第2話
シズマ・ナカトミ――彼は、カグヤ自治州出身の剣士である。
騎士になる前は、さまざまな戦場を傭兵として渡り歩き、その腕前を見込まれ、一人の将軍によって、騎士に取り立てられる。
その中で功績を立てるうちに、今の女王であるアウレリアーナの側近に引き抜かれる。そのまま、彼女を支えることで、出世の一途をたどる。
今や、爵位を手にし、騎士団長として刃を掲げる騎士――。
位人臣を極めた騎士といっても過言ではない。
そのシズマは、アウレリアーナ女王と結婚。その夫として献身的に女王を支える一方で、もう一人、愛する女性がいた。
「その女性、アスカ様とシズマ様から生まれたのが――ルカ様なんですね」
「そうなるわね。お母様がお帰りになられなかったのは残念だけど」
手紙が届いて一週間後――ルカとステラは、アザミの街から出て、街道沿いにゆっくり馬を進めていた。護衛は、サンナを含めて八名。
総勢、十人の騎士で、シズマを出迎えに街道を進んでいた。
すぐに見て分かるくらい、うきうきしているルカの馬は、随分と早足だ。サンナは苦笑いを浮かべ、ステラの横に馬を進める。
「ルカ様、すごく嬉しそうだね」
「そうですね。ずっと楽しみにされていましたから」
楽しみで待ちきれなかったがための出迎えだった。ルカはステラを振り返り、目を細めながら熱っぽい口調で語る。
「それは、そうよ。なんてったって、お父様は最強なのに、優しくて気配りを忘れない人なんだから。そういうところに、お母様も惹かれたし、女王様だってお父様を欲したの。数多の女性を虜にした、最強の武人なんだから」
「確かに、会ってみたい気はするけど……うう、鬼シズマに会うのかぁ……」
一方で、サンナは少しだけ表情が硬い。身震いまでしている。
(ま、無理もないか。異民族からすると、畏怖の対象だしね)
「……というか、鬼シズマ、なんて言われているの?」
「うん、そうだよ、姉さま。私の集落だと、生き血を啜る刀を持つ巨人――みたいな伝承があって、それが鬼シズマ」
「うーん、団長は巨人ではないかなぁ……」
ステラは王都にいたときに、シズマとは面識がある。そんなおぞましい印象はなく、どちらかというと朗らかな感じではあったが――。
ルカからも意見を聞こうとすると――その後ろ姿は、少し前にあった。
「……ルカ様、そんなに急がなくても……」
ステラはルカに声を掛けると――ふと、彼女が手を挙げて注意を促す。
シズマが見えたのか、と思ったが……遠くに見えたのは、荷馬車。だけど、何か様子がおかしい。何かに駆り立てるように走っている。
サンナが小さく息を呑み、告げる。
「お姉さま、あの荷馬車――野盗に追われているっ!」
「ッ! ルカ様!」
「ええ、行くわよっ、みんな!」
即断だった。ルカが馬の腹を蹴る。ステラたち騎士はその後ろに続いて馬を駆る。
近づくにつれて、その荷馬車が見えてくる――その後ろから、剣を振りかざした野盗たちが馬に乗って駆けている。見た目で、十人ほど――。
だが、その距離は、刻一刻と迫っている。このままだと、野盗の方が荷馬車に早く到達してしまう。ステラは歯噛みしながら、馬を駆り飛ばし――。
その騎影が、目に入った。
「――え?」
野盗のはるか後方に現れたその騎影。だが、だんだんとその騎影と野盗との距離が、縮まっていく。気づいたときには、野盗の真後ろにぴったりとつけていた。
黒髪をした、一人の騎士。それが、刃を抜き放って馬上で構える。
それに気づき、野盗の数人が馬首を返した。怒号と共に、背後から迫る騎士に向けて駆けていく。その瞬間――騎士の刃が、妖しく光を放った、気がした。
騎士と野盗たちが交錯する――直後、落馬したのは野盗たち。
騎士はまるで無傷。そのままの勢いで馬を駆り、残りの野盗へ接近していく――その騎士を見て、野盗たちが目に見えて狼狽した。
「ま、さか……」
「ええ、そのまさかよ」
ルカが微笑みを浮かべ、安堵したように小さく吐息をつく。
その視線の先では、野盗たちが逃げようとして――そのときには、すでにその騎士が肉迫していた。白刃が弧を描き、宙を引き裂く。
気がついたときには、野盗は誰一人として馬に乗っていなかった。
主を失った馬たちが散っていく中、騎士は悠々と刃を血振りしながら、馬首をルカたちの方へと向ける。
乗っているのは、カグヤ伝統の着物に、羽織を着た黒髪の男性。ステラもよく知る人物だ。
悠々と近づいてきた騎士に、ルカは馬を近づけながら笑いかけた。
「――おかえりなさい、お父様」
「ああ、ただいま。ルカ」
何事もなかったのように、彼――シズマは屈託のない笑みを浮かべた。
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