第四節
「美味しいね!」
「うん! 甘くて、めちゃんこ美味しい!」
華那と風花の二人は、一年から三年の教室まで展示やビデオ動画を見て回った後、茶道部で水まんじゅうと抹茶を頂きながら休憩していた。
A棟一階にある茶室や茶室前の廊下は、数多くの生徒や来校者の賑やかな笑い声で満たされている。
そんな中でも目を惹くのが、茶室前の廊下の右端に設置されている、紅色の
次に目を惹くのは、廊下に置かれており、華那と風花が腰掛けている赤色の
客で溢れる茶室や廊下、野点傘、縁台、そして、時折お茶出しのために行き来している淡い花柄の浴衣を着た茶道部の生徒たち。
それら全てが、普段とは異なる祭り特有の華やいだ雰囲気を充分に感じさせた。
菓子切りを皿に置いた風花は、抹茶の入ったお茶碗を両手で持ちながらゆっくりと傾ける。
白い喉がぴくりと数回動いた。
かと思えば、お茶碗から口を離して、風花はこちらに目を向けた。
「最近、
思いがけない質問をされて、華那は動揺する。
だが。とりあえず、風花の感想を聞いた後に飲むつもりだったお茶を飲まずに膝上のお盆に戻してから、
「何で急に
華那は冷静な口調で否定した。
しかし、風花は「してたよ」と速攻言う。
それから、手に持っていたお茶椀を華那と同じようにお盆の上に置いてから続けた。
「誰がどう見ても、寂しそうな顔してた。……で、やっと清水が話しかけてきて家に遊びにきて、せっかく穏やかな雰囲気だったのに。清水が帰る直前になって、
「『せいで』とか言わないでよ」
思わずという感じで、華那は言った。
「雪弥だって、シリアスな雰囲気にしたくて打ち明けた訳じゃないから。……五月十五日、雪弥は部活の先輩に急に部室に呼び出された。そこで、その先輩との間に絶対何かあったんだと思う。風花だって、雪弥の様子がおかしい事にすぐ気づいたでしょ?」
華那が訊くと、風花は真面目な顔で「うん」と頷いた。
「気づいたからこそ、私は次の日の朝に
風花はそう言って、愛嬌のある微笑みを口元に浮かべた。
……確かにそうだよ。でも、
そう考えた途端、だんだん腹が立ってきた。
「逆に、風花は何でそんなポジティブなの?」
華那はムッとした顔で風花に訊く。
「陽翔くんが『大丈夫』って答えたからだよ。……もし仮に、清水がその先輩との間に何かあったんだとしてもだよ。清水は、無関係な私たちが部活内のいざこざにズカズカと踏み込むのは嫌かもしれないよ」
風花は怒っているような、困っているような、曖昧な表情を浮かべながらそう答えた。
手元をチラリと見ると、お盆の上で水まんじゅうの残りを一口大に切り分けていた。
「……そうだね」
華那はたった一言しか返せなかった。
もし雪弥が、踏み込まれたくないと思った為に、自分に相談しなかったのだとしたら──?
雪弥の領域に土足で踏み込む権利。それは、彼以外の誰も持っておらず、当然華那も持っていないのだ。
「ねぇ、華那、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。だって、清水も『大丈夫』って言ったんでしょ?」
風花に訊かれて、華那は「うん」とためらいがちに頷いた。
「『別に心配しなくていいぞ』とか、『俺がまだ気にしてるだけで、
「ないない!」
風花が少し大きな声で、華那の言葉を遮った。
「仲直りして全部解決したんだよ。で、解決したのはもちろん陽翔くん!」
だから大丈夫だよ、と風花は菓子切りを持ったまま、華那に微笑みかけた。
本当に解決したのかな。雪弥も風花も何か隠してるんじゃ……?
華那はスッと前を向いて、
「どうして風花は、篠田くんの事をそんなに信頼してるの?」
風花に質問した。
華那からの質問に、風花は目を丸くしたが、すぐに「うんうん」と頷いた。
なるほど、と納得しているかのような、そんな笑顔を浮かべながら。
「華那はまだあんまり陽翔くんと喋った事ないから、陽翔くんを信頼できないのは当然だよね。……陽翔くんはね、私が彼氏にフラれて凄く落ち込んでた時に優しく慰めてくれたの」
「……そうなんだ」
本当なら、友達である私が真っ先に気づいて慰めるべきなのに。自分の事で精一杯で、全く気づかなかった。そっか、篠田くんが──。
自分の心を救ってくれた人を信頼するのは当たり前だ。
華那は風花が陽翔を信頼する理由に納得した。
それでも、華那は陽翔を信頼できないし、『何もない』や『大丈夫』という陽翔の言葉は信用できない。
また、雪弥の問題はまだ解決していないと思った。
華那は今、風花に気づかれないように唇を強く噛んでいる。
その仕草からも、不安や苛立ちがよく滲み出ている。
華那はお茶碗を音を立てないように静かに手に取って、抹茶を少し口に入れた。
入れた途端、口の中に爽やかな香りが一気に広がっていく。
あっ、美味しい。凄く甘い。
抹茶は予想に反して苦味は薄く、とても甘かった。
「ねぇ、華那……」
風花が遠慮がちに話しかけてきた。
華那は抹茶をゴクリと飲み込んでから、「何?」と短く返す。
「これ食べ終わったら体育館に行かない? 絶対、舞台上で面白い事やってると思うし」
風花の澄み通った甘い声はひどく震えていた。
「……うん、行く」
華那はそう答えてからようやく、前から右隣に座る風花の方へ顔を戻した。
すると、徐々に蕾を開き始めて淡黄色をぱっと咲かせた花のように、風花は可憐な笑顔を見せた。
その瞬間、華那は確信した。
どんなに気まずくなっても風花を嫌いにはなれないなぁ、と。
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