第101話 巫女姉妹は重要人物 妹巫女の初陣(3)



 虹池に向かってあたしたちは進む。

 それほど急いではいないので、歩いて、だ。虹池までなら歩いて3日くらい。

 虹池までは、道、がつくられてる。


 大森林の、あたしたちの道ってのは、ネアコンイモのロープのこと。


 大森林に生えている樹木の、かなり高いところに、そのことを知っている人だけが分かるように、ロープが結んである。そのロープが、道。


 これなしで、大森林は歩けない。


 アコンの群生地を中心に、虹池までが一本目。大草原につながる重要な道だ。


 二本目はダリの泉まで。ダリの泉は、アイラやノイハの暮らしていた村があったところで、オーバはダリの泉の近くでも何かをやろうとしてるみたい。


 あと何本か、結んである道は、何かが採れるところが多い。梨の群生地とか、ぶどうの群生地とか、パイナップルときのこの群生地とか。


 あたしが熊さんたちの縄張りまで、こっそりロープを結んだんだけど、やっぱりオーバにはばれてて、ちょっとだけ怒られた。


 ロープなしでも大丈夫なところは、アコンの群生地から滝の小川までの間と、滝の小川の向こう岸の周辺。毎日村の人たちが移動するから、下草が生えなくなって、あたしたちにははっきりと道が分かるのだ。小川の流れに沿って歩くのも迷わないしね。


 でも、虹池やダリの泉へ行くには、絶対に、ロープの道なしでは無理。


 一番最初は、オーバが道を結んで、ジッドが試したみたい。慣れるまではなかなか、道を見分けるのが難しい。


 アコンの村の、シイナくらいの子たちは、まだ、道について教えられてない。そもそも、アコンの村の周辺で何も困らないんだから、下手に大森林を動くようなことはさせない方針みたい。あの子たちは大草原に帰りたくても帰れないってこと。まあ、誰一人として、帰りたいって言わないんだけど。


 ふぅ、とエイムが息を吐いた。この中では、あたしも含めて、エイムが一番、レベルが低い。


「虹池まで三日かかるんだから、どこかに休めるところをつくってほしいわ」


「・・・前は、木にのぼって、ハンモックで寝てたんだからな~。今は、森の獣におれたちが負けるこたぁないって分かってっから、そのまんま木の根に体を預けて寝るだけだけどさ。そんで、休めるとこって、どんな感じのもんなんだよ?」


「エイムが言いたいことは分かるわ。交代で見張りをして、木の根にもたれて寝るって、けっこう疲れるのよ。一日分の距離のところで、二、三本、木を抜いて、家を建てたら? まだ虹池の村とか、ダリの泉の村とかから集めた屋根用の大きな布が余ってるんじゃない?」


