第28話 水着
真夏の太陽がギラギラと照り付けているにもかかわらず、いや、だからこそか。ここ、レジャープールでは厳しい日差しに身を焼きながらも、たくさんの人で賑わっている。
三人仲良く遊びに来たと思われる親子連れや「うぇーい」などと高校生特有の盛り上がりを見せる学生たち。また、手を取り合って桃色のオーラを演出しているカップルの姿も。
比較的若年層が大半を占めている。まあ、普段少人数を好む僕にとっては、仰々しいなとちょっぴり煩わしさを覚えるくらいだが。
だが、そんなことは今日の僕にとっては瑣事でしかなかった。なぜなら、
「おいおい、凌太。もうすぐで美少女三人の水着姿が拝めるぞ。ぎゃおおおおお!」
「ぎゃおおおおおって何だよ。街、蹂躙するゴジラかっ」
正直納得はいかないが、黒野と同意見なんだよな。
紗希と千花さんと衣鳩先輩。クラスの、というか世の男からすると、このメンツは相当輝かしいだろう。レベルが高い。プールへ行こうと提案した僕でさえまだ現実味を感じられないくらいに。
でも、よくオッケーしてくれたよな。僕ら五人はテスト期間中に意気投合したからといって、まだ一緒にいる時間は長くはない。
それなのに僕はいきなり異性の前で肌を晒さなければいけないプールに誘っちゃったんだろ。
今まで僕は女子の友達とかいなかったから(それ以前に男子の友達も大勢いたわけじゃないし、なんならこうして自分から発案するのは初めてだったりする)特に深く考えなかったけど、僕のこの行動って世間一般から見れば、バグってない?
それとも世のリア充からすれば常識なのだろうか。わからん。
紗希はともかくとして、千花さんは紗希ちゃんがいるならいいとのことで、衣鳩先輩は羽衣さんがいるなら行きたいとのことだそうだ。二人を誘った紗希が僕に教えてくれた。
僕のことに関しては、「「芦谷君なら大丈夫でしょ」」と言っていたらしい。
信用してくれるのは嬉しいけど、男として舐められてるとかではないよな?そうだよな?
それに黒野が来ることも意外とすんなり受け入れてくれた。ただ、理由が悲しすぎる。
「「「どこで盗撮されるかわからないくらいなら目の届くところにいたほうがまし」」」
だとよ。
黒野の気持ちは察するに余りあるが、僕も男一人だと肩身が狭かったので女子たちが黒野入りを承諾してくれたのは助かった。
それにしても遅いな。何かトラブルでもあったのか?
と、更衣室の先にある会場への入り口付近で待っている僕は思考したが、それは杞憂だった。
プールへ向かってくる人は大勢いるのだが、その中でも一段と目立って僕らの前に登場したのは、衣鳩先輩だった。
もう何が目立つって、……何?その大きいの?
一般的に大きいとされる双丘が桜島だと例えるとしよう。衣鳩先輩のそれはもはやグレートディヴァイディング山脈だ。(言いたいだけ)
それくらいビッグ。大物。
その気になればお堅い風紀委員も二、三人は社会的に殺せると思う。
そんな衣鳩先輩のビキニ姿を見て、黒野が黙っているわけがなかった。
「ぎょぎょぎょ。先輩、その、ぐへへっ、に、似合ってますぜ、えへ」
黒野は両手で何かをもむ仕草をしながら、下衆を極めた感想を述べた。
衣鳩先輩はごみを見る目をするかと思っていたが、予想は外れた。「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」というセリフを吐いた何ミールのごとく失望を露わにしていた。小学校の国語の教科書で見たな、あれ。
黒野がじゅるりという怪しげな擬音を発したところで、衣鳩先輩の闇の部分が爆発した。
「私のこの胸に顔を埋めると息ができなくなるってバカな男どもが騒いでいたわ。黒野君。試す?」
いつもの、すべてを包み込んでくれそうな優しさは一ミリも介在せず、あるのはドスのきいた低音の脅し文句だった。
「すみませんでした。まだ体が酸素を欲しているので許してください。お願いします」
