第83話 パートナー

 ミーティングルームに弛緩した空気が流れ込む。

 

 驚きの表情が徐々に崩れ、柔らかい笑顔を見せてくれた。


「久しぶりだね。陣くん」


 元々、年齢よりも大人びていたが実年齢が追いついたこともあり、どこか余裕を感じさせる雰囲気を纏っている。


「綺麗になったな、妙」


 あの頃よりも柔らかい雰囲気に見えるのは、明るくなった髪色のせいだろうか。


「ふふふ、ありがとう。でも、その発言は今するべきじゃなかったね」


 妙の視線が先輩たちに向けられる。


「ちょっとのりくん。さっそく妙ちゃん口説かれてるんだけど。彼大丈夫?」


 彩川さんが川地さんに耳打ちしているが、バッチリと聞こえてきている。ひょっとして彩川さんも川地さんが初の彼氏なんだろうか? 友達でも褒めるくらいのことはするだろ? 


「いや、西くんには将来を誓い合った彼女がいるらしいよ。きっと……、えっと。さ、先に僕からも挨拶させてもらえないかな? 市場開発部の川地です。よろしくお願いします」


 一歩、近づいてきた川地さんが妙に深々と頭を下げた。


「ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。企画営業部の桐生妙と申します。彩川さんにご指導いただき、日々勉強しております。至らない点もありますが、今後ともよろしくお願いします」


 軽く頭を下げた妙が、川地さんに笑顔を向けると、不意打ちだったこともあり照れているようだ。


「むぅ!」


 他の女にデレデレしてるのを見るのはやはり嫌なのだろう。

 そんな川地さんを見た彩川さんの頬がかわいく膨らんだ。


「あはははは。彩川さん。かわいいですね。いまのは不意打ちだから見惚れたのは仕方ないですよ。浮気どうこうってわけではないです。それに……」


 言いかけた言葉を思いとどまり黙ってしまうと、他の人からすれば気になるものだろう。


「それに?」


 彩川さんが首を傾げながら問い掛けてくる。


「昼休みにメッセ見てたときのデレデレした川地さんの顔! あれ見たら、誰に気があるかは一目瞭然です。あれは誰とやり取りしてたんですかね?」


「ちょっ! 西くん? 別にデレデレなんて!」


 慌てて否定しようとする川地さんだが、ここはおとなしく乗っておいた方が無難ですよ?


「川地さんが食事中にスマホ構ってるなんて初めて見ましたからね。よっぽど大事な相手だったんでしょうね?」


 俺にとっての紫穂里のように、ね。


「そ、そうなんだ……」


 さっきまでの不機嫌な表情は消え去り、両手で赤い顔を押さえてる彩川さん。やっぱりこの2人、中高生レベルらしい。


「とりあえず、座りませんか? 時間は有限ですので実りある打ち合わせにしましょう」


 生意気なようだが、先に進めるために着席を促した。


 妙は持っていたノートパソコンを起動し、画面をプロジェクターに投影して打ち合わせの準備を終えた。俺も鞄からタブレットPCを出して準備万端。


「それでは、僭越ながらわたくし、桐生が今回の打ち合わせの進行役を務めさせていただきます」


♢♢♢♢♢


「じゃあ、今日はこのまま解散。直帰でいいからね」


 川地さんは解散といいながらも彩川さんと一緒にミーティングルームを後にした。これは、仕事という名を借りた逢引に付き合わされただけなのかとも思ってしまう。


 PCの電源を落として鞄にしまうと、同じくノートパソコンをパタンと閉じた妙と目が合った。


 妙とは大学受験に備えてバイトを辞めた高3の夏以来の再会。それでも、あの頃と同じように微笑みかけてくれる妙の表情には、大人の余裕が垣間見える。


「まさか、こんな形で会うとは思ってなかった」


 彼女ができたと告げた時、妙は少し表情を曇らせながらも「おめでとう」と言ってくれた。その後も変わらない態度で俺に接してくれた妙は、俺がバイトを辞めてからも無双庵でバイトを続けていたらしい。


「また、陣くんとはどこかで関わると思ってたよ。だって私たち、運命のカップルだもんね」


 下から見上げるように俺の顔を覗き込んでくる妙は、小悪魔のような表情をしていた。


「あ〜、懐かしいな」


 2人で見つけた「天使バク」。俺と妙はこうやって仕事で付き合っていく運命だったということなのか?


 ちなみに、紫穂里とも数回行ったが未だにに運命のマスコットは一致していない。まあ、お遊びだと思って割り切ってる。だって俺たちにはそんな迷信じみたものは必要ないくらいに、お互いを求め合っているのだから……。


「あれから何人かに聞いてみたけど、一致した人って聞かないんだよね。ちょっとした自慢だよね。恋人同士じゃないけど、ね」


 俺の知り合いにも、一致したという人はいないし、難しいということは身をもって知っている。毎回、帰り道で紫穂里をなだめるのが俺の役割だ。


「コンビってことでいいんじゃないか? ビジネスパートナーってのでもいいし。さっきの打ち合わせ聞いてても思ったんだけど、妙とは考え方が似てるんだよな。だから、補足の資料を見なくても言わんとしてることは伝わってくる」


 先程まで話していた妙のプロジェクト。


『高齢化の進むまちをいかにして循環型のまちにしていくか』


 昭和に建てられた大規模な団地。成人した子どもたちは都市部や他の土地に移り住んでしまい、残ったのは高齢者ばかり。そういったまちに子育て世代を呼び込み、まちを活性化し、その子どもたちにも住み続けたいと思えるまちづくりのために、我が社は何ができるのか? 


「いまの中高生をターゲットにしたのは面白いと思った。SNSの発展で情報発信をするのは中高生だもんな」


「うん。身近なものでも取り上げてくれてたりするから、興味を持ってもらえれば拡散してくれるでしょ? 高いコストをかけて宣伝を打つのも必要かもしれないけど、それだと継続的にやるのは難しいじゃない」


 もちろんテレビCMや電車の中吊り広告なんかは効果が高い分、コストも高い。それに対してSNSはコストは小さいが、ハマれば効果は抜群だ。それに体感したことを拡散してくれるので情報を受け取る側としては参考にしやすいだろう。


「なあ、妙」


「うん? どうしたの?」


 突然の呼びかけに、妙が首を傾げて応えてくれた。


「この企画、もし先輩たちの評価がイマイチでも進めてみないか? 仮にダメなところがあればブラッシュアップしていけばいいだけだろ? 会社の提唱する地域貢献にも繋がる」


 俺の真剣なものいいが珍しかったのか、妙はキョトンとした表情で固まっている。


「妙?」


「あっ、ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって。……無駄な労力を使うだけになっちゃうかもしれないよ?」


「ないな。まだラフな企画かもしれないけど、みんなを納得させれるだけの資料を作ろう。具体的にはなにを数値化して判断材料にするかだな。そこはこっちの仕事だから任せてくれ」


「……うん、わかった。一緒に、頑張ろうね」


 そのときに見せてくれた笑顔は、あの頃と変わらない無邪気な笑顔だった。

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