#20 テクニックと気合い
「はじめまして、
ポニーテールに結った頭を下げ、明るい口調で僕に挨拶をした少女をよく見ると、上はウェストが絞ってあるスリムTシャツに、下はショートパンツといういでたちだった。
Tシャツは短かめで、ウェストラインぎりぎり。
パンツの下から伸びた、細く長い脚にはストッキングなどはいていない。
完全にナ・マ・ア・シ!!
そのビジュアルの破壊力に思わず返事を忘れかけていた僕だったが、瞬時に我に返った。
あぶない、あぶない。
「こちらこそ、はじめまして。
横から、辰巳氏が口を出した。
「姫子、さっきも言っておいただろうが。
いくら普段その格好で通しているからと言って、初めてお会いするお客さまをホットパンツ姿でお出迎えするなんて、非常識にもほどがあるんじゃないのか?」
奔放なスタイルの娘をたしなめる、父君だった。
それにしても、ショーパンのことを父君の世代はホットパンツと言うのか。初めて知った。
「いえ、辰巳さん。わたしは全然構いませんよ。娘さんがどのようなスタイルでいらっしゃっても。
普段の服装でいいんです。初日のきょうだけかしこまった格好で登場されても、次回からはこのスタイルになるんだとしたら、結局同じことじゃないですか。
わたしは姫子さんのように開放的な服装、いいなと思いますよ。アメリカっぽくて」
先ほどから辰巳氏が「わたし」と自称されていることもあって、それに合わせるかたちで普段の僕なら言わない「わたし」を名乗ってしまったが、とにもかくにも僕がそんな援護射撃をすると、姫子はしたり気に父親にこう言った。
「ね、先生がああおっしゃってくれているんだから問題ないんだよ、パパ。
先生のほうが、パパよりずっと物分かりがいいね。
姫子、うれしい。いいひとが見つかって」
なんかスゲーな。褒め殺しに遭ってない、僕?
これはこれで、いいことばかりじゃないって気もするけど。
とりあえず、レディだけを立たせたまま話を続けるのは気がひけるので、僕は姫子と辰巳夫人にソファにかけるよう勧めた。
二人がソファに着席したところで、辰巳氏がまた口を開いた。
「いやぁ、茂部さん、言い訳めいた話になりますが、姫子の通っている
学校では当然ですがセーラースタイルの制服で、その着こなしにも先生がたから常にチェックが入りますし、お休みの日も基本制服着用で行動しなさいと言われているぐらいなのです」
そこで、姫子が父親の発言をさえぎるようにこう言った。
「でも、校内とか通学時ならともかく、オフの日まで制服を着ろとか、今どきあり得なくないですか?
人権無視にもほどがあるので、姫子はそんな校則はガン無視して、自由なスタイルでお出かけしてます。
なぁに、外出先で先生と鉢合わせさえしなければいいんですよ。
今のところ、一度も引っかかってません。
友だちも、姫子の考え方に賛成するひととだけ、自由な格好でお出かけしてるんですよ。
そのうち、生徒会の役員に立候補して、この理不尽な校則を学校にやめさせる運動をしようかとも考えているんです」
今度は、父君がツッコミを入れた。
「まぁ、その考え方は分からんでもないけどな、陽光はアメリカンスクールじゃないんだ。
学校の流儀に合わせることの出来ない生徒は、どうぞお引き取りください、みたいなところがある。
お前も、いっときの怒りにかられてつまらん抗議行動に出るとかしないほうがいいぞ。
せっかく入った高校を放校になりかねない」
父親にそう言われると、姫子も口調を少し和らげてこう答えた。
「うん、それくらいは分かっているよ。退学処分は姫子もゴメンだよ。
だからせいぜい、ゲリラ活動だけにしとくの」
そう言って、ペロッと舌を出した。
ソファに座っている姫子は、相変わらずそのナマ脚の迫力には目が
絶対零度、みたいなクールビューティの詩乃とは似ても似つかないタイプではあるが、
まず、その大きめの目が似ているかな。
もっとも名越はネコみたいに白目が多いのだが、姫子は黒目がちでなんとなくイヌっぽい。
それが人懐っこさを
鼻も、名越はネコのようにこぢんまりとしているが、姫子は親父さんの遺伝だろうか、筋の通った高めの鼻だ。こちらもどことなくイヌっぽいのだ。
ただし、性格もイヌみたいに従順
そんなことを考えながらも、僕は辰巳氏や姫子の語る学校の話、成績の話、希望進路の話に耳を傾けていた。
まとめると、ざっとこんなところだ。
陽光学園は、俗に女子
そんな学校において、一番優秀な生徒たちがターゲットにするのは、在京私立大学の最難関、
学部は文学部、もしくは教育学部。まれに法学部、経済学部を選ぶ者もいる。
それに次ぐレベルの生徒たちが狙うのは、僕が通い、また辰巳氏の母校でもある
学部は文学部や、国際情報学部。
中には西北に十分合格出来るレベルの子でも、校風を理由に明応を選ぶケースがわりと多いらしい。
質実剛健を旨とする西北より、いいとこの子弟が多くてハイソな雰囲気がある明応のブランドに憧れる女子が多いということか。
そして、やはりというか何というか、僕の目の前にいる辰巳姫子も、父親の卒業した明応大学に入りたいと願うひとりであった。
学校や模試の成績は、一年の二学期まででは、中の上といったところだという。
明応の、あまり難しくないほうの学部だとC判定をもらっている。本命の文学部だとD。
「もうちょっと、頑張りましょう」
そんなところだろうか。
「姫子ちゃんは、なんとかお父さまの出た明応に入りたいんだね?」
僕がそう確認すると、姫子はペコリとうなずいた。
すると、父君がこう続けた。
「身内びいきとは分かってはいますがね、うちの娘はあと少し頑張れば、明応のどこかには受かるんじゃないかと期待しているんですよ。
校則が厳しくて窮屈な陽光学園にも、明応合格という大願成就のためにあえて入ったようなものです。
また、家庭教師としてあまたの候補者の中から現役明応大生の茂部さんを選ばせていただいたのも、その目標達成のためなんです」
えっ、僕ってそんなに期待されちゃってるの?
