第99話 世界の果てに辿り着いた男の話(4)



 辺境都市を旅立つ。


 私と、リエンとシエン。

 案内役のフィナスン組と・・・。


 海沿いの町カスタの、ナフティ組の面々。


 そして・・・。


 思わず、飛びのいてしまうほど、巨大な動物たち。

 馬、という動物らしい。


 王国では見かけない動物だ。


 フィナスン組の説明によると、大草原では普通に見かけるらしい。

 それに、実は賢い動物で、そのことは今まさに証明されている。その長い首にロープを結ばれて、それとつながった荷車を引いているのだが、少しも嫌がる様子がない。

 それじゃあ頼むよ、いつもすまないな、と声をかけるフィナスン組の言葉にうなずき、荷車を引く。人間の言葉を理解しているように見える・・・。


 何より、大量の荷物を積んだ荷車をあっさりと引く、その力。


 確か、辺境都市アルフィと海沿いの町カスタの間では、同じ荷車を人間が四人で動かしていた。しかも、その速さは、馬が引いている荷車の方が圧倒的に速い。つまり人間四人分よりもかなり強い力があるってことだろう。


「すごいな、この、馬ってのは」

「すごいなんてもんじゃねぇっての」


 ははは、と笑いながら、フィナスン組の一人が教えてくれる。「去年の、辺境伯とスィフトゥ男爵との争いで、最終的には、今、向かっている大草原で大きな戦いがあった。

 その時、設置した守備陣の中においらたちは立て籠もって戦ったのさ。

 それでも辺境伯の軍勢の数は多くて。

 昼から戦い始めて、そんで、夕方の少し前くらいまでなんとかしのいできたけど、もうだめかもしれねぇって時に。

 大草原の氏族たちがこいつに乗ってやってきた。

 そんで、おいらたちがやっとのことではね返してた連中を、あっという間にずたずたにしちまったのさ。

 あんときゃ、全部で500くらいの敵兵さ。守備陣にとりついてた奴らもいたから、おおかた400くらいがその残りだったと思うけど、だいたい30頭の馬の群れで、後ろから襲い掛かって、次々と敵兵を踏み潰していったよ。

 すげぇ速さで敵軍を駆け抜けたと思ったら、駆け抜けたあとがはっきり分かるくらい、敵兵のかたまりが大きく二つに分かれてんのさ。

 あれが味方じゃなかったらと思うと、それだけで体が震えるね。まあ、味方だったもんだから、あんときゃ、大喜びで叫んでたけど」


「その戦いは、棒術を使う男が辺境伯を捕えたという戦いとは別のものなのか? あれも敵兵は500で、棒術を使う男が全て叩きのめしたというように聞いていたが?」


「・・・その話をあんたに教えたのは、最近、組に入った奴かもな。

 その話・・・、あのお方が、守備陣を跳び越えて敵軍へ突撃して、何十っていう敵兵を次々に倒して、最後は辺境伯を捕えたってのは、ホントさ。一人で百人近くは倒したかな?

 ただし、500ってのは、敵の総数で、さっき言ったみたいに、馬の群れが何度も突入して、数はかなり削られてたし、相手はかなり混乱してたのさ。

 500の敵兵を全部、あのお方が蹴散らしたって訳じゃねえよ・・・でも、あのお方が、おいらたちじゃ、声をおかけすんのもためらうくらいに強いってのは、これまたホントさ」


「・・・何十という敵兵を次々に倒した、か」


 自分の口で言葉にしてみると、その内容がすとんと心の中に落ちてくる。


 われら神殿騎士、巫女騎士をあっさり気絶させるような男だ。

 たかが兵士くらいでは、やはり相手になるまい。


「・・・まあ、ホントはさ、あのお方なら、あのお方お一人で500人でも問題ないって気は、するんだよな・・・」


 これまでに見たところ、フィナスン組も、普通の兵士程度なら楽々と打ち倒せる力量があるはずだ。二人がかりだと、私たちでも危ない相手だ。その彼らが、ここまで言うほどの強さとは、いったい・・・。


 あの日、あの時、一合も剣を合わせることなく、意識を絶たれたことが悔やまれる。


 ・・・いや、一合も剣を合わせられなかった時点で、その強さは私よりもはるかに上、か。


 先の見えない曲がりくねった隘路を隊商とともに、早足で歩く。

 今、一歩ずつ、最強への道を歩んでいるのだ。


 そう思うことにした。






 ハナさまの指示で、王国内は、いくつかの町へ訪れたことがあった。

 しかし、さすがに国外は初めてだ。


 辺境都市が異民族からの防御要塞だというが、この隘路がそもそも、異民族とスレイン王国を大きく隔てていると言えた。


 やはり馬はすごい。あれだけの重荷を引いて、余裕の進み具合だ。馬が引く荷車の速さに合わせて進むと、二日で隘路を抜けて、大草原に出た。普通に歩くと三日はかかりそうな距離を二日である。


