第3話 Central Park

マンハッタンのアップタウン、その大部分を占めるセントラル・パーク。

ミッドタウン59st.からアップタウン110st.まで、マンハッタン島のほぼ中央部に位置する。

南北約4km、東西約800mもある広大な公園だ。

人口の公園としては世界でも1、2位を争うほどで、雑木林から池、小川に至るまですべて手作りというから驚かされる。

自然保護区まであるのだからスケールの違いが明白であろう。

不夜城のなかにあるオアシス。

昼の顔、都会の中のやすらぎの空間が夜のセントラル・パークでは一変する。

夜、この時間にこの場所に来る人間はニューヨーカーにはいない。

強盗・恐喝・暴行…

そんなことが当たり前に行われる場所。

市警の手が入りだいぶ治安の面では改善されたもののまともな神経の持ち主ならばこんな場所には来はしない。

そんな場所にアレックスは立っていた。


ゆるやかなカーブを描く遊歩道に彼の歩く足音だけが聞こえる。

彼の他に人通り、いや、人影は見当たらない。

10m間隔の外灯が彼の影を濃くしたり薄くしたりしている。

やがて遊歩道は周りを大木に囲まれたスクエアへとつながっていった。

その中央付近まで歩くと立ち止まった。

「・・・・」

両手をコートのポケットに突っ込んだまま、あたりの様子をうかがった。

ほとんど仁王立ちの状態である。

彼の目の前には芝生の上に大きな石造りのオブジェがあり、しかもライトアップされていた。

あまりにも巨大なため何か動物がそこにうずくまっているようにも見える。

そのライトを見てしまうと光源が目の網膜に残ってしまうためそのものを見ないようにした。

サングラスのまま視線だけが猛スピードで至る所に向けられた。

(strawberry fieldsの西っていやぁこの辺だが)

視線が2カ所かで止まった。

オブジェの向こう。

つまり陰の部分と彼から見て右手の林の中にである。

(・・・妙だな?)

首を傾げたくなるような気配だった。

(前のオブジェの影に一人いるだろ。あとは、なんでこんなに!?)

アレックスは林から感じられる気配に驚いた。

誘拐するのであれば単独犯とは考えにくい。

複数犯と考えるのが妥当であろう。

その場合、数名であっても数十名ではない。

しかし、オブジェの右手から感じる人の気配は後者であった。

気配すら消そうともしない。

自分たちはここに居るとその存在をアピールするような感じだった。

煙草を吸いながら思考をまとめることが常であるが故に、今はまったく思考がまとまらなかった。

(なんかおかしいな。)

殺気がない。

自分やローナをどうにかしようと考えるのなら殺気立っていて当たり前のはずなのに。

それがないのだ。

怪訝に思いながらも、オブジェの向こうに人がいることだけは確かなので出方を見ることにした。

ここまで来て膠着状態は彼の好むところではない。

つけていたサングラスを外し、内ポケットに引っ掛けた。

「アレックス・オッドだ。約束通りローナを返してもらうぜ。」

はっきりとそう言った。

が、相手の答えはなかった。

(……待てよwww。電話も通告だけで、たしか要求はなかったよな。なんか裏でもあるのか?)

勘ぐれば勘ぐるほどイライラが収まらなかった。

いかに普段煙草に頼って生活しているかがわかる。

(なんで俺がこんな時間にこんな場所に来なきゃならねぇんだよっっ ったく。あー、くそ!煙草が吸いたい!!!!!)

そんなことを思いつつ、相手がどう動くか待った。

頭で行動よりも、身体に染み付いた反応が確実にその場の雰囲気を優先していた。

辺りをうかがいながら、何が起ころうとも対処できる態勢で彼は立っていた。

そのとき、

オブジェの影から人影が彼の目の前に現れた。

「ようこそ…」

電話をかけてきた男と同じ声だった。

アレックスよりも2,30cmほど背が低く、小太りの男だった。

見るからに人相が悪い。

「聞こえたろう? ローナはどこだ?」

「まぁ、焦らずに。じっくりいきましょう。野蛮なことは御免です。」

(野蛮だとぉ! ローナを誘拐しておいてどっちが野蛮だよ!!)