かくいう僕も目のやり場に困ってはいたので、黒野の華麗なる土下座をすがるように見つめていると、二番目の出場者が登壇した。
「ごめん遅くなって。紗希ちゃんが恥ずかしがってなかなか着替えてくれなくて……」
そう言ってスタスタと歩いてきたのは千花さんだ。一人なので紗希はまだ更衣室で己と格闘しているのだろう。
千花さんは……まあ、安心できる見た目だ。
胸から腰のあたりまでが布に覆われていて、ワンピース?ではないな。キャミソールっぽいフリフリした水着で、おそらく華奢であろう体のラインや胸部は隠されている。こっちはこっちで何か年下っぽくて良い感じだ。
決して貧乳だって言いたいわけじゃないんだからねっ。勘違いしないでよね。
そんな感想を胸の内に秘めていると、土下座している黒野は体勢は変えず、顔だけをバッと勢いよく上げた。期待の眼差しを向けたのもほんの一秒ほどで、すぐに落胆に変わり、そして小難しい表情へと変遷した。
黒野は何かを憐れむ目で、でもそれを悟られないよう気を遣ってます感満載の態度で立ち上がった。
「…………まあ、あれだ。俺はそれくらいちっこいのもなしではな……んぐっ!」
千花さんは目にもとまらぬ速さで黒野の口を片手で鷲掴みにし、封じた。
「ねえ。今何て言ったの?もう一回言ってくれない?」
「んんんんんんんんんんんんん~~~~~~ッッッ!」
「ほら。反省してるなら謝って。早く謝って!」
「んんんんんんんんん~~~~~~~ッッッ!!!」
そりゃ千花さんが口元抑えてるんだから喋れないでしょうよ。このまま口封じに消されるまである。ドンマイ黒野。
そんな理不尽を他人事みたく眺めていると、ようやくその時が来た。というか気づかされた。周りの「おお~」という感嘆で。
声のする方へ振り向くと、水着姿の紗希がこちらへ足を進めていた。
でも僕は即座に見たくないと思ってしまった。なぜか。
あまりにも可愛すぎるのだ。今まで見た中で一番。
これ以上目に入れると、僕は制御が利かなくなってしまうかもしれないと直感したからだ。
さっきはあれだけ待ちわびていたのに、今は打って変わって見ないように努めている。おかしな話だ。
早く理性を抑えなければ……って理性は抑えたら駄目じゃね?
僕が馬鹿みたいに混乱しているうちにとっくに紗希は目の前までたどり着いてしまった。
落としそうになった理性を心のポケットに大事にしまってから、改めて紗希に目を向ける。
腰のあたりに布を巻いている……パレオか。
学校いるときからスタイルがいいだろうなとは思っていたが、実際こうして生で見てみると、息をのむほど綺麗だった。
存在感のあるくびれと衣鳩先輩ほどではないが、それでも豊満と言って差しさわりのない胸。
それにまだ恥ずかしがっているのか、もじもじとしながら赤らんでいるその顔は女の子らしさをさらにグンっと引き上げている。
あまりの美しさに呆気に取られていると、紗希は必死に祈るような瞳で、
「…………どうかな?」
と恐る恐る訊いてきた。
「か、可愛い。すげえ可愛い。に、似合ってる……と思う……」
何て言おうか事前に考えていたのに、予想以上に可愛すぎて、頭が真っ白になり、ただ現在進行形で浮かんだ言葉しか言えなかった。
やっぱりもっと見ていたい。そう考えていると、突如視界が真っ暗になった。
何事だ?と狼狽えたが、すぐに紗希の仕業であることが判明した。
「や、やっぱり見ないで。お願いっ!」
なんと両手で僕の視界を閉ざしたのだった。
両手から微妙に紗希の体温が感じられて嬉しいなんて思ったりもしたが、ずっとこのままってわけにもいかないしな。
だが、紗希は僕の視界を塞ぐ指と指の間隔を広げたり閉じたりしている。そのたびに紗希の水着がチラチラと見えてしまう。
見てほしいのか見られたくないのかどっちなんだ。
一連の、主に紗希が周りから注目を浴びていたので、さっさと移動し、五人でプールに入り、遊び始めた。
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