 大草原に入ると、すぐに砦の中に入った。今夜はここで休むという。テントも用意されていて、昨夜の野宿よりはかなりいい。私はともかく、リエンやシエンは明るい表情で喜んでいた。


「この砦が、昨日、話してた守備陣だったのさ」

「ここが・・・」

「今じゃ、大草原に抜け出た隊商や、辺境都市に戻る隊商が休憩する場所になってるのさ」


 休息できるテントがあるというだけでなく、それだけ話題となる戦跡だというのであれば、いろいろと感慨深い。


「・・・あのお方は、アルフィが落とされる前から、この砦をおいらたちに準備させてたのさ」

「どういうことだ?」

「アルフィでの戦いがどうなるのか、どうすれば勝てるのか、そういうことを全て読み切ってらした、ということだと、フィナスンの親分は言ってたがね・・・」

「そんなことができるというのか・・・」


 テントの中を確認していたリエンとシエンが出てきて、おれたちの話に加わる。


「なになに、なんの話です?」

「あー、あの、オーバさまって人の話ですか?」

「・・・おいらたちは、軽々しくその名を呼ぶわけにゃいかんのさ」

「キュウエンさまは、とっても気さくな方で、強くて、それでいて優しい方だからって・・・まあ、あれはもう、べた惚れの、ノロケ、ですよね」

「・・・うらやましいです」


 ・・・リエンは結婚したいのだろうか?


「それじゃあ、話しましょうや。この砦の、この入口の、すぐ外で、あの日、おいらたちの目の前で、何があったのかを・・・」


 私たちはそこで、辺境伯に起こった怖ろしい一件を知った。


 それは、スレイン王国では考えられない出来事だった。


 縛られ、木剣で打ちのめされ、全ての要求をのまされた辺境伯。

 スレイン王国では領主を処罰できるのは、王家のみ。いや、王のみ、か。


 それを・・・。


「・・・そんなことが」

「あのお方の拷問に耐えられる奴なんていねぇ・・・」


 フィナスン組の一人がそうつぶやいて身震いしていた。その通りだ、とでもいうように、他のフィナスン組の者もその言葉に力強くうなずいている。


「キュウエンさまは、そのことをご存じないのですか?」

「もちろん、知ってるさ。まあ、姫さんは、辺境伯とは逆で、あのお方に命を救われてっから」

「ああ、そのお話もキュウエンさまからお聞きしました。刺されて、死ぬところを救われたのだと。あれは運命の出会いだったと・・・やっぱりうらやましいです・・・」


 ・・・やっぱりリエンは結婚したいのだろうか?


 いやいや、ちょっと待て。


 さっきの話を聞いて、どうしてすぐに、そういう色恋の話になる?


 巫女騎士たちはアルフィに移ってから何してたんだ?

 ちゃんと修行してたんだろうな?


「・・・しかし、そこまでのことをして辺境伯を生かして帰したのであれば、報復を受けたのではないですか?」


 ・・・リエンとちがって、シエンはきちんと話を聞いているようだ。


 巫女騎士たち全てに疑念を抱いて申し訳ない。


「・・・辺境伯は解放されてすぐ、その場にいたあのお方を、全ての軍勢で攻めて、殺そうとしたのさ」

「やはりそうでしたか・・・」

「・・・ま、その瞬間に、空の色が変わり、黒い雲があふれ出たと思ったら、雷が辺境伯の軍勢に落ちた。すげえ光と音が響いてたな」


 ・・・馬鹿な。


 そんな、偶然が・・・。


「しかも、雷は何度も何度も、兵士たちに落ちたのさ・・・。兵士たちは死に、生き残った者は我先にと逃げ出した。死んだ兵士の剣や胸当てを回収したのはおいらたちだったから、こいつは嘘じゃねぇ」

「そ、そんなことが・・・」

「だから、おいらたちは、あのお方を、うっかり名前で呼ぶわけにはいかねぇお方だと・・・」

「・・・キュウエンさまがおっしゃっていたことにつながります。私の運命の人は、女神に愛されていると。女神に愛されている人のお情けを頂き、子どもに恵まれたのだ、と。身ごもったキュウエンさまのことを聖女としてふさわしくないという者もいたようですが、今の話を聞いて私は納得です。本当にうらやましい」


 やっぱりリエンは結婚したいのか?


