第六章

第一節

 よし、そろそろこくろう。

 躊躇ってる間に花火終わっちゃったら困るしね……。

 オレンジ色の薔薇柄の浴衣を身に纏ったボブカットの女性──円井風花まるいふうかは、友人かつ想い人である陽翔あきとに今から告白しようとしていた。

 自分たちのバックで特大花火が上がっているこの瞬間に告白したい。

 多分、夏祭りに誘った華那はるな雪弥ゆきやの二人と分かれて陽翔と二人きりになってから、十分ぐらいは経ったと思う。風花はいつになく緊張した面持ちで居住まいを正した。それから静かに深呼吸をする。振られたどうしようという不安と恐怖で乱れている息を整えているのだ。

 そして、ついに、陽翔の方に体を向け大きく口を開いて──、

「陽翔くんの事が去年の六月八日からずっと好きで好きで堪りません! 付き合ってください!!」

 思いの丈を陽翔にぶつけた。だが、あざとい声が出てしまった。

 キモッ、と風花は自分の声の気持ち悪さにへこんで俯く。

 ……こっ、声は大失敗……どんまい私……でも大丈夫……噛んでないから……陽翔くんは優しいからキモいなんて言わないよ……大丈夫だって……心配しすぎだってば……。

 今、落ち込んだ自分を励ませるのは自分しかいないから精一杯励ます。

 風花は花火の打ち上げ場所に最も近い河原で陽翔に告白した。

 風花と陽翔の周りにいる人たちはみんな、勢いよく打ち上がっている花火にすっかり夢中だ。風花の人生で二度めの告白になど気にも留めない様子で「わー綺麗!」と歓声を上げている。

 盛り上がる周囲に対して、風花は呑気でいいなと少し苛立った。こちとら口から心臓が飛び出そうなくらい緊張してるんじゃい、と。ただの八つ当たりだという事も充分分かっている。

 ……あれ? 陽翔くん。どうしたの? 告白の返事は?

 一向に返事が返ってこなくて、心配になった風花は顔を上げた。

 風花からの突然の告白に驚いたのだろうか。陽翔は宝石のような琥珀色の瞳を大きく見開いたままフリーズしている。

 風花はカラカラに乾いた口の中を唾を呑み込んで潤した後で口を開く。

「あ、陽翔くん……?」

「ありがとう、風花」

 何と風花の声で陽翔のフリーズが解けた。魔法使いになったような気がした。嬉しい。

「こんな俺を好きになってくれたなんて嬉しいよ」

 やだ『こんな俺』なんて謙虚なんだからダーリン、と妄想の中でうふふと笑っていたら、

「でも」

 陽翔はとても困ったような微笑みを浮かべた。そのたった二文字のワードを聞いただけで、あっ今から振られると悟る。

「ごめんね……。付き合えない」

 告白しようと決心した時から今日までずっと、陽翔に振られるシチュエーションは成功するシチュエーションよりも多く想像してきた。本当に陽翔に振られた時に、心に受けるダメージを最小限に抑える為に。

 実は、風花は今日陽翔に振られるまで一度も振られた事がなかった。

 元彼の久山珠理ひさやましゅりに告白した告白一回目は、見事一発で成功したからだ。

 ずっと好意を寄せていた陽翔に振られてとてもつらくて悲しい。

 だが、そんなありきたりな言葉では絶対に言い表したくない。軽すぎるから。

「どうして?」

 陽翔に振られてから発した第一声はあまりにも情けない声で、思わず瞼がジーンと熱くなってきた。

 泣いちゃダメだ。陽翔くんを困らせちゃう。陽翔くんは何も悪くないんだから。

「風花……」

 陽翔は向かい合っている風花との距離をさらに詰めた。陽翔の顔が物凄く近い。

「泣かせてしまって本当にごめん」

 いつの間にか陽翔の目には涙がたっぷりと溜まっている。今にも溢れ出しそうだ。風花の泣き出しそうな顔を見てもらい泣きしてくれた陽翔は優しい。

 また、遠くから眺めていても目を惹くほど綺麗な、栗色の前髪の隙間から見える眉は大きく下がっている。

「どうかこれだけは誤解しないで欲しい。俺は風花の事が嫌いな訳じゃない。風花はいつも俺のつまらない冗談を笑ってくれるしくだらない話も楽しそうに聞いてくれるし一緒にいるだけで凄く楽しいし──、」

「じゃあ何で振ったの!?」

 何て未練がましい台詞なの、と口にした後で後悔した。嫌われるかもしれない。

「……友達として好きなんだ」

 風花はハッと息を呑んだ。やがて、陽翔の一言で我慢が決壊したかのようにポロポロと涙を零した。涙が落ちた地面には黒い染みができた筈だが薄暗闇の中ではよく見えない。

「…………それと、これは憶測に過ぎないけど、風花は俺を頭の中で美化しすぎてる。俺は風花が思っているような人間じゃないよ」

 風花は鼻を啜りながら「美化してない!」と反論した。

「美化してる。……だって俺を優しいと思ってるでしょ?」

「うん」

「俺は優しくない」

「優しいよ!!」

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