白花の刃 ―花咲く百合と騎士の刃―

アレセイア

Season1

序章 東方の刃

第1話

『辞令――ステラ・ヴァイス中騎士殿

 貴下に〈ナカトミ辺境連隊〉への転属を命じる』


 がたごとと大きく揺れる荷馬車――その荷台で、書状を見つめていた少女は小さくため息をこぼした。真珠のような、短く白い髪が幌からの隙間風に揺れる。

 小柄な身体に、細い眉に、小さな唇――下がった目尻は気が弱そうだ。

 彼女が軍服を身に着けていなければ、誰も彼女のことを騎士だとは気づかないだろう。

 彼女自身も、その自覚があり、少し気にしている点だった。

 彼女の名は、ステラ・ヴァイス――ウェルネス王国に仕える中騎士だ。

「お嬢ちゃん、そんな辛気臭い顔するなって」

 ため息をこぼしているのが気になったのか、御者台に座った中年の男性が苦笑いを浮かべながら言葉を掛ける。ステラは慌てて顔を上げ、笑顔を作る。

「ご、ごめんなさい、鬱陶しいですよね」

「いや、別にいいけどよ。折角だから、外でも見て気分転換したらどうだ?」

「外、ですか?」

 荷馬車の幌の隙間から、ステラは外の景色を眺めてみた。

 なるほど、確かにそこは壮大な景色だった。水田に、青々とした稲が立ち並び、風に揺れている。視界一杯に広がるのは、稲、稲、稲――。

 つまりは――田舎、である。

「……本当に、辺境ですねえ、この辺は」

「あ、はは……まあ、王都の方に比べたらそうなるなあ」

「あ、すみません、悪口のつもりでは――」

 慌てて首を振って言うが、御者の男は快活に笑いながら首を振る。

「いいや、間違いねぇよ。お嬢ちゃんは嘘がつくのが苦手なんだな」

「そう、ですね。親代わりの人から、曲がったことをするな、と教えられて」

「へぇ、そりゃいい人だな」

「ええ、ですから――」

 はああぁ、と少女は心の底から深くため息をこぼし、膝を抱えてつぶやいた。

「――辺境に左遷されるなんて……合わす顔がないです」

 その暗い一言に、御者は何も言えずに視線を泳がせた。さすがに気まずくなり、脇の革袋から果物を取り出し、後ろを振り返って放り投げる。

「ほら、お嬢ちゃん――これでも食って元気出せって」

「あ、すみません――気を遣わせてしまって」

「いいの、いいの、十分すぎる金をもらっているし」

 手を振りながら屈託のない笑顔で笑う御者――とてもいい人だ。

 胸が温かくなりながら、ありがたくその果物をかじるステラ。甘い果汁が、空しい胸の中にじんわりと広がっていく。

 自然と顔を綻ばせると、御者はほっとしたように笑みを浮かべ、励ますように言葉を続ける。

「ナカトミも悪いところじゃねえ。空気も美味けりゃ、飯も美味い。あと、女領主さまも別嬪さんだし、騎士も強者揃いだ――と、噂をすれば、だ」

 そう言いながら御者は視線を前に向けて指を差す。

「お嬢ちゃん、見えてきたぜ。あれが、目的地だ」

「あ、本当ですか?」

 果実を手に、ステラは慌てて御者台の方に寄る――御者が指差したその先には、険しい山々。その合間に、小さな城壁が見える――。

 城下町を取り囲む、大きな石の防壁。それを指差し、御者は言う。


「あれがナカトミ領の中心地――〈アザミ〉っていう街だ」


 ハーベスト大陸を席巻する大王国、ウェルネス王国。

 その広大な領地は、一都五州に分かれた、正確名称はウェルネス合州王国となっている。そのうちの東方の州、カグヤ自治州は東方特有の文化を色濃く残す州だ。

 漢字、という独特の象形文字を使い、着物を身に纏い、米を食べる。

 王国中央の民から見ると、まるで異国のような場所だ。

 ナカトミ辺境伯が収める領地は、そのカグヤ州の北方に位置している。

 北方の国境に構えた、山間の領地――まさに、辺境。


 その辺境に、ステラは赴任することになったのである。


「ここが、アザミ――」

 荷物を担いだステラが荷馬車から降りると、きょろきょろと物珍しそうに辺りを見渡した。

 目立つのは、土壁や石壁の多い、どこかのっぺりとした家々だ。かと思えば、屋根は尖った三角形になっている。

 地面には木が敷き詰められており、両脇の歩道は石畳だ。

 煉瓦や大理石などで造られた、綺麗な王都とは違って、全体的に土気色か灰色っぽい。木の地面が珍しく、思わずぴょんぴょん跳ねてみる。

「まあ、冬場はよく雪が降るからな。街道の木畳は凍結防止の意味がある」

 御者は後ろからそう解説してくれる。ステラはその彼を振り返ると、にっこりと笑顔を浮かべて深々と一礼した。

「ありがとうございます。おじさん。ここまでご親切に」

「いいや、気にすんなって。お嬢ちゃんは、これから領主さまにご挨拶かい?」

「はい、そうなります」

「じゃあ、この木畳沿いに街道を行くといい。その先に、立派な屋敷があるから」

「あ、ありがとうございます――何から何まで」

「あはは、まあ、大変だろうが頑張りなよ!」

 そう言って御者は激励を残して荷馬車を走らせる――その荷馬車が駆けて行くのを見届けてから、ステラはよしっと気合いを入れた。

 小さな身体に荷物を背負い直し、そのゆるやかな上り坂を歩いていく。

 下から吹き上げる風は、大分涼しい。夏場でありながら、結構ひんやりとした風が吹き上げていた。それに目を細めながら少し思う。

(――ってことは、冬場はきっと寒いよね。凍結防止のために、木を敷いているし)

 いやだなぁ、と少しだけ思う。

 色素が薄いせいか、肌が弱くて寒気はすごく応えるのだ。見渡してみると、和装、洋装問わずに長袖の住民が多い。へぇ、と思いながらステラは辺りを見渡し――。

 ふと、一点で視点が止まった。

(あ、れ……?)

 道端で、一人の少女が立っている。おろおろと辺りを見渡し、小さく身を震わせていて――その目尻にはうっすらと涙が溜まってきている。

 もしかしなくても――迷子、だろうか?

 そう思った瞬間、ステラはそちらに足を向け、そっと歩み寄っていた。

「あ、の……大丈夫……かな?」

 そう声を掛けると、少女はびくりと肩を震わせて、ステラを見上げ――。

 ぼろ、ぼろと涙をこぼし始めてしまう。

「わ、わわっ!? 大丈夫っ!?」

 明らかに大丈夫じゃない。ステラは狼狽えながら、その少女の頭を撫でて背中をさすってあげる。そうしながら――内心で、ため息をこぼした。


(赴任早々――トラブルに巻き込まれてしまったよ……)

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