第170話 「鐘の娘」

あのあと、執事のマスターさんといくらか思い出話に花を咲かせた後、本格的な交渉を始めた。

と言っても、すでに話はまとまっているようなものだ。


「わかった。君たちがきたる戦いに赴くとき、ここ自由都市も加勢しよう」

「ありがとうございます」


「まあ、数少ない知り合いの魔術師も、そろそろ北がヤバイと口にしていた。他の街や国も気付いている可能性が高い。協力自体はみなしてくれると思うよ。なにしろ、ほっといたら全滅するんだから」

「……ええ、そうです」


「いくつかの都市とは交友があるし、仲のいい友人もいる。そちらにはいくつか手紙を送っておこう。助けになれるはずだ」


再度、頭を下げる。

アルマの親父さんに世話になったという領主殿。元冒険者。

そしてまれびとであるマスターを認め、さらには仲間にまでした男。

この人が味方についてくれたのは本当に大きい。


「じゃあ、これからが本番だね。ドワーフとの交渉さ」


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ここ自由都市の領主であるカシェムは街を離れられず、これから交友のある都市へと手紙を書かねばならない。

領主代行として、執事のマスターが同行することになった。


「よろしくお願いします、師匠殿」

「いえいえ、こちらこそ」


彼はザ・執事といった出で立ちで、スラリと細身の高身長。

眼光は鋭く、しかし優しさもある不思議な目をした人だ。

歳は60手前ぐらい……かな、頭髪が少し寂しい以外は、かなりイケオジの雰囲気がある。


俺とカシスは彼と雑談しつつ、港へと足を進める。

しかし、彼との会話で心を紛らわせつつも、だんだんと誤魔化しきれなくなってきた。


道を曲がると、視界が開け……港が広がっていた。

いくつもの帆船、小舟。


そうして、その中に見覚えのある船……ブランディワイン号を見つけてしまった。

こたびの交渉、そのためへのドワーフ島への渡航を唯一許された船である。


船長はもちろん……、


「やあやあ師匠どの、久しぶりだな!」


2年前と変わらず、元気な声が聞こえてきた。

船長の、カンパネラである。


2年前と変わらず、元気な笑顔で。

夏の太陽のような、カラッとした声も懐かしい。


……ぐっ、と気持ちを切り替える。


『あの日』以来、彼女には会っていない。

会いに行けなかった。

しかし彼女はそれをとがめることなく、ただ笑顔で接してきた。

であるならば、こちらの対応もソレしかない。


「よう、元気にしてたか!」

「おうともよ!」


イシシと笑うカンパネラ。

俺についで、イリム達も言葉をかわす。


「船長!お久しぶりです」

「イリムくん、キミとは半年ぶりだな!」


そうなのだ。

イリムや他のメンバーはたびたびカンパネラに会っていた。

なにしろ、フラメル邸と自由都市のラザラス邸は『帰還』の門による地続きと言ってよく、つまりご近所さんなのだ。


「……よう、船長。2年ぶりだな……」

「やあユーミルくん、キミも晴れて旅立てるというわけか!」


この世界の住人であるユーミルは勇者組の攻撃対象であるため、強さが仕上がるまではフラメル邸を離れられなかった。

ゆえに、彼女も俺と同じだけカンパネラと会っていない。


「カンパネラ船長どの、此度こたびの航海、任せましたぞ」

「やあ執事どの、任され申したぞ!」


こうして、俺たちは懐かしのブランディワイン号へと乗り込んだ。


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自由都市を離れ帆船はんせんはぐんぐんと海上を進む。

久しぶりの船旅、潮の匂いも東のものとは違う。


フラメル邸も海に面しているのだが、あそこは冷たく湿った海風。

いうなれば北国のそれ。


対して大陸の南西たる自由都市は、暖かく乾いた海風。

いうなれば南国のそれ。


「ヨーソロー、ヨーソローだ!」

「へい、親分!」

「おう、おう!」


船内ではカンパネラ船長の鐘のような声がカラコロと響き、それにつられて船員たちの元気な声。


船員たちはみな、いわゆるヒト族であった。

2年前の船上の景色とはガラリと違う。

もう、あの学芸会のような雰囲気ではない。

れっきとした、ごくごく普通の船乗りたちが作業を続けている。


俺はその光景が見ていられず、船のヘリへもたれ掛かり何もない海上を眺める。

自由都市も、船上も、そしてもちろんドワーフ島も視界に入らぬよう。


しばらく、本当にしばらくが過ぎたころ、


「……ふう」

「どうしたね師匠くん」


気付けば、後ろから鐘の音。

振り返ると小さき船長がすぐ目の前に。


「……カンパネラ、その」

「キミが何を考えているかはわかるぞ」


彼女のつよい瞳は、それだけですべてを物語っていた。

だから、俺から余計なことを言うべきでないと悟った。


「……そうか」

「私も、すべて割り切れているわけではない。だが……」

「ああ」


「前に、進めねばならぬのだよ。船も、未来もな」

「そうだな」

「此度の会談、自由都市とドワーフとの交渉。そして北との戦いの約束。

 すべて、すべて、前へと進めてくれ。

 我がブランディワイン号はそのための架け橋となろう」


カンパネラ船長が、すっ、とこちらへ小さな手を差し出す。

俺はそれをしっかと握り、彼女のような笑顔で応える。


「ああ、任せてくれ」



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