第17話 生身の愛へ10 稲田園長の来社
夏休みが終わって2か月ほどした11月の最初の週の昼過ぎ、仕事をしている私のところに、電話が入りました。
「おい義男、くすのき学園の園長先生から電話があったぞ。今日はずっとおられるそうだから、直ちに電話してあげなさい」
伯父に言われて、早速電話しました。
「おお、義男か、久しぶりじゃな、元気にしておるかね」
「ええ、元気ですよ。園長先生、何かありましたか?」
「とりあえず何とか収まったけど、愛美がな、先日、無断外出したんじゃ」
「は、はあぁ?」
「ところで、つかぬ事を尋ねるけど、義男は、合田先生と付合っとるのか?」
「・・・」
しばらくは、何も言えませんでした。
「それがな、愛美の同級生の孝子がおるじゃろ。あの子が、夏休みの始まり頃じゃったが、おまえと合田先生が、一緒に岡山の商店街を、手をつないで歩いているのを見たそうじゃ。孝子が愛美に言って、それから間もなく、その話がわしら職員の間にも広まった。あの頃からおった保母も指導員も、まだ何人もおるから、その話で持ちきりになった。愛美は、おまえが合田先生と付合っとると知って、ショックを受けたみたいでな。黙って、自転車に乗って学園を飛び出していった。幸い、近くの公園の前で見つけて事なきを得たけど、おいおい泣きよって、わしらも、対応に苦慮したんじゃ」
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません」
「いや、君が迷惑をかけたわけじゃないから、そんなことはよろしい。ところで義男、合田先生、いや、合田愛子さんと、お付合いしているのか? もしよかったら、答えてくれるか。愛美を人質にとるつもりはないが、今後のこともある。どうか答えて欲しい」
「私が愛子さんとお付合いすることが、くすのき学園にとって、何か問題でもありますか? 3年前ならともかく、今はくすのき学園さんには、何の関係もないことでしょう」
「ああ、確かに、その通り。答えたくなければ、無理に答えなくてもいいだろう。私はゴシップ専門の週刊誌やスポーツ新聞の記者ではないからな。でもおまえさん、さっき、合田先生のことを愛子さんと言ったね?」
「ええ。いつも、愛ちゃんと・・・」
「ほう、そうかね。その表現から察するに、少なくとも君は、合田愛子さんとお付合いしておられるようだな。ひょっとして、もう結婚しているなんてこと、ないよな? 確か、君の誕生日は4月3日。今年で満18歳に達したろう。君らがその気になれば、法的にも結婚できる。ゴシップにする気はないが、正直、そこも気になっておってなぁ・・・」
もはやこれ以上、隠し通すことは無理だと判断しました。
「愛美のこともあります。この際、私の責任で、きちんとお答えいたします」
「・・・そうですか。わかりました。じゃあ、三宅君、よろしく、お願いします」
稲田園長は、改まって私に報告を要請されました。
「私、三宅義男は、去る本年4月4日をもちまして、合田愛子さんとともに、倉敷市役所に婚姻届を提出いたしました。結婚後は、双方とも夫である私の姓を名乗っておりますので、現在妻は、三宅愛子と名乗っております。以上、事実関係についてのご報告です」
「そうでしたか・・・。おめでとう。それは何よりだ・・・。できれば、うちに来て報告してくれればよかったのに」
「しかし園長、それはいくらなんでもまずいでしょう。当時を知っている職員さんも子どもたちも、まだ何人もいるじゃないですか。しかも、妹の愛美までいますからね。そんな情報がそちらに届いたら、どういう影響を与えるか、それを考えると、怖くて報告できませんでしたし、しばらく、電話連絡することさえ、はばかられていました」
「言われてみれば、それもごもっともである。実はちょっと、愛美のことで相談したいことがあるので、よければ、今日これから、あなたの勤務先に伺ってもよろしいか?」
私は伯父に、稲田園長の来訪の許可を得ました。
そういう話なら、直ちに来ていただけと、伯父は言いました。
その日は特に外回りの仕事はなく、私は朝からずっと、経理の仕事をしていました。しかも、ちょうど、キリのいいところまでできていた。
「はい、どうぞお越しください」
「あなたの奥さんの愛子さんにも、できれば、御足労願えませんか?」
稲田園長の言葉が、随分丁寧になりました。
少し、こそばゆい感じもしました。
「妻は、そろそろ勤務が終わる時間ですから、今でしたら、何とかなると思います」
「それでは、よろしくお願いします」
私はいったん電話を切り、愛子先生の勤める保育園に電話を掛けました。保育園は、丁度お昼寝の時間でした。愛子先生に、こういうことがあって、稲田園長がぼくの会社に来られるから立ち会って欲しいと頼んだら、早めに行くと言ってくれました。こちらは、それほど遠くない場所ですから、30分ほど後に、保育園を早退して来てくれました。
愛ちゃんが来て約1時間後、くすのき学園の所有するバンに乗って、稲田園長と愛美が倉敷の伯父の会社にやってきました。
「お久しぶりです。くすのき学園長の稲田健一でございます」
この伯父と稲田園長は、すでに面識がありました。
「稲田先生、お久しぶりです。義男がくすのき学園に在園しておりました折は、大いにご迷惑をおかけしたと思いますが、その点につきましては、何卒、お許しください」
「いえいえ、とんでもありません。義男君のおかげで、くすのき学園を改革できたこともいくつかありますし、私たちのほうこそ、義男君のために、さしたることもこともしてやれていませんから、伯父さんはじめご親戚の皆様には、至らぬことばかりで、大変、申し訳なく思っている次第でして、現に、妹の愛美さんの件でも、ちょっとこのところ、いろいろ、ありましてね・・・」
「それは大変だ。どんな状況なのです?」
伯父の問いに、稲田園長は、この数か月来の愛美の状況を話してくれました。
確かに、このままではいけないことを痛感させられる話でした。
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