Third Person-1
「――お待たせしました~」
長方形でこげ茶色のトレイに乗せられていたそれが目の前に運ばれてきて、瞳は一人恍惚の表情を浮かべる。
「私、一度でいいから食べてみたかったんだ。すぎ家のチーズ牛丼……!」
その一言に向かいのイスに座っていた祐二と綾が顔を見合わせ、あ然とする。
ここは市内にある全国チェーンにもなっている牛丼屋。瞳はそこのメニューの一つ“四種のチーズ牛丼”を一度でいいから食べてみたかったとのことで綾が携帯で調べてみた結果、タワーから二十分ほど歩いた場所にそれがあったため即決で入店した。
瞳によると以前、テレビ局の控室に置かれているテレビで聞いた話でチーズ牛丼のツユダクを混ぜて食べるとドリアのような味わいになるとのことで是非とも試してみたかったと言う。
一人で行くのを躊躇っていた中で今回はまたとないチャンス、そう思い祐二と綾をここに誘ったのだ。
「あの、本当にここでよかったんですか? 他に行きたいところがあったんじゃ……?」
「ううんっ♪ ここでいいんだよっ」
弾む声を交えて笑みを浮かべる瞳に祐二もつられてやさしく微笑む、これまで見たことがなかった彼女の明るい表情に彼はこういう顔をする人なんだと改めて思い知った。
そんな中で綾は食べていた手を止めて携帯に何かをメモしている、祐二が横目で何をしているのか見ると瞳の名前がフルネームで書かれているのが見えたため今の瞳についてだろうか。
そうこうしているうちに瞳が食べているチーズ牛丼はなくなっていき、両手を合わせてごちそうさました。
* * *
「あ~、おいしかった~」
お腹をさすりながら満足げな表情を浮かべて店を出る、帽子と眼鏡姿のせいか道行く人はそれが人気アイドルである瞳だと気付いていなかった。
その背後に綾と会計を任された祐二が出てきた、嬉しそうにしている瞳を後ろから見ていた二人はつられて笑う。
三人はその後どこへ行くかも特には決めず、自由気ままに近くにあった家電量販店へ足を運んだ。
最新の家電事情に疎かった瞳にとっては何もかも好奇な目つきで見ている。
「へぇ、瞳さんもああいう顔するんだぁ……」
「なぁ、綾」
それをうっとりとしていた表情で見つめる綾に祐二が声をかけた。
「秋山さんに対して、いつもと呼び方が違うような気がしたんだけど……」
祐二の言う通り綾は普段、瞳含めアイスのメンバーはフルネームで呼んでいる。
ところが今瞳が目の前にいるせいか自然とさん付けだった。
「だ、だって、目の前にいるのにそんな失礼なこと……!」
「ん? 二人ともどうしたの?」
仲睦まじく話している二人を見て瞳は触りながら家電を楽しんでいる手を止めた。
祐二が事情を話すと瞳はクスクスと笑い始める、それを見て綾は顔を赤らめ祐二の頭を何度も小突いた。
「綾さん、私たち友達になったんだからいつも通りでいいんだよ? むしろ呼び捨てでもいいくらいだしっ」
そう言うと綾はなおも顔を赤くさせる、電気ポットでお湯が出来たような状態だった。
綾はミーハーである、アイドルとこうして話しているだけでもすごいことなのに友達と言ってくれたことに嬉しい以上に驚きがあった。
「じゃ、じゃあ……ひ、ひ、ひと、ひと……瞳!」
恥ずかしそうに呼び捨てで呼んだ綾に対し瞳は快く返事をした。
「ついでといっちゃなんだけどぉ~、祐二くんも! ほらっ」
「えっ、ぼ、僕もですか?」
まさか自分もとは思っていなかった祐二はあたふたと挙動不審になり始める、綾のような幼なじみには慣れていたものの綾から教えてもらった芸能人に対して呼び捨てというのは彼の中でとても出来そうになかった。
結局祐二は瞳のことを呼び捨てすることは出来ぬまま、エスカレーターに足を踏み入れる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます