第39話 勇者の子孫
肉に魚に、野菜など色とりどりを揃えた料理が並べられたテーブルの側で、食事を楽しんでいると、声を掛けられた。
「君が、ローレッタを治したという医者かい?」
男の声が聞こえてきて、視線をそちらに向けてみる。肩パットが視界に飛び込んできた。何だ、その肩パッドはと困惑した次の瞬間、目の前の男が着ている真っ黄色なスーツに気づいて、それから自身に満ち溢れた男の顔に視線が向く。なんというか、オレの目から見ると、とても奇抜な格好をしている彼は、初めて出会う人物だ。
香水だろうか、甘ったるい匂いが目の前に立つ男のほうから漂ってくる。すぐさま別れて、離れたいと思った。
ローレッタというのは、姫様の名前だ。彼女を親しげにそう呼べるぐらい、地位の高い人物なのだろうか。でも、今まで城で生活してきて見た覚えのない人物だった。一体誰だろうか、分からなかったので本人に聞く。
「あなたは?」
見覚えのない、その男に名前を聞いてみる。すると、フンと鼻を一度鳴らされて、嫌味ったらしい声で彼が答えた。
「俺を知らないのか? どうやら、とんでもないど田舎人らしいな」
その格好と相まって、言葉にもかなりイラッと来たが、冷静に落ち着いて。精神を落ち着かせようと何も言い返さないでいると、勿体ぶりながら名前を教えてくれた。
「俺の名前は、シビル・キャクストン・ナオトだ。そのちっぽけな脳みそにちゃんと刻んでおくんだな」
「ん? ナオト……?」
勇者ハヤセ・ナオトと同じ、ナオトという名前が入っている男性だ。もしかして、勇者の関係者なのか。
「よく気づいたね。その脳みそは、しっかり働いているようだ。俺は、勇者の直系の子孫。ハヤセ・ナオトの後継者だ」
オレの考え通り、彼は勇者ハヤセ・ナオトの子孫らしい。そんな彼が、一体どんな用件でオレを呼んだのだろうか。彼は、オレを医者だと知って呼んだようで、姫様に関してのことだろうけれど。
「その勇者の子孫様が、一体、オレに何の用かな?」
パーティー会場で面倒事を起こするは避けたいが、イラッとした。少しだけ反撃をするように、皮肉げに様を付けて彼を呼んでみたが、とくに気にした風もなく、彼は用件を話しだした。
「ローレッタを治してくれたことには感謝するが、君の出る幕では無かったかな」
感謝する、という言葉を口に出すが、彼は本心から感謝している風ではなかった。鬱陶しそうな表情が見える。
「出る幕ではなかった? どういう意味かな?」
「君が居なくても、俺が彼女を治してあげていたと言うことだ。でしゃばってくれたおかげで、俺の華麗なる活躍が無かったことになった」
彼は、オレが姫様を治療した事で、活躍の場を奪われたと主張する。そんな意図は無いのだが、彼はイラツイているようだった。
「……うん、まぁ。それは、済まなかった」
オレも、彼の言いがかりにイライラしていたが、姫様の完治を祝うパーティーで、騒動を起こしたくない。それに、彼は正真正銘の勇者の子孫だというからしい。問題になると面倒くさそうだったので、適当にあしらう事にして謝った。
「いやいや! 謝る必要はないのだよ」
彼は笑顔を浮かべて、胸の前で気にしてないよという風に手を交差させて振るう。そして、続けて言った。
「ただ、でしゃばりな君は今後、気をつけたまえよ。では、俺はローレッタに挨拶の用があるから、失礼するよ」
ハッハッハッと高笑いしながら別れを告げて、離れていく彼。一体、何だったんだろう。オレが謝ったら、すぐに離れていったので困惑する。
「あー、厄介な奴と知り合ってしまったな。大丈夫か? ユウ」
そばから離れて、壁の花となっていたパトリシアが、オレに近づき言った。先ほどのやり取りを見ていたのだろうか。
「うん、大丈夫だけど。彼の事を知っているか?」
「もちろん、ああ見えて有名人だよ。勇者ハヤセ・ナオトの直系の子孫で、ナオトの名前を貰っている。凄い実力を持っているらしいけど性格が悪く、自己中な考えと、選民思想、階級差別のお陰で市民からは人気がない。他に居る直系じゃないけれど、勇者の子孫と呼ばれているホルスイやシェイラの方が、国民人気が高かったりする。私も、彼は嫌いだな」
「その意見には同意するよ」
あの、嫌味ったらしいネバつく声と言葉を一度聞いたら、イラッとして好きになる要素は見当たらない。しかし、有名人だったのか。
オレは、面倒な人間に絡まれて嫌な気分を切り替えようと、テーブルに並べてある食事を片っ端から堪能していく。少々、意地汚いが食欲を満たすことで、イライラを吹き飛ばそうとした。
「これ、美味しいな。パトリシアもどう?」
「あーん」
「自分で食べなよ」
そんな風にして、姫様の快復を祝うパーティーの時間を過ごした。
貴族たちの挨拶が終わって、女王のスピーチが始まった。スピーチの内容は、娘の病気が無事に完治して、嬉しかったこと。そして、これから国の発展計画について、国の発展を願って乾杯と続いた。
スピーチが終わると歓談の時間なのか、貴族たちはいくつかの集団に分かれて、各々で立ち話をしていた。オレは会場に知り合いも特に居ないので、手持ち無沙汰になりながらパーティーの輪の外に突っ立っていた。
それから数時間経ってようやく、パーティーはお開きとなった。立ちっぱなしで、食事だけ楽しんで終わった会なので精神的疲労がすごい。パーティーに参加するのは想像していた以上に疲れる、ということを学んだ。
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