 どうしてか、私はそこが気になったのだった。


 もっと重要な、最強の存在である理由についての情報があったにもかかわらず、だ。


 修行が必要なのは、巫女騎士よりも私の方なのかもしれない。






 次の日は一日進んで、川沿いの砦にたどり着いた。


 大草原での交易ルートはフィナスン組が開拓済みで、かなり安全に移動できるという。昔は小規模な隊商がゆっくりと移動して、大変な思いをしていたというし、危険も多かったらしい。

 馬を利用するフィナスン組はそもそも移動速度が違う上に、交易路に宿泊できる拠点の整備が進んだ。

 今ではスレイン王国内の方が、盗賊や獣の群れなどに襲われ、危険が大きいらしい。知らなかった事実にしばし呆然となる。なんたることだ。


 今夜はここで一泊して、明日からは二手に分かれる。


 二台の荷車はこのまま陸路であと四日ほど進み、セルカン氏族のテントを目指す。そして、辺境都市アルフィへと折り返す。


 もう二台の荷車はここで荷物を積み替えて、水路をさかのぼる。


「三胴船という船に載せて、移動するのさ。漕ぎ方は今晩、きっちり教えるんで」

「船? 船とは?」

「あっちを見てみるといい」


 言われるままに、視線を動かす。


 川沿いの砦は、スレイン川が大きく曲がり、二股に分かれて、再び合流するように流れている地点に造られていた。


 その、二股に分かれた流れの、砦側に、細長い皿のように削った丸太を三つ並べて、何枚もの板でつないだものが川に浮いていた。どうやらあれが三胴船というものらしい。両端の丸太は長いが中央の丸太だけは短い。


「あのお方が、フィナスン組の隊商のために用意してくださったのさ。川をさかのぼるのは下るよりも大変だが、馬に引かせて陸路を行くよりもかなり速い。人が四人で漕ぐんだが、それでもぐんぐん進む」

「そんなものが・・・」

「いずれは、あれがあと二つ、分けて頂けるって聞いたな」


 そう聞いて、そうなのか、というくらいの認識だった私は、翌日、自分の考えが甘かったと知る。






 翌日、隊商総出で、荷物を三胴船に積み替える。そして、荷物だけでなく、二頭の馬も三胴船に乗る。馬は膝を折って三胴船の上に寝そべっていた。


 荷車二台分の荷物と馬、それに七人の人間。それだけ載せられる大きさに驚く。砦から見ただけではこの大きさは分からなかった。


 私とリエンとシエンは、昨夜、教わった漕ぎ方を確認した。巨大なスプーンを二本、にぎりの部分をつなげたような形をした木を両手で持ち、右側を引きつつ左側を押し、続いて左側を引きつつ右側を押す。これを繰り返す。


「腕だけじゃなく、体全体のひねりを使わないと、バテちまうかな」

「体、全体、か」


 初めて目にした船というものを自分たちで動かすということに、私もリエンたちも少しだけ興奮していた。


 水路組が全員乗り込むと、陸路組が三胴船をぐいっと押し出して、私たちは一斉に漕ぎ始める。

 初めはゆっくりと、しかし一度動き始めるとまるで川面を滑るように、三胴船が走り始めた。


 陸路組が手を振ってくれるが、両手がふさがっているので応えられない。中央の丸太に乗っているフィナスン組の三人が手を振りかえしていた。


 ぐんぐん進んで、見えていた砦がどんどん小さくなっていく。


 あれだけの荷物と馬まで載せて、これほどの速度が人間に出せるとは、信じられない。しかも、私たちは今日初めて動かすというのに、だ。


 一時間ほど漕ぐと、中央の短い丸太にいるフィナスン組の男が大きな麻布を広げた。テントに使うような本当に広い麻布だ。


 三胴船がさらに加速する。


「漕ぐのはやめて、休憩しやしょうか」


 フィナスン組の男たちに言われるまま、漕ぐための道具を水から上げて船内に置く。


「・・・漕いでないのに速くなったのは、風の力、か?」

「そうさな。あとしばらくは、この風向きが続くはずなのさ。陸路の馬よりも速く行けるってのも、分かるだろ?」

「これをいずれはあと二つ、フィナスン組は手にするというのか」

「・・・全ては借り物、預かり物。自分の物と思わず大切に扱え、とフィナスンの親分には言われてらぁな」

「・・・すごいな」


 借り物だろうと、預かり物だろうと、それを使えるということは素晴らしいことだ。

 馬と船。辺境都市アルフィのフィナスン組が大草原や大森林との交易でどれだけの宝を手にするのか、想像もつかない。


 途中、いくつものテントが見えた。陸路では四日かかるという、セルカン氏族のテントだという。

 氏族の子どもたちが川沿いで手を振っていたので振りかえした。陸路で四日かかる距離をたった一日でとは、三胴船は怖ろしい速さだ。


 その日は風が弱くなってから再び漕いでさらに川をさかのぼり、昼と夕方の間くらいに逆風が吹き始めた頃、新たに見えてきた次の砦に、三胴船を寄せてつないだ。

 寄せる動きが少し難しいと感じた。船が流されないよう、ロープをしっかりと結び、固定する。


 出発した砦は川の北側にあったが、到着した砦は川の南側だった。


「・・・逆風は大変だなと思ったところで、ちょうどよく砦があったな」

「そういう位置に砦を用意したのでしょうね」


 私の言葉に、シエンは小さなつぶやきを返した。


 ・・・まさか、風まで含めて、一日に移動する距離を全て計算してあるとでもいうのか?


 そんなことを考える私の横で、フィナスン組の男たちは馬を船から降ろして、のんびりさせていたのだった。





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