第三節
放課後になった。火曜日の今日は美術部は休みである。
そこで
ところが、教えている途中で、風花が困ったような顔で、『ごめん。私、早く家に帰んなきゃいけなくなっちゃった』と言い出した。
理由を尋ねた華那に、風花は母親からLINEが来ていた事にたった今気づいたのだと説明する。
それから、母親が送ってきたのは、風花の弟についての大事な報告だという事も。
風花の弟の
俊樹は、風花がまだ家に帰っていない時には友人の家に遊びに行く事が多いが、一人でお留守番もできる。
しかし、今日は頭痛で早退したらしい。
仕事中の母親の元に、
「保健室で熱を計って、熱はなかったみたいなんですけど……、『頭が痛すぎて辛い』と言ったので早退させる事にしました。でも、『お母さんに迷惑かけたくないから歩いて帰る』って言ってそのまま走って帰ってしまって……。あまりにも酷いようなら、病院に連れていってあげてください』
担任の先生からそのような電話が来て、母親が一旦家に帰って看病していたそうだ。
『心配で慌てて帰ったんだけど、私より俊樹の方が凄く落ち着いてた! 大丈夫って笑ってたよー笑でも、一応薬飲ませて寝かせた。それで、私は仕事に戻らないといけないから……。悪いんだけど、後は風花にお願いしてもいいかな? 何かあったらお母さんにすぐ電話して』
風花曰く、母親のLINEにはそのように書いてあったらしい。
下校直前に、『なんか大丈夫っぽいけど、可愛い弟の為に早く帰ってあげますか〜!』と風花は冗談っぽく笑っていた。
だが──。
華那は青色のスリッパから運動靴に履き替えるとすぐに靴箱を出た。
校舎の二階から吹奏楽部の生徒たちが演奏する音が聞こえる。
まだ練習途中だからか、時々音が外れていた。
ふと顔を上げると、綺麗な薄い青空が見えたが、空の遠くの方は薄暗く曇り始めていた。
……俊樹くん、本当に大丈夫かな?
風花は笑っていたが、華那は俊樹の事が心配でたまらなかった。
風花、絶対無理して笑ってた。
作り笑いにしか見えなかったし……。
やはり、風花も俊樹の事が心配でたまらないからすぐに下校したのだろう。
ちなみに、華那が俊樹と会って話したのは風花の家に遊びに行った時だ。
華那から見た俊樹は──クールで姉の風花よりも言動が大人びていたが、小学生らしいとても素直な発言をする事もあった。
また、笑顔や笑い方は姉弟で似るのか、そっくりだと思う。
どうか、俊樹くんの頭痛が早く治りますように……!
もしかして、頑張り屋のお姉ちゃんに似て頑張りすぎちゃったのかな?
風花の家は母子家庭で、風花の母親は朝早くから夜遅くまで働いているのだと風花から聞いた事がある。
風花は、忙しい母親に代わって家事をしており、弟の俊樹の世話もちゃんとしている。
母親の体調を想って支える。
また、母親がいない間は自分が母親の代わりを務める。
多分、風花は知らぬ間に気を張っており、心身ともに疲れている。
それも風花が授業中に居眠りをしてしまう理由の一つではないか。
華那なりにそう解釈していた。
だが、来週からは中間試験が始まってしまう。
試験範囲は今週の単元まで入るらしい。
風花はこれから、俊樹の看病をする可能性がある。
という事は、また明日の授業中に居眠りをしてしまう恐れがある。
寝ても大丈夫だよ、と華那は心の中で風花に言った。
私が授業をよく聴いてしっかり理解して、風花に訊かれた時にすぐに教えられるようにしとくから。
華那は今、校庭の前を足早に通り過ぎようとしているところである。
今日は本屋に寄り道して参考書を買う予定があるので、正門からではなく裏門から下校する。
校庭の前は、裏門からの下校時には必然的に通る。
校庭の前を歩き始めた途端、鼓動がとくとくと音を立て始める。
その音で、自分が緊張している事が分かってさらに不安になる。
華那は運動系の部活が使用している部室棟──特に「サッカー部」と書かれた部室のドアをじっと見詰めた。
誰も出てこないのを確認すると、今度は木々の隙間から校庭に目を向けた。
校庭では、野球部とサッカー部がうまく棲み分けながら活動していた。
活気のある掛け声が響いている。
出てこないって事は、もう校庭にいるのかなぁ……。
──あっ、見えなくなっちゃったや。
休憩に入ったのだろうか。
今しがた、校庭で練習をしていたサッカー部の部員達は移動し始めて、やがて、木々の陰に隠れて見えなくなった。
サッカー部は日曜日しか休みがなく、その日曜日すら大会や合宿で潰れることも多い。
サッカー部に所属している友人からそう聞いたことがある。
忙しいサッカー部とは対照的に、華那と風花が所属している美術部はかなり緩い。
毎週火曜日と金曜日が休みで、土日も活動は行われていない。
忙しいのは文化祭前と体育祭前、そして大会に出品する絵を制作する時のみである。
サッカー部って凄いなぁ、と華那はサッカー部の人たちを密かに尊敬しつつ歩を緩めた。
と、藍色のユニフォームを着た男子生徒がこちらに近づいてくる。白の文字で書かれている番号は「9」。
サッカー部員だ。しかも、見覚えのある顔だ。
男子生徒は華那の前まで来ると立ち止まって口を開く。
「久しぶりだな」
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