ちょっとビビっています。
「さぁ、いかがでしょうか、茂部さん。
うちの姫子に明応に受かる可能性はありますでしょうか?」
それを聞いて僕は思った。
『これはもしかして、合格の可能性があるかないかを尋ねているというより、実質的には、“あなたならうちの娘を志望大学に合格させる自信がありますか?”という問いにほかならないんじゃないか。
うわ、僕、めっちゃ試されてない!?』
少し間を置き、気持ちを落ち着けてから、僕は辰巳氏に返答した。
やや低めだが、はっきりとした声で。
「可能性は、もちろんあります。
大学入試は、限られた時間の中でいかに効率的に大学側が求めるレベルの知識や情報を身につけられるかが問われるものですので、ご本人の才能や適性ももちろん関わってきますが、テクニック的なもので大半はカバー出来ると思います。
特に明応大のように試験科目の少ない大学は、自分が得意というだけでなく、高得点の稼げるような科目を選んで集中的に勉強する、そういう戦略をしっかり立てる必要があります。
言い換えれば、受験で選択する科目以外は、そこそこ及第する程度の出来でも構わない。
メリハリをつければいいんです。
そしてこれは、わたし自身が実践してきたやり方でもあるのです。
あと必要不可欠なものは、ご本人のやる気、まぁ『気合い』と言った方が分かりやすいかな、それだと思います。
十代後半といえば友だちと遊んだり、おしゃれをしたりしたい、そんなお年ごろだと思いますが、そのうちの二年だけ、そういった欲求をセーブして受験に気合いを入れてほしいのです。
そうやって貴重な時間を受験に振り向ければ、大学合格というかたちで、自分が本当に望んだ道が開けてきます。
そして、ご本人のそれから後の生き方にも、そのことは必ずプラスになって来るはずです。
ほんの二年間です。
ちょっとだけやりたいことを我慢して、勝利を
その間、姫子、そして辰巳氏は僕の答えを真剣な表情で聞いていた。
先に姫子が口を開いた。
「うん、その通りだと姫子も思います。
たしかに、おしゃれな格好をして友だちと遊びに行くこと、それは大好きだけど、今じゃなくても出来るもんね。
そういうこと、まったくやめるんじゃなくて、回数をうんと減らすのでもいいんでしょ?」
僕は、その問いにうなずいてこう答えた。
「もちろんだよ。極端な禁欲はストレスを溜めることになり、やる気も失われるから、かえって良くない。
時には息抜きも、オッケーさ」
それを聞いて、姫子も安堵の表情を浮かべた。
辰巳氏がこう続けた。
「よかったな、姫子。ガリガリやるばかりが、受験勉強じゃないってことだ。
わりとマイペースな性格の子ですが、二年かければ、だいぶん必要なものが身につくものなんでしょうか、茂部さん?」
「おそらくそうだと思います。
ただし、そこまで持って行くようわたしがアドバイスするためには、不可欠な条件があります」
僕はいったんそこで区切って、姫子の大きな瞳を見つめた。
「わたしは姫子さんの得意分野、苦手分野を完全に把握しておきたいのです。
つまりこれまでの姫子さんの試験結果、答案用紙、そういったものを、すべてわたしに開示していただきたいのです。
もしかしたら、お父さまお母さまにも全部はお見せしていないかもしれません。
普通はそういうものでしょう。
でもプロとしてこのお仕事を引き受ける以上、必要不可欠な情報ですので、このわたしにだけは見せていただきたいのです。
どうですか、姫子さん?」
僕の問いに、一瞬戸惑いの表情を隠しきれない姫子だったが、短かい沈黙の後に口を開いた。
「わ…かりました。姫子の学力向上のためには、どうしてもいるんですよね。
後で…勉強部屋でお見せします」
おずおずと語る姫子の頬は、心なしか
「ほほぅ」
思わず、辰巳氏の口から感嘆の声が漏れ出た。
『あの姫子が、素直に
そういうニュアンスを含んだ歎声のように、僕には聞こえたのだった。(続く)
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