第2話 人に頼らず、働いて返せ!

 翌日の夕方、修平は「丸本商店」に自転車を引き取りに行った。

 相変わらず、足の踏み場もないほど沢山の自転車が店中に並べられていたが、修平の乗っているママチャリの姿は何処にも無かった。


「まだ、修理中なのかな?」

 修平は首を傾げたが、自転車が戻ってこないことには、郊外で交通機関が少ないこの町で生活するのにも、学校に行くにも辛い。

 修平は意を決して、お腹に思い切り力を入れ、体内の全てを吐き出すほどの大声で叫んだ。


「すみません!昨日、パンクの修理をお願いしたものです。取りに来ましたが、修理終わりましたか!?」


 すると、煤に塗れた店主が、修平のママチャリを持ち、ゆっくりとした足取りで店の奥から姿を見せた。


「おう、昨日の兄さんか。この自転車、ただのパンクじゃあねえぞ。タイヤそのものが、いかれちまってるぞ。全部取り替えないとダメだな」


 そういうと、店主は自転車から取り外したタイヤを、修平の目の前に差し出した。

 チューブだけでなく、タイヤの表層部にも一部裂けた跡が残っており、最早使える代物ではなかった。


「ひどい損傷ですね。どうすればいいんですか?」

「今まで使ってたタイヤを捨てて、新しいものに取り換えたよ。あ、ちなみに料金は、手間賃込みで12,000円ね」

「い、いちまん、にせんえん?」


 修平は、財布の中を覗き込んだが、手持ちの現金はあと三千円しかなかった。

 預金はほとんどが電気代と家賃に消え、親からの仕送り日まで、わずかしか残金が無い状態が続く。


「すみません、来月1日までお待ちいただければ、仕送りが入るので、待ってもらえませんか?」

「はあ?ふざけんなよ。うちは零細だし、そんなに悠長に待ってられねえんだぞ。すぐに支払えないのか?」


 店主は、腰に手を当て、修平に顔を近づけ、しゃくりあげながらまくし立てた。


「兄さん、バイトとかしてるんだろ?その金ですぐ払えるだろ?」

「今は、バイトを全くしていないんですよね……」

「ふ~ん……じゃあ、俺んところで働けよ。そのバイト代の中から、代金を払ってもらおうか?」

「働く?ここで、ですか!?」

「そうだよ。代金払い終えるまでは、みっちり働いてもらうからな」

「でも、僕、自転車のことなんか何もわからないし、きっと足を引っ張るんじゃないかと思います」

「ばーか、やりもしないうちから、出来ないなんて言うんじゃねえよ。やってみねえと、分からないだろう?」

「でも、きっと長続きはしないと思いますよ。ですから、親からの仕送りが来るまで、もう少しだけ待ってもらえないのでしょうか?」

「あのなあ、大体、親の仕送りで支払おうなんて、甘い考えしてるのが気に食わねえんだよ!お前が転んでパンクさせたんだろ?そして、お前はこの自転車をこれからも乗るつもりなんだろ?そんな半端な気持ちで自転車に乗るんじゃねえよ!自分で働いて稼いで、自分で全部支払え!甘えてんじゃねえよ、馬鹿野郎!」


 店主は、ポケットに入っていたスパナを取り出すと、修平を目掛けて思い切り投げつけた。

 スパナは修平の頬の辺りをフッとかすめて、地面に落ちた。

 店主のまくしたてるような言葉の迫力と、不意に投げつけられたスパナに驚き、修平は体が凍りつき、何も言い返せなかった。


「どうした?うちで働くのか?働かないのか?はっきりしろ!男だろお前は!」


 徹底的にまくしたてられ、蔑まれた修平は、腹をくくった。


「わかりましたよ!ここで働いて払えばいいんでしょ?それであなたが満足するなら、いくらでも働きますよ!」


 すると、店主は怒り心頭の表情から、目じりや頬の辺りを緩め、フフッと笑った。


「じゃあ、明日から早速ここに来い!朝8時からやってるから、遅れるんじゃねえぞ。仕事はいくらでもあるし、教えてやる!あと、俺の名前は『丸本彰吾』っていうんだけど、街の人達から長らく『チャリじい』って呼ばれてるし、そっちの方が俺も気楽だから『チャリじい』でいいぞ」


 そういうと、店主は自転車をポンと修平の腕の中に置き、くるりと背中を向けて店の奥へと消えて行った。


「……チャリじい、かあ。名前と違って、かなり手ごわそうだな」


 修平は無事に自転車を取り戻すことが出来たが、その代金を支払うため、翌日から早速「丸本商店」で働くことになってしまった。

 果たして、無事に勤めあげられるんだろうか?修平は大きな不安を抱えたまま、家路についた。





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