第69話 「誰《た》がために」

みけは外にいろ、というユーミルの指示で6人であの胸糞悪い部屋へと踏み込む。

豪華な部屋……あらためて見れば当主に相応しい内装である。

ところどころに、不愉快なモノが貼り付けにされているせいで気付きづらいが。


その中央に置かれたこれまた豪奢なベッドの脇に、ひとりの青年が立っていた。

青い髪、金の瞳。すらりとした出で立ちは確かに高貴な生まれを想像させる。

しかし、その中身にはたっぷりの醜悪さが詰まっていた。


「どうも、挨拶が遅れたようで……」


鮮麗された動きで一礼。

俺に貴族の礼儀作法はわからないが、それでも正統のものとわかる優雅な所作。

たっぷり時間をかけたあと、おもむろにクツクツとした笑い声が響く。

ユーミルが2歩、前にでる。

ここは私に任せて、と。


「……ラトウィッジ、まさか【転生リンカネーション】を編み上げるなんて……驚いたよ」

「……なんだ、小娘?」


じーっと目の前のローブの少女をにらむ青年、いや今やこの館の当主か。

その彼がしばらくしてため息を漏らした。


「ほうほう、同業者か、珍しい。どこぞのお家か知らんが、所詮しょせん下賤で卑しいものであろう」

「……うわ、よくわかったね。なにしろ滅んじゃったからなー……」

「――ハッ、すでに我が身は全知」


なんだか青年はテンションが高いというか、浮かべた笑みも病的だった。

およそ、人の表情ではありえない。


「……ずいぶん調子よさそうだな」

「この体には、数多の力が宿っている。先ほどの枯れ木のような体とは段違いだ」


「……ふーん、こえーこえー」

「わからぬか? この身には大量の、それも7歳未満に厳選した幼子の魂を取り込んでいる。50、100では効かぬぞ? 私も忘れてしまったぐらいだが……」

「159人だよ」


当主のひとりごとを素早く断ち切る。

ユーミルが、冷たい怒りをたたえているのがこちらまで伝わってくる。

イリムが静かに左手を握ってきた。こちらもしっかり応える。


「…‥は? いや、たぶんそれぐらいか。鑑定眼はしっかりあるようだな」

「……そりゃどうも」


「で、だ。それだけの魂の量、魔力の純度。

 貴様もこの道の端くれならわかろうものだろう?」

「……ああ、想像するだけで恐ろしいね。

 5、6歳なんていうと一番残酷な時期じゃん……」


あっ、というアルマの呟き。

これはまずいですねー、と続ける。

どうした?と小声で聞くと、みなさん、決して動かずにいて下さい。

できれば目をつぶっているのがお勧めですよ、と。


「……どうもお前とは話が噛み合わん。よほど下等な家に生まれたか、まともな師が……」

と当主が口にしようとした瞬間、ユーミルの鎖が彼の口に直撃した。


「あががっ! ……ぐっ、貴様!!」

「……デス太の愚弄は、許さない」


歯が折れたのか、口からの出血を抑え血走った目でユーミルをにらむ当主。

だがすぐに、にちゃあ……と口を限界まで広げる。


「そうか! では貴様は『魅了チャーム』で壊れるまで使ってやろう!

 むろん後ろのコバエどももな! ほうほう、よく見れば悪くないのもいるではないか!」

「……うわー、元気なご老人ですわね」


ニコニコとアルマは笑っているが、俺は怖気が走っている。

そもそも、これからかける呪いを宣告する意味がわからない。


「廊下にいるのだろう、みけ! お前もな、これからはたっぷりと……」

「おい」


ユーミルが大声を上げる。

当主はありえないという顔で彼女を見る。


「『金縛りパラライズ』が効いていない!?」

「……んなもん、発動すらしてねーよ……」


あたふたと見るからに慌てだす青髪の青年。


莫迦バカなっ! この身には数多の辺獄リンボの霊魂が宿っているのだぞ!?」

「……そうだな、たくさん、たくさんいるな……」

「それに宿る魔力を持ってすれば、視線だけですら高度な呪いの行使を……」


突然、当主の右目が破裂し鮮血が吹き出した。


「がっ!!」

「……だれもな、オマエのいうことなんて聞きたくないってよ……」

「いや……バカな……全員……隷属れいぞくシィイイッツ!?!?」


男の右腕と左足が、あらぬ方向に折れる、いやねじれ曲がった。

雑巾しぼりのようだ……と場違いなことを考える。


「……さっきみんなと話して、決めさせたんだ。

 このままどこかに行かせてやるか。万が一この体にお前が入ってきたら、何かしてやりたいか」


この部屋で、ユーミルが悲しげな顔で男の死体に触れていたのを思い出す。

あの時、死者の、子どもたちの霊と語り合ったのか。

死者と語り合う力を持つ魔術師。

そうであれば、つまり彼女は……。


男のさらなる悲鳴。絞られた雑巾が無造作に地面に叩きつけられている。

びたん、びたん、びたん、びたん。


繰り返し、繰り返し、あらん限りの力で。


びたん、びたん、びたん……ぶちっ。

ほつれた部位が、千切れ飛んだ。


「―――――――ア、」


直後、想像を絶する咆哮ほうこうが上がった。

気付けば男は両目も潰され、泣くこともできずに鳴いていた。

鳴いて、許しを乞いていた。

子どもたちに、貴族の男に、そしてなにより自分自身に。

雑巾しぼりが追加される。


「……だーから言っただろ、子どもは残酷だって」

「ユーミルさん」


イリムの声。

ユーミルの背中へ、強い口調で。


「もう十分じゃありませんか」

「……それを決めるのは私じゃない、あの子たちだよ」

「でも、もう本人も罪を認めて、」

「……それを決めるのはアイツじゃない、あの子たちだよ」


俺は男が苦しむさまを見て、多少なりザマアミロと思っていた。

だが、腕が千切れたあたりから、なにか……言いようのない不快感を感じていた。


「私はユーミルさんに賛成ですわ」とアルマ。


「復讐はよく、遺族の勝手な鬱憤うっぷんを晴らしているだけじゃないかとか、殺された人は復讐なんて望んでいないだとか議論になりますが。この場合、その当の本人に直接聞くことができる。死霊術というのは素晴らしいですわね」


ザリードゥは「ノーコメントだ」と首を振り、カシスも「私には決められない」と同じく惨状から目を背けた。

その間にも、びたんびたんという耳障りな音と悲鳴が響き渡る。


「私は、反対です」

「……だーかーら、イリムの意見は関係ないの、当事者同士で決めさせてるじゃん」

「ユーミルさんの死霊術で、力を与えて……ですよね」

「……そりゃあ、そのまんまじゃ『霊動ポルターガイスト』は難しいしね」

「じゃあ、子どもに刃物を与えているのと同じです」

「……うん?……そっかぁ、そうなるかもね」

「6歳の子どもに刃物は早すぎます。取り上げます」

「……ハッ、そーかよ……じゃあやってみなよ……」


――バチリ、とふたりの間に緊張が張り詰める。


「……おいイリム」

「師匠、ここは引けません。子どもに、あんなことをやらせるのは悲しいです」


――直後、イリムが弾丸のように紫の少女へと駆ける。


ふたりの戦いが始まってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る