第5話 小野寺家 その2 父からの手紙
私は父のCD-ROMを、中学生になった時に母から買ってもらったノートパソコンに挿入した。フォルダが一つあった。フォルダ名は、――彩夏へ――と成っていた。それを開こうとして、ダブルクリックした。するとパスワードを入れるように促されて、開けない。彩夏をローマ字で打ったり、誕生日の数字で打ったり、それらを組み合わせて打ったりしたけど開けない。
考えた………。そして、父がもう一つの引き出しの奥にも、御守りを付けたのを思い出した。私はそれを取り出して御守り袋の綴じてある紐を緩めて中を見た。御神体と一緒に入っていた紙を見つけた。其処に書いてあった言葉は、『大好きな彩夏へ』その言葉を、daisukinaayakaheとローマ字で入力してみた。
開けた。それは、お父さんからの手紙だった。
彩夏へ、
お前がこの手紙を読む事は無いと思います。何故なら、お前の成人式の日にお父さんが返してもらうからです。そして大人になったお前に直接伝えるからです。万が一にお前の成人式の日に、もしお父さんがこの世にいなかったら、その話を伝える術は無いと思うので、此処にしたためます。
でも、この手紙を読む前に智恵から聞かされているかも知れませんね。
今、彩夏と一緒に暮らしている智恵は、彩夏の産みの母ではないです。
彩夏の産みの母親は、名前は白井由梨と言います。もし、この手紙を彩夏が読んでいるなら、その頃には苗字が変わっている可能性もあります。いや、多分変わっていないと思います。
父さんと由梨が愛し合って生まれた子が、彩夏です。由梨は、大阪の由緒ある家柄の娘でした。それが、由梨が北海道を舞台にしたドラマの大ファンで、北海道旅行をして、北海道が大好きになったと聞いています。只それだけの理由で北海道の大学へ入学したそうです。ひょんな事から二人は知り合い、そして愛し合うようになりました。父さんはその時はすでに社会人でした。当時、二人は若くて、純粋に愛し合いました。ある日、由梨のお腹に子供が出来たと聞かされた時、私は凄く歓びました。そして結婚を申し込みました。由梨も同じ気持ちだったのですが、きっと大阪の実家から猛反対されると予想されました。一人娘と言うことで、幼い頃から家を継ぐ存在と聞かされていました由梨は、妊娠したことを、わざと実家には報告しないでお腹が大きくなった頃に実家に言ったそうです。妊娠初期に言うと、反対されて、大阪に連れ戻されて、中絶させられると思ったそうです。由梨の実家に対する抵抗でした。勿論、私と一緒になりたい、結婚したい、子供を産みたい、と言う気持ちは有りました。
そんな抵抗など、由梨の実家から見たら、全くの無力でした。実家から両親が乗り込んで来ました。私達は頭を下げて結婚を許してほしいとお願いしましたが、私達の気持ちは全く無視され、私は罵られ、由梨の父親から殴られ、そして、二人の事を認めてもらえませんでした。
その頃由梨は、中絶はもとより、飛行機に乗るのでさえ無理な体に成っていましたので、この地で産む選択しか無かったのも事実です。そして彩夏、お前が生れてきました。そして、由梨は暫くして、体調が落ち着いてから、大阪へ強制送還されました。それまでの間、由梨は、毎日涙を流しながら彩夏の世話をしていました。そして寂しく大阪へ帰って行きました。生まれた娘に〈彩夏〉と名付けて。
その後は、由梨とは一切連絡出来ませんでした。携帯番号を変えたみたいです。手紙も何通か出したのですが、未開封のまま送り返されました。
当時住んでいた父さんのアパートで、彩夏と二人暮らしになり、彩夏も知っているオホーツク沿岸のお祖母ちゃんが彩夏を育てる為に来てくれました。お祖母ちゃんは「彩夏が学校に上がるまでは、オホーツクで育てるよ」と言っていました。男手一つでは彩夏を育てるなんて無理なので、仕方ないと思っていました。
話は前後しますが、最初、父さんと由梨が付き合い始めた頃は、男女何人かでグループで集まっていました。その中に、今の母さんの智恵もいました。智恵は由梨とも友達でした。
由梨が大阪へ強制送還された事を聞いた智恵は、父さんの所へ来ました。そして私に言いました。
「私は幹士さんの事が前から好きでした。でも、幹士さんは由梨と付き合っていて、お似合いだと思って諦めました」
さらに
「彩夏ちゃんは私が育てます。だから、私と結婚してください」
「なんだか、足元を見て言っているみたいだけど、一生懸命育てるから」
「だから、少しずつで良いから、私の事を愛してください」
お父さんは、智恵とは仲の良い友達だったけど、言われた通り愛しようと思いました。彩夏の為にそう思いました。そしてこの手紙を書いている今、智恵には感謝と共に愛情も持っています。
戸籍上では彩夏は、お父さんと智恵の子供になっています。それでも、万が一彩夏が成人する前に、父さんがいなくて、智恵はいい人だけど、彩夏が苦労する様な事が有ったらと思い、思い過しになる事を祈ってこの手紙を書いています。
それと、お金の事で苦労しないように、生命保険も二本入っています。智恵と彩夏がそれぞれ受取人になっている保険です。それぞれ五千万円ずつです。それと、由梨の父さんが最後に来た時、彩夏の養育費と言って三千万の小切手を置いていきました。それは通帳に移して、そっくり智恵に預けてあります。
この手紙が読まれることはないと思いますが、そんな訳で記した次第です。
彩夏の、成人式たのしみだな。
父より
以上が父からの手紙です。
父の手紙を読み終えました。私的にはかなりのショックだったのですが、それよりも、母の事が気に掛かりました。父が天国に旅立ってから、母の様子が少しずつ変化していったのは、気のせいじゃ無かったかもしれない。
それでも母は、赤の他人の赤ちゃんを、いや私を一生懸命育ててくれたのは間違いない。実の母以上に感謝しなければいけない。そして、私はもう中学生になったのだから、これからは、母は母自身の幸せを見つけて欲しいと思った。でも、その気持ちを母に伝える勇気を出すことが、なかなか出来なかった。
お姉ちゃんに、いきさつを話した後、どのように感謝を伝えたらいいかと相談した。
「今までと何も変わらないのだから、ごく自然に話すしかないんじゃない」
お姉ちゃんは作り笑顔をして、そう言ってくれた。
なかなか言い出せないまま、私は地元の高校に進学した。そして入学式から帰ってきた後、母にお父さんの手紙を見せた。そして母に言った。
「今まで育ててくれてありがとう」
「手紙を読んだ後でも、お母さんは彩夏のお母さんだよ」
「これからもよろしくね」
「今更なんだけど、これからはお母さん自身の幸せもかんがえてね」
母は涙ぐんで、
「当たり前だよ、彩夏はお母さんの娘に決まっているじゃないか」
そう言って、私を抱きしめました。そして、抱きしめたまま、
「でも、これからは自分の幸せも少し考えるかな」
とも言いました。
その後母は、夜によく飲みに出かけるように成りました。そして昨夜、冒頭の事件が起きました。
そして今、日付が変わった深夜、私は北島家のお姉ちゃんのベッドに入って睡魔に誘導されて深く入り込むところです。
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