第3話 得体の知れない獣。
マリーさんの家の裏口からは、直ぐに草原に出られた。
私と飛翠は、森が見える方ではなく反対に向かって走った。
建物で町の中は良く見えないけど、私達の姿なんて、この草原じゃ……直ぐに見えるだろう。
「なんで逃げなきゃなんないの!?」
「“ソレ”があるからだろ。つーか! 何なんだ!」
私の手に掴んである“手配書”らしき紙だ。
それに、視線を飛ばしてきた。
さすがのクールビューティーもキレ気味だ。声が荒い。
「飛翠が取っ換え引っ換えするからだ! もーいい加減にしてよね! これに懲りて!」
「はぁ? そんなことで“賞金掛けられる”かよ? 国王の遣いだとか言ってただろ。」
と、草原を走りながら、私と飛翠はそんな投げ合いをする。言葉の。
「え? あんたまさか……“国王の嫁とか愛人”とかにまで、手だしたわけ? 最低!」
「あ〜……お前! まじでイラッとする! そんなワケねーだろ。」
そうは言いますけどね。わかりませんからね。この男は。
何しろ手が早いし、別れるのも早いクソ男じゃ。女なら誰でもいいんだ。
ん? それならーー、何で……“舞子”は、放置だったのかな? あんなカワイイのに。
「あのさー、どうでもいいけど、余計な事考えてる場合じゃねーぞ。」
「え!? なんでわかんの!?」
と、私が飛翠を見た時だ。
飛翠は、私の左腕を掴んでいた。
その事でーー、私達は立ち止まった。
グルル……
え? なに? この声ーー。
「ちょ! なに!? なんでこんなの連れて来たの!?」
「違うだろ! いきなり現れたんだよ!」
そうーー、目の前には大きな黒茶のサイ? みたいな獣がいたのだ。
サイーー、にしてはなんだか様子がおかしい。こんなにダイナミックで、怖そうだったかな? これはーー、アフリカ象よりも大きい。
「とうとう……“終わったな”。あー短い人生だった。」
飛翠だ。腰に手を充てそう言ったのだ。
「はぁ!? なんでそこで諦めてんの!? あんたいつもの必殺“裏拳と飛び蹴り”はどーした!?」
「効くかよ! こんなバケモンに! 踏み潰されて終わりだ! バカ!」
バカ!? バカとはなんだ!
「えー!? 私イヤなんだけど!? せめて“初カレ”出来てから死にたい! なんとかしてよ!」
「は? お前……いねーの?」
うわー!! なんてことー!! 何暴露ってんの!? 私!
いる事にしてたんだ! あー!! やってしまった!!
頭を抱えて喚きましたよ。そりゃ。
そんな事はーー、サイみたいな怪物くんには、関係なかった。
ドスドスーー、と、物凄い速さで向かってきたからだ。
「
ぐいっ。と、強引に腕を引っ張られ、とにかく直進で向かってくるそのサイの、怪物から逃げる。
左に曲がって突っ走る。
けれど、サイも方向転換して向かってくる。
ドスドス!
何とも揺れる程の大きな足音だ。
地響きすらする。それに、この身体の大きさだ。何メートルなんてのは、わからないが、とにかく今まで出会った事の無い大きさだ。
アフリカ象の三倍ぐらい?
「なんであんなに速いの!? ふつーデカいと、足遅いんじゃないの!?」
「知るかよ!」
私は、飛翠に腕を捕まれながら草原を走った。芝生並みだからまだ良かった。
これが、もう少しボーボーと生えていたら、足を取られただろう。
巨体を揺らしながら、黒茶の身体をしたサイに似た怪物は、追いかけてくる。
「なんか光だしたぞ?」
「へ……?」
飛翠がそう言ったので、私も後ろをちらっと見てみた。
サイの鼻の上にある“白い三角の角”。先が尖ったその角の上で、蒼い光が煌めきだしたのだ。
「えぇっ!? なにあれ?? なんか飛び出てくるパターン!?」
あの光が円球とかになってさ、そんで私達に放たれたりするんだ。きっと。
マンガで見た事ある。そんで消されて終わりだ。
「何とかして!!」
「無茶言うな!」
わかってはいたが、そう言った。
何ともならない事なんて、わかってる。
いつもそうだ。
「やばっ!! 光だした!!」
サイの鼻の上の蒼い光は、大きくなった。それは、やっぱり円球みたいになってそのまま私と飛翠にめがけて放たれたのだ。
アウトーー!!