ぷっつんした思考回路でアレックスは考えた。

考えただけで口に出すことはしなかったが、それがなお悪かった。

「不機嫌な…俺を怒ら…すとどういうことになるか…煙草(精神安定剤)がない辛さを思い知らせて…やろうかっ」

ぶつぶつと小声で文句を言っていた。

目が怒りで平らになってきている。これはかなりおっかない。

男は横をちらりと見ながら肩をすくめた。

「ものは相談ですが、我々の言う通りにしていただきますよ。」

「何だと!?」

「では、彼女がどうなってもいいと?」

「くっ」

アレックスは痛いところをつかれて唇と噛み締めた。

彼女の安全が確認できるまで、大暴れはできないのだ。

「・・・・」

「物は相談なのですが、」

「?」

「2,3秒目をつぶっていてくださいませんか?」

「何だと!?」

そんな提案今まで聞いたこともない。

普通はもっと優位に立とうと命令口調になるはずである。

疑いながら、その間に自分をなぶり殺しにするのか!?と思った。

「さあ、どうします?」

(それでいいさ。 こっちもそのつもりで相手をしてやらぁ!)

男は彼に選択権がないことをわかっていて笑った。

「わあっったよ。やりゃいいんだろ?」

言われた通りアレックスは堅く目を閉じた。

視界に頼らずとも気配は探れる。

アレックスは目を閉じると同時に、右側の林からたくさんの気配が移動し、向かってくるのを感じた。

ちょうど囲まれる勢いだ。

(囲まれると退路を断たれて面倒だなっ 殺気がないっつぅことは武力行使がないということ。となれば、腕づくでのして、ローナの居所を吐かせるか!)

両目を見開いて、視線を走らせた。

アレックスの右腕が上がり、左脇のホルスターから357mag.を取り出した。

一番気配が密集している場所に銃口を向けた。

その瞬間。

パンッパンッ!

破裂音がした。

「!?」

銃声にしては重みがなかった。

彼の頭の上には紙吹雪と紙テープの山がクモの糸のように引っかかっていた。

「な、んだこりゃ?」

テープの一本を指でつまみながら、銃を構えたままただ目が点だった。

どうやら彼に向かってクラッカーを開けたらしい。

突然、拍手が巻き起こった。

よく見ると十数名ほどの若い女性に取り囲まれていた。

状況判断ができず、呆然自失のアレックスであった。

「驚きました?」

彼女たちの一人が微笑みながら話しかけてきた。

「驚いたも何も、説明してくれ。」

怒ったような口調で言うと周りにいた彼女たちが次々と口を開き始めた。

目が潤んでいてまるでスターを追いかける熱狂的ななんとやらだ。

「私たち今年のNYTの新入社員です。編集長(レオン)から何度もあなたの噂(こと)を聞いていて、お会いしたかったんです。」

「でも、アレックスさんは気難しい方だし、そう簡単には会っていただけないでしょうから」

「来月のフリージャーナリストの特集記事を組むんです。」

「で、社内アンケートでトップに上がったのが…あの…」

「で、ローナの誘拐を仕組んだのか!?」

「はい」

「すみませんっっ」

一同に頭を下げるも、再び拍手と歓声が巻き起こった。

どうも彼の隠れファンっぽい。

どれだけ社内で有名(どう有名かは勘のよい読者さまはおわかりですね?)かがうかがえる。

(近頃の若い連中は何、考えてるんだ……)

アレックスは怒ることも忘れ、あきれてしまった。

それから1時間ほどインタビューという名目で彼女たちから恐怖の質問攻めに苦しむことになった。

煙草もないので、彼女たちのパワーに打ち勝てるほど思考は回らなかった。

だが、ローナの件がいたずらだったことを知ってほっと胸を撫で下ろしながら、半分苦笑いしている彼がいた。

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