第2話 北島家 その1 姉妹
此処は北海道の地方都市、冬はとにかく寒い。ダイヤモンドダストとか蓮の葉氷などは珍しくもない。それでも最近の住宅事情で玄関に入れば家の中何処も同じ温度、ちょっと暑い位だ。冬にアイスが売れて、家の中では短パンTシャツ等、巷ではよく言われているが決して大げさな話ではない。正に北海道特有だ。
俺――北島
この地で生まれ、高校までは親元で暮らし、その後は札幌の大学に進学し寮生活だった。
俺が子供の頃から親はこの場所にて水田農家をしていたが、俺が中学生頃から周りの水田がみるみると住宅街に変わっていった。
親父も住宅地化の波には逆らわず土地成金になった様だ。
俺はと言うと、農閑期の親父の趣味のスキーに子供の頃から半強制的に付き合わされた。
そしてスキーの魅力に取り憑かれるのに時間は係らなかった。
中学からスキー部に入ってアルペンスキーの選手に挑戦したのは必然的だった様な気がする。
大会の翌日、新聞のスポーツ欄に俺の名前は結構載ったが、活字は小さく探さないと誰も気が付かない程度の成績だった。
当時は本気で、将来オリンピックに出ようと思っていた。
大学選びもスキー部を優先して選んだ。周りの友達はみんな色恋沙汰に楽しんでいる様に見えて多少羨ましかったが、競技に打ち込んだ。あの日までは……
競技成績がイマイチな俺は焦っていたのかも。
大学二年の初冬競技シーズンが始まる前、俺は一人で早い時期から雪のある大雪山系で足慣らしをしていた。
周りには雪を待ちきれない輩がちらほらと居た。思い返せば多少吹雪気味で視界が悪かった。
急斜面で滑っていると突然雪の無い土のブッシュに足を取られ、そして体が何回転かして立木が右側の沢への滑落を止めた。
我に返ると右足が痛い、痛いと言うより何かに突き上げられる様だ。痛みで段々意識が遠のく。微かに誰かの声が聞こえた。
「大丈夫ですか……」「大丈夫ですかぁ……」
――良かった、目撃者がいたようだ――
何度も同じ質問を受けたが、その質問には応えられないまま、少し安心して気を失った。
気が付いたのは、ドクターヘリの中だった。医師が右足を触りながら質問してくる。
「此処は、ここは、こっちは」と言いながら足を触る。
「分かりません。全部痛いです」
か弱い声でそう答えるのが精一杯だった。そう答えて眠りについたみたい。痛くて眠る事は出来ないはずなのに、寝たのか気を失ったのか判らない。
次に気が付いたのは病院のベッドの上だった。
「気が付かれました?」
優しい声の笑顔が視界にあった。
「あっ はい」
天使に見えた。白衣の天使 正に字の如くだ。声を掛けてくれた看護師さんの、巨乳が隠れていると思われるナース服に付いている名札が目に入った。
――五十嵐
「右足の脛骨と腓骨骨折でしたよ。手術終わりましたから後は良くなる一方ですよ」
「後で先生から手術内容と今後の治療とかリハビリの説明有りますから」
「今ご家族の方に声掛けて来ますね」
天使は優しいことばを発して病室から出て行った。
入れ替わりに両親が入ってきた。心配して色々言っていたが、右の耳から左の耳へと言葉が抜けて行った。
俺の頭の中は、天使、いや紗枝の存在で一杯になった。これが巷で言う 一目惚れ と言う奴か、間違いない。
先生から、骨はボルトで固定したとか、ギブスは暫く外せないとか、落ち着いたらリハビリして退院とか、日常生活は大丈夫だけど選手は無理だと聞かされた。それを聞いて、自分でも意外に思うが、選手への復帰は簡単に諦められた。
紗枝はいつも優しく接してくれた。仕事だから誰にでも一緒の対応のはずだが、俺の目には、俺にだけ特別の様に映った。