と、私が叫んだときだ。
心のなかで。
カッ!!
と、辺りが眩しく光ったのだ。
「きゃっ!!」
と、同時に強い突風みたいのに身体が、煽られた。それは、隣の飛翠も同じだったようだ。
私と飛翠は草原に、倒れたのだ。
「ようこそ。“イシュタリア”へ。」
んん? この声ーー。
何処かで聞いた事があるような。
草むらの中で私は、身体を起こした。
目の前には、黒い羽織りを着た男性と思わしき人がいた。
右手には木の杖。
ブラウンの作務衣ーー、足元は草履。
何よりも首元から白髪が、ぴょんと一つに束ねてある。
この後姿には見覚えがある。
「え!? “黒崎さん”!?」
そう叫んだ時だった。
サイの角の上から、また蒼い円球が光り出したのだ。
「コイツは“魔物”。この世界の魔の者たちだ。そしてーー、名を“サイキック”。」
「え!? なにそのサイクリングみたいなネーミング!」
と、私が叫ぶのも余り意味は無かった。黒崎さんは、杖に光をためた。
それも炎の光だった。
「“
と、そう言うのと同時だった。
杖から放たれたのは、その巨体を飲み込む炎の嵐ーー。まさにそれだった。
紅炎の嵐に包まれて、業火に焼かれるみたいにサイーー、いや。サイキックは燃えていく。
「な……。」
隣で身体を起こしていた飛翠もーー、見た事ないぐらいに、目を丸くしていた。
言葉が出ない様だ。
「なかなか強い。では、もう一発。」
くるくると、まるでバトンの様に右手で杖を回すと、サイキックに向けた。
炎で包まれて苦しそうな声をあげている、サイキックに、今度は
「“
と、とても低い静かな声でそう言ったのだ。
すると、黒崎さんの杖から炎の円球が、まるで弾丸の様に、サイキックに向かって撃たれたのだ。
それは……まるで大きなバレーボールのスパイクの様に、勢いよくぶつかっていった。
グゥゥ……
サイキックはその弾丸で、身体をよろけさせると、炎に包まれその身を消した。
まるで、蒸発するみたいに消えてしまった。
「な……何なんですか……」
静かになった草原で、私はそう言っていた。それしか出なかった。
杖を持ち、黒い羽織とブラウンの作務衣姿の老人は、コッチを振り向いた。
「今のが“紅炎の魔法”じゃ。その名の通り炎の力を遣える。どうだ? 遣いたいか?」
驚いたのはーー、黒崎さんが何か嬉しそうな事よりも、その右眼が“紫色”だったことだ。
左眼は、白い目に黒い瞳なのに、右の眼は紫色に、少し金っぽい瞳。
こんな色をしていたのは、見た事がない。
両目とも白目に、黒い瞳だった。
あの古書店……“
それにいつも掛けてる眼鏡もしてない。老眼鏡なのに。
「ジジィ……」
飛翠は右膝立てると、右腕を乗せた。私はなぜかーー、正座してた。
「何がどうなってんのか説明してみろ。」
その声もそうだが、キレているのがわかる眼だった。
とても低い声だ。
それに恐ろしく冷たい眼をしていた。
飛翠は。
こんな飛翠は余り見た事がない。
「そうだな。“追手”が来る前に、ここから離れるか。」
と、黒崎さんはそう言うと私と飛翠に向かって杖を向けた。
空中で杖で何やら描き始めた。
それは、白い光で出来た“紋章”の様な絵だった。宙に浮く円。その中に描かれた紋章。
「あ……」
私がそう声をあげようとした時だ。
白い光がその“円陣”から放たれたのだ。
「わ!」
「!」
きっと飛翠も眩しくて目を閉じただろう。
私もその強い白い光に、思わず顔を背けた。
暖かいとか冷たいとかは、わからないけどとにかくーー、眩しい光だった。
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