第七節
「──あっ、飲み物買うの忘れてた!」
と、
陽翔はこちらの視線には気づいていない様子だったのでホッとする。
「
陽翔からそう訊かれて華那は少し迷ってから、
「……買う」
教室に行けば水筒のお茶は飲めるけど、やっぱり移動すんの面倒だしもう喉カラカラだし。
後、せっかくの文化祭だからジュース飲みたい……!
飲み物の種類をいくつか挙げて、この中でどれが良いか陽翔に問われた。
「オレンジジュース」
華那は即答した。
「オッケー! 買ってくるね!」
そう言うや否や、購入しに行こうとする陽翔を、
「あっ、ちょっと待って! お金!」
華那は慌てて引き止めた。
「あぁ、いいよ大丈夫。自分の飲み物を買うついでだし奢るよ」
陽翔はそう言い残すと、模擬店の方に向かって行く。
……あ、行っちゃった。本当に奢ってもらっちゃっていいのかなぁ──って、やっぱりパピヨン!
軽快な足取りはやはり、パピヨンを連想させる。
陽翔が飲み物を購入する為に向かったのは、サッカー部が出店している模擬店だ。
受付の女子生徒と仲良さげに話をしながら購入しているのが見える。
と、陽翔は二本のペットボトルと一つの紙コップを手に戻って来た。
「ごめん、お待たせ! ……はい、どうぞ」
陽翔からオレンジジュースを受け取る。
だが、華那は申し訳なさそうな顔で言った。
「ありがとう。でも、本当に奢ってもらっていいの?」
「うん。気にしないで」
陽翔は穏やかに微笑む。
「ありがとう!」
華那は陽翔に改めてお礼の言葉を述べた。
「うん、どういたしまして!」
華那は陽翔の気遣いに感謝しつつ、今度は私が奢ろうと決意した。
……そういえば、
雪弥とは登校してきた時に少し喋ったものの、文化祭が始まってからは一度も会っていないのだ。
華那は生唾をごくりと呑み込んでから、
「あのさ、雪弥が今どこにいるのか分かる?」
陽翔に質問した。
「雪弥なら体育館にいると思うよ。俺たちの前に店番してて、交代した後はそのまま体育館に向かったから」
「体育館……。雪弥もいたんだ」
人が多くて全然気づかなかった……。
「『も』ってことは、瀬川さんも体育館に行ってたの?」
相変わらず、陽翔は耳を澄ませていないと聞こえないような呟き声も聞き逃さない。
もしかして、篠田くんも耳がいいのかな? あっ、私の場合、別に耳がいい訳じゃなくて、他の人よりも苦手な音に敏感なだけだけどさ……。
華那は内心そんな事を思いながら頷いた。
「うん。中庭に来る前は、体育館で
「そうなんだ。瀬川さんはまだ見ていなくて良かったの?」
多分、陽翔は気になったから訊いただけだ。
だが、陽翔に意地悪な攻撃をされたように華那は感じた。
「えっと……。和太鼓演奏してて……、私は太鼓の音が苦手だから慌てて逃げてきたの」
嘘は吐きたくないので仕方なく正直に答えると、陽翔は僅かに眉を寄せた。
「そっか……。太鼓の音が苦手なんだね」
「うん」
華那は消え入りそうな声で頷くと、俯きながら説明し始めた。
「風花に、『ごめん。太鼓の音が怖いから外に出るね。気にせず見てていいから』って言い残して、私だけ体育館から出たの……。我慢しようと思ったけど……、どうしても怖くて」
風花は『お腹空いてたら、先に昼食食べててもいいよ。私も見終わったらすぐ行く』と返答した。
自分が音が苦手なせいで、平気な風花まで楽しめなくなってしまうのはもっと辛い。
だから、風花だけでも楽しんで欲しいと思った。
体育館から出る直前に振り返ると、風花は既に周囲の友人たちと楽しげに喋っていた。
だが、罪悪感はどうしても拭えなかった。
ごめんね、風花……。
「太鼓の音以外にも恐怖を感じる音ってある?」
陽翔が気遣うような温かな声音でそう尋ねてきた。
もし篠田くんに理解してもらえなかったら、私は絶対に傷つく……。
華那は陽翔に理解してもらえなかった時の事を考えて、ためらった。
ううん、言おう! もしかしたら、知ってもらえる良い機会かもしれないし。大丈夫、傷つくのは慣れてるから。……そうだよね、私。
だが、それでも言おうと決断して華那はゆっくりと口を開く。
どうか理解してもらえますようにと心の底から願いながら。
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