第22話 獲物
おいおい。前にひと悶着あったばかりだぞ。一体僕らに何の用なんだ?
そう思い、嫌々、声の主の方へ振り返ってみると、案の定今村がいた。あと、取り巻き数人。テスト勉強をしに来たという感じでは全くないので、この図書室ではかなり浮いている。
今村の存在を確かめた後、真っ先に冬知屋さんに意識を向けると、彼女は震えていた。何にとは言うまでもない。
僕は決意したと言わんばかりに、冬知屋さんのブルブルと震えた手をそっと握った。上から優しく包み込んだと表現した方が正しいかもしれない。そこに恥ずかしさとかは一切介入しておらず、ただ安心させてあげたい一心だった。
その甲斐があったのか、冬知屋さんは少し落ち着きを取り戻したようだった。
今村たちの危なげで異様な雰囲気を察したのか、まだ図書室が閉まる時刻になっていないのに、そそくさと勉強道具を片付け、この部屋を後にしようとする生徒も何人か見受けられた。
「やあー麻人ちゃんどーしたのー?なんか俺らを探してたような口ぶりだったけどー」
「幸の言うとおりだぁ。テストなんてかったるいから普段はこんなところ来ねえんだけどなぁ」
黒野は軽い口調で情報を引き出そうとし、今村はだるそうに首をコキコキ鳴らしながら、近くの空いている席へ腰をドカッと下ろした。
そして、取り巻きに偉そうな口調で命令した。
「おい。お前。さっさと水をよこせぇ」
「すみません今村さん。持ち合わせてないです」
「あ?さっき買えって言わなかったかぁ?」
「え?そんなことおっしゃっていませんでし……いだあぁ!」
「……水は?」
「は、はい。今すぐお持ちいたします」
取り巻きどころか、もはや奴隷だ。今村は奴隷の足を思い切り踏み抜くことに躊躇がなかった。
四六時中あんななんだろう。目の前で広がる絶対王政に僕は、いや、他のみんなも唖然としていた。
「それでなんで俺らのこと探してたんだー?気が変わってテスト勉強したくなったとかかー?」
「なわけねえだろぉ!ばーかぁ」
こういう時の黒野はすごい。肝が据わっているというか何というか。誰にでも崩さないそのマイペースさは余裕をにじませ、今はとても頼りがいがある。
というか学年一位に馬鹿って言う今村が地味に哀れだ。無駄な諍いになるから口に出さないけど。
「女に会いに来たんだよぉ」
今村はギロッと冬知屋さんの方に怪しげな視線を送った。
冬知屋さんに悪寒が走ったのだろう。元々華奢な体をさらに縮こまらせ、怯えていた。
そんな彼女が今村の視界に入らないように、僕は庇う姿勢を取った。
「お前、あんなことがあってまだ凝りていないのか?」
我慢できず、若干の憤りを言葉に含ませてしまった。
「あぁ?紗希のことじゃねえよぉ。俺を振ったそのブスにはもう用はねぇ」
その言葉に思わず怒り狂いそうになったが、冬知屋さんが狙われていないという事実にひとまず安堵できたため、即喧嘩ルートに入らずに済んだ。
でも、じゃあ誰だ?誰が目的なんだ?
その答えは待たずともすぐ判明した。
「羽衣……だったなぁ。名前ぇ」
「え?あ、はい……」
突然ターゲットにされた千花さんには僕や黒野に向ける好戦的な態度は一切見られず、天敵に狙われる草食動物のように大人しかった。
「お前意外と上玉だなぁ。前はただの根暗陰キャにしか見えなかったが、イメチェンしただけでこんなに変わるかぁ、普通ぅ。似合ってるぜぇ」
「あ、ど、どうも……」
今村の逆鱗に触れないようにしているのだろう。全然嬉しそうじゃないが、今村を否定するような言い回しは避けている。
というか、今村の奴、振られたからってすぐ千花さんに手を出そうとするって、節操なさすぎだろ。
だが、そんな千花さんの努力を知ってか知らずか、天然系お姉さんキャラの衣鳩先輩は黒野に負けないくらい自分を貫いた発言を繰り出した。
「羽衣さん困ってるでしょ~。やめてあげてくれる?」
今村は一瞬、自分に逆らうやつを咎めるかのような眼差しを衣鳩先輩へ向けたが、すぐにそれは興味へと変貌した。
「おいおい。何だこいつはぁ?爆乳じゃねえかぁ!なあ、お前らもそう思うだろぉ?」
今村が奴隷に賛同を促すと、「マジだ!やべー」と本心を吐露する奴隷もいれば、「そ、そうですね……」と無理して周りに同調する素振りを見せる奴隷もいた。奴隷にもいろいろいるんだな。
そんな下衆で汚らしい発言の数々に女子たちはガチで引いていた。ゴミを見る目だった。
「あなたたちはあまりかわいくないです。ぎゅってしたくないです」
「あ?何か言ったかぁ?」
衣鳩先輩、それはあまりにも直球すぎる。この人底なしの天然か?
今村はイラついたのか、ドンっと音をたてて立ち上がり、ズイズイと歩みを寄せた。
衣鳩先輩は物怖じすることなく、毅然としている。
今村は目の前まで来て、そしてため息を吐いた。かと思うと、「萎えたわ」と零し、元居た場所へ戻って行った。弱らない女子は好きじゃないようだ。
「この女いじってもなんも面白くねぇ。やっぱ羽衣だなぁ」
不敵にニヤついていると、先ほど今村がパシッた奴隷が水の入ったペットボトルを片手に走ってきた。相当急いできたのか、額にはじわりと汗がにじんでいる。
「お待たせしました!今村さん!」
今村は無言でペットボトルをひったくって、軽く一口飲んで、喉を潤した。
どうしたらいいかわからない沈黙が数秒続き、困惑していると、黒野が助け舟を出してくれた。
「まあ、今、俺らはテスト勉強で忙しくてさー。テスト終わってからその話しないかー?」
「テストが終わったら、もう学校に来る機会がほとんどねえだろぉ」
「ありゃ、そだったわー」
さすがに今村でもそこには気づくか。黒野がうまいこと話を逸らそうとしたが、功を奏することはなかった。
「なあ。羽衣ぃ」
そう言うと、今度は千花さんへと距離を寄せようとする。
すると、僕の袖を冬知屋さんがグイグイと引っ張ってきた。ものすごく焦った表情で、かなりの緊急性を感じた。
冬知屋さんはさっと手元にメモ用紙を寄せてきた。僕はそれに視線を落とすと、そこには
『羽衣ちゃん 危ない 水 かけられる その後 ひどいことされる』
と、走り書きで書かれてあった。
言わずともわかる。未来を見たって言いたいんだろう。
冬知屋さんが本当に未来が見えるのかどうかとかそんなの考えなかった。
ただ、冬知屋さんの「助けて!」って気持ちが僕を見る瞳ではっきり伝わってきたのだ。
それだけで満ち足りたんだ。僕が行動を起こすには十分すぎた。
「ちょっと待て、今村」
その先へは一歩も行かせないつもりで、ガシッとペットボトルを持つ今村の右手を掴んだ。
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