「でもさ、こんなとこに家、建てても、おれたちだって、毎日は使わねぇよな。それだと、どっかの獣に荒らされるんじゃねーかな」


「あたし、木の上のハンモックでいーよー」

「ウルはまだちっさいから」

「そうよ」

「そうね」

「えー、ちっさいのは子どもなんだからしょうがないもん」


 あたしはぷくっと頬をふくらませた。

 エイムがそっと、あたしの頭をなでる。優しい感触。


「ハンモックはともかく、木の上ってのは、いいと思うけど」

「木の上? このへんの木は、アコンの木みたいにはできないわよ?」

「そうね、だから、一本で考えるんじゃなくて、三本の木で、その間の空間をうまく使って、アコンの村で竹の床のスペースをつくってるみたいに、できないかしら」

「さっすが、エイム。そんならできそうな気がする」


「オーバが交易するって言えば、必ずそうなるわ。そうすると、この、道、にそういうところがあった方が、みんなにとっても助けになるはずだわ」

「じゃあ、いつかオーバに提案するとして、今夜と明日の夜、休んだところに目印でもつけとくといいかもね」

「建設予定地ってやつだな」


 ノイハが難しそうな言葉を自慢気にそう言った。

 そんな話をしながら、大森林の中を歩いて行く。


 アイラたち、大人の話は、分からないわけじゃないけど、ちょっとだけ、難しい。


 でも、きっと、こういう、何気ない話の中で、あたしたちのアコンの村は、大きくなってきたんだろうなって思う。






 夕方、野営場所が決まってから、エイムが手合わせをしてほしいと言ってきた。

 村での修行では、エイムと手合わせをしたことがない。

 レベル差があり過ぎるから。


「戦場に出るからには、鍛えておきたいの」


 そう言う気持ちは大切だとあたしも思う。


「でも、剣術でお願い、ウル。戦場の相手は無手ではないし、大草原は剣が主武装だから」


 エイムとの手合わせは、もちろん手加減をしながら、五本、みっちりこなした。

 エイムは、骨折、五回。

 あたしは、骨折なら二十回以上、神聖魔法で治療できる。


 あたしが生み出す女神さまへの祈りの光に包まれながら、エイムが、ありがとう、とつぶやいた。その感謝の言葉が指すのは、神聖魔法での癒しのことなのか、剣術での手合わせのことなのか、それとも、その両方なのかは、分からなかった。


 エイムが休むと、今度はアイラにも頼まれて、五本、受けて立つ。もちろん、五本とも、あたしの勝ちだけど。それに、アイラは自分で治療ができる。


 ノイハは真剣な表情で弓の手入れをしていた。

 アイラに言わせると、あれは手合わせをしないためのポーズらしい。


 そうは言っても、実際に手合わせをすると、ノイハはアイラよりも強い。でも、戦場なら、ノイハの弓は有効な武器になるとエイムは言う。なんだかんだ言われるけど、実はノイハってすごい。


「ねえ、エイムは、もといた大草原で戦えって言われて、嫌じゃないの?」

「大草原で生まれ育ったから、ってことかしら? 別に、出身のナルカン氏族を相手に戦うわけじゃないし、どちらかといえば、ナルカン氏族のために戦うわけでしょう?」

「うん? そうなのかな?」


「女神さまが伝えてくれたオーバの指示ではそうだわ。ウル、大草原はね、それぞれの氏族がばらばらに、離れて暮らしているわ。遠く離れた別の氏族に嫁入りして、そのつながりで味方するようなこともあるけど、もともと、それぞれの氏族はひとつひとつ、自分たちのことだけをなんとかしようとしていた。だから、争いも多かったんだけど、それをオーバは、氏族同盟という形で、大きく変えたの。オーバの考えでは、スレイン王国の辺境都市まで交易しようとしたときに、そこまでの間の氏族がばらばらでいくつもあるといろいろ不便だから、ひとつにまとめようとしたって、まあ、そんなことを言ってたわ」


「・・・なんで、オーバは、ばらばらだった氏族をまとめられたのかな?」


「うーん、氏族がばらばらに暮らしているのは、大草原では食糧の確保が難しいから、かな。大草原の氏族は、羊とともに生き、羊によって生かされてるわ。大草原では羊だけが支えだった。オーバはそこに、大森林で採れる食糧をナルカン氏族へ持ち込んだ。大草原での氏族間の争いは、もともと食べ物の奪い合いだったから、無駄に争って奪い合わなくても、食糧をもってるナルカン氏族と同盟を組めば、冬を越せるだけの食糧を分けてもらえる。大森林のアコンの村でなければできないことだわ」


「オーバは、村から、何を持ち出したの?」

「何だと思う?」


 うーん。

 うちの村で、よそに持っていってもかまわないくらい、たくさんある食べ物って言えば・・・。


 まずは、まちがいなく、あれ、だ。


「ネアコンイモ?」

「そうよ」

「でも、大草原から口減らしの子を受け入れてるけど・・・?」

「おそらく、だけど、オーバは口減らしがなくならない程度に、食糧を分けてるわ」

「・・・えー、それ、いじわるなの?」

「アコンの村の人口を増やしたいって、オーバはずっと言ってたでしょう? それに、いじわる、ではない、かな? だって、アコンの村にやってきた子たちは、喜んでるわ」

「あ、そっか」


 あたしはシイナを思い浮かべた。


 シイナは大草原の、セルカン氏族だったかな? 辺境都市に近い氏族の出身で、二度と帰りたくありません、絶対に追い出さないでください、どんなことでもやりますから、って言ってた。


「エイムも、喜んだの?」

「そうよ。毎日いろいろなものが食べられて、びっくりしたわ」


 そう言って、エイムが笑った。

 そろそろ寝るぞっ、とノイハが言い、あたしたちは話をやめた。


 野営の夜番は、あたしが一番、エイムが二番、ノイハが三番で、最後はアイラと決まった。


 そうして、大森林は夜に飲み込まれた。





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