今までスキー一筋で恋愛音痴の俺には紗枝が本当に愛おしかった。
入院の間、紗枝とは会話を多くしたりして、さり気なくアタックを繰り返し、退院の前日に何とか連絡先交換が出来た。
後で聞いたのだけど、紗枝も俺の事が少し気になっていたそうだ。
紗枝が非番の日には条件付きでデートをした。
条件とは、遊園地、動物園等、子供が楽しい場所に行く事と三人でデートする事だった。
メンバーは、紗枝二十七歳、史絵七歳、俺二十歳
紗枝はシングルマザーだった。一途に紗枝に惚れた俺はそれをあまり気にしなかった。最初の頃は、史絵には敬遠されていたが、デートの回数を重ねて行くうちに史絵は俺と手を繋いでその手を放そうとしないまでに懐かれた。もちろん川の字と言うかMの字の繋ぎ方だった。
「すぐるおにいちゃん、しえのパパになって」
Mの字の回数を重ねて行くと、紗枝が言わせているのか、自分の気持ちなのか判らないけど、毎回別れ際に史絵の口から同じ言葉を言われた。俺には二人の気持ちに聞こえた。気持ちはすでに固まっていた。
次のデートで史絵が俺の背中で眠っている時、紗枝にプロポーズした。
「今はまだ大学生だけど、卒業して社会人になったら直ぐ結婚してほしい。三人で幸せになろう。いや、必ず二人を幸せにするから」
紗枝が涙ぐむのに時間は掛からなかった。
「史絵、よかったね⋯よかったね」
眠っている史絵の背中を右手で摩りながら、左手で俺の手を強く握った。
それは、紗枝が二人を包んでいる様だった。
両親に報告した。社会人に成ってから結婚するのは構わないが、やはり子持ちが引っ掛かったみたいだ。
頃合いを見て両親に二人を会わせた。
やはり親だ、紗枝に対しての質問が史絵の父親の事と、紗枝の親に集中していた。
紗枝は、やんわりとうやむやに答えていた。
紗枝の母もシングルマザーで紗枝の父はもう他界していると、それ以上は聞かされていない。
史絵の父は生きているが、もう縁を切って二人の前には顔を出さないと約束している。南米に居るみたいだが、がっちり縁を切ったので心配ないと、そこははっきり言った。
俺は、『それは大丈夫』としか聞いておらず、それ以上聞けなかったことを父が聞いてくれた。
そして父は、俺が社会人になった時に三人の気持ちが変わっていなければ認めると言ってくれた。
隔して二年後に三人の共同生活が始まった。父は自宅の土地が広いからと言って、農業で使っていた納屋を壊して俺たち三人の新居を建ててくれた。
紗枝の提案で、両親の家と新居を往来出来る屋内の渡り廊下も付けた。
寒い冬でも便利だと言うが、将来の親の介護まで考えているのかなと、紗枝に感謝する。
新社会人の職場は新居からそう遠くない地元では名前の知れた、ビジネスホテルと自動車整備工場とタクシーを経営しているグループ会社の本社で、大学が商学部だったので経理に配属された。
何もかも順調だった。結婚して一年後に妻の紗枝には、看護師を辞めて専業主婦になってもらった。
史絵も俺の両親にも慣ついていたけど、やはり母親が家に居た方が良いからだ。 妻が家に居るように成ってから、新居に引っ越した直後から史絵とよく一緒に遊んでいた向かいの家の、史絵より一学年下の娘が新居に出入りする様に成った。
妻はいつもその娘を快く受け入れていた。
俺も休日に、家族サービスで夏の遊園地や動物園、冬は私が先生で生徒は子供のスキー授業などに行ったが、必ずと言っていいほど、その娘も一緒だった。
史絵の事を「お姉ちゃん」と呼んでいて、二人は本当の姉妹みたいに仲良しだった。
――小野寺彩夏――
向かいの家の一人娘です。
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