【四方】アスタルテさまの掛けた『土殻シェル』の術がありますから、あんな槍どうとでもなりますけど」


ドヤッとした顔の天才魔法少女。

うーん、そういうとこやぞ、みけさん。


『慢心』のスキルは一度付くとなかなか剥がれない呪いの常在能力パッシブスキルで、どんな英雄もコレで超絶弱体化するのだ。

そこらへん、ちゃんと今ここでお説教して……。


「……師匠、敵だ」

「えっ」


ユーミルの指摘であたりを見渡すと、確かに敵が出現……もとい復活していた。

バラバラに砕け散ったはずの小型ゴーレムが、いつのまにか組み上がりこちらを睨んでいる。


黒光りした甲冑武者のようなその姿。

拳はトゲまみれだったりブレードが付いていたり。


さきほど戦ってわかったが、こいつらは中級終わりかけの戦士……存在濃度レベルでいえば6はある。

動きもいいし、なにより体を構成するモノがいい。

部品パーツが恐ろしく頑丈なので、そのつなぎ目を破壊ないしは切断して切り離すパージするしかない。


「ゴーレムコアがあって、そこから供給される魔力で再接続するのでしょう。……素晴らしい技術です」

「錬金術師として気になるのはわかるけど、今は敵だぞ」

「わかってますよ!」


みけはにやりと笑うと、自慢のシルシで魔力をかき集める。

そのとたん、ゴーレムの集団の動きが一瞬鈍る。


「……すげえな」

「……ああ、ミリエルは天才だよ……」


恐らく、みけが魔力をおのがモノにすべく貪欲にかき集めたその時、ゴーレムを稼働せしめる魔力すら多少なり奪い取っている。

本来、構成されカタチ取られた魔力の支配権を奪うには相当の力量差がないと不可能だ。


そうして一瞬、木偶デクと化し直立したゴーレムの集団へ、みけが死の宣告を放つ。


「――いきます! これで決めます! 『しねしね光線』!!」


名前は、どうかと思うがしかし、その効果は一目瞭然いちもくりょうぜん

みけが突き出した指先から、さきほどよりはるかに太く真っ黒なレーザービームが放たれた。


丸太ほどの黒い光線に敵陣が貫かれ、一度に5体が崩壊、そして部品パーツがバラバラに弾け飛ぶ。


「――よし!」

「……うわぁ……まぁ、あとは俺らでやるよ」

「まだまだいけますよ!」

「……MPの配分、管理はRPGの基本だぞ」

「あーるぴーじぃ?」

「要はみんなで頑張りましょうってこった」

「……なるほど。では師匠さんたちお願いします」

「…………。」


残った残党を俺は『火弾』で、ユーミルは鎖で破壊していく。

どうやら巨大刃ギロチンで薙ぎ払うよりああして鎖で部品パーツ部品パーツの間を締め壊していくほうが効率がいいようだ。

そうしてたいして危険もなく黒光り集団を排除した。


「しかしこいつら、また動くかもな。コアはどこだ?」

「ちょっと待って下さい、その前にイリムさん達と合流……っ!!」


気付くと、また各面の出入り口が閉まり、遺跡全体から鈍い音が。

また『回転』が始まったのだろう、体を身構える。


「……おおっと、……あれ?」

「回ってますね」


そう。

今回は部屋が水平に回転している。

動き始め、体にまるで電車の発進のときのような慣性がきたが、そこからあとは平和なもんだ。


「このターンは様子見ってか?」

「いえ、なにか法則性があるとみるべきです」

「……回転開始は全部同じタイミング……だいたい700クオーレだ」

「おお、まじか」


つまり同じ周期、同じ法則というわけだ。

ん、そうすると……。


「こいつらがまた動くのも確定?」と辺りに散乱するゴーレムの部品を指差す。


「……だろーな」

「……イリム達と合流しよう。鎖を頼む」

「ほいさ」


ユーミルがあたりに鎖を這わせ罠を強制発動させる。

コレだと『調査』としては片手落ちだが、今は仲間との合流を優先すべきだ。


さきほどユーミルが700クオーレと言ったが、クオーレとは心臓の鼓動を目安にしたこの世界の時間単位のひとつだ。


心臓が1回脈打つ、それが1クオーレ。

これがユーミルの故郷たる自由都市で最小の時間単位である。


つまり、だいたい10分周期でこの遺跡【底なしの立方体クラインキューブ】は回転し、そのたび衛兵たる小型ゴーレムが動き出すのだ。


「突っ切るぞ!」

「はい!」


年長者にしてリーダーたる俺が先導し、いっきに床の中央に開いた穴へと走る。

その間、幸いにも新たに作動した罠はない。

床にぽっかりと開いた穴を覗くと、同じようなサイズの部屋が見えた。


床はここから20メートルほど。部屋はキレイに正四面体キューブで、すべての面に出入り口が確認できる。

そして、なにより。


「――あっ、師匠! よかった……無事だったぁ!!」


と泣きじゃくる最愛の人、イリムの姿。

それを見た瞬間、俺はまったくためらわず穴から飛び降りていた。


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ぐんぐんと迫る床。

俺が飛び降りた穴からイリムのいる床までは20メートルはあり、それはおおよそマンションの6階建てに相当する。

あちらの世界であれば飛び降り自殺に足る高さだ。

だがそんなモノ、俺とイリムの間には障害にすらならない。

火精と風精を強く励起れいきし、空間をしっかりと折り曲げる。


さきの飛び降りでは、予想よりはるかに少ない精霊力によりうまく『歪曲』が発動できなかったが、それはさっきまでの話。

少ないとわかっているなら、そのぶん個々の精霊に活を入れればいい。鼓舞こぶすればいい。


――そうして、なんら問題なくふわりと床へと舞い降りる。

泣きじゃくるイリムの待つ、その目の前まで。


「わりぃ、心配させた」

「師匠!? ……良かったぁああああああ!!!」


イリムがこちらへ飛び込んでくる。その体をしっかと受け止める。


「……強くなったのはわかります。けど、まだまだ師匠は心配なんです、しょうがないんです……」

「そうだな、すまん」

「ホントにわかってますか!?」

「わかる、わかってるよ」


ぽんぽんとイリムの頭を撫でる。

確かに、俺もこいつと別れてから不安でどうしようもなかった。


年少たるみけの手間、その気持ちはなんとか抑えていたけど、心の中では不安でいっぱいだった。

だからまあ、そう。

ふたりとも同じぐらい大バカだってわけだ。

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