52 せっかくデート中なのだからキスの一つもしないといけないのだろうか。【桜SIDE】


 リリスは墓標をぼんやり眺めながら、リリスのお母さんとお父さんの事を話してくれた。


「お母様は私が幼い頃に病死したんですの。それをきっかけにそれまで心優しかったお父様の様子が急変してしまって……。お父様はお母様をとても愛していたから」

「……それは辛いことだね」


 私は脳裏に蓮の死に顔を思い浮かべる。大切な人の体温が冷たくなる恐怖は私も一回体験しているからリリスのお父さんの苦しみは理解できた。かといってリリスにあんな酷いことをしたのは許せないけど。


「お父様は長年ヘイトリッド様をライバル視して悩んでいたので、情緒不安定だったっていうことも悪魔に足を掬われた原因ですわね。何も心配しなくてもお父様は十分優秀な大臣だったというのに」

「ヘイトリッド様? それって確か、オディオ・アゴニー・ヘイトリッド様のお父様のことだっけ」


 オディオ。それはレックス様に続く男攻略対象キャラの名前だ。最近蓮と対人魔法学の授業で取っ組み合いをしたとかデュナミスが言っていたっけ。でもオディオルートでも女主人公とオディオの関係は最悪なところから始まっていたような……蓮のやつ、また無自覚に男キャラの攻略ルートにいるわけ? まぁ、面白そうだから黙っておこう。


「そうよ。ヘイトリッド様はアレス国王の右腕であり、アレス国王が最も信頼している大臣。お父様ったらそんなヘイトリッド様に嫉妬して勝手に対抗心を燃やしていたの。このお屋敷だってヘイトリッド家の屋敷よりも大きくってお父様が見栄を張ってできたものですしね。しかも領地もわざわざヘイトリッド領と王都の間を陣取る様な場所を選んでいるし……」

「はは、よっぽど執着していたんだね……。じゃあ、このミルファイア領の隣って、」

「えぇ。お察しの通り、ヘイトリッド領ですわ」


 リリスは呆れた様にため息を溢す。私はそんなリリスのお父さんに苦笑するしかない。

 そんな時、柔らかな風が私達を包む。枯れかけた花々がされるがまま揺れている様を見て、「少し前まではここも言葉を忘れてしまうほどの美しい花園だったのにね」とリリスは寂しそうに目を伏せた。サラマもそんなリリスにへにゃりとその羽を下ろす。私はリリスの裏庭を見渡し、にっこりした。


「じゃあリリス、私達でその花園を元に戻そう!」

「え?」

「毎週休日はここに来ようよ! そうして屋敷の掃除やお花のお世話をしよう! リリスのお母さんもその方が寂しくないだろうしさ。リリスの大切な場所は私も守りたいと思うよ」

「……!」


 リリスが私の言葉に目を丸くさせる。そして俯いたかと思えば、「ばか、」と震えた声が聞こえてきた。私はそんなリリスの涙を拭ってあげようとすると──


「──サクラは、本当にずるいですわ。私の喜ぶことしか言わないんだからっ」


 リリスの方から私の胸の中に飛び込んでくる! それも力いっぱい抱きしめられた。私はどうしようかと悩んだが、一応婚約者だからとそっとリリスの背中に腕を回す。するとリリスの潤んだ瞳に自分の顔が見えるくらい、顔が近いことに気づいた。


「サクラ……ありがとう」

「!? ……うん。まぁ、一応婚約者だし……こ、これくらいは当たり前ですけど……」

「サクラ? 急に挙動不審になってどうしましたの? こっちを向きなさいよ」

「う、ううううん? む、向きますけどぉ」


 ……あれ、私なんでこんなにドキドキしてるんだ?? そうだ、私はただ責任を取るためにリリスの婚約者になったんであって、こんなにドキドキする必要なくない? いやでも、どういうわけか今日はやけにリリスが可愛く見えてくるようなないような……。

 チラリとリリスに視線を合わせる。やっぱり可愛いと心の中で呟いてしまった。顔が熱い。一度視線を合わせてしまうと、どうにもその綺麗な瞳から目が離せられない。そしてそんな妙に生暖かい雰囲気のまま数秒見つめ合ってしまった。するとリリスもその空気の違和感に気づいたらしい。照れくさそうに俯いた。視線をリリスから離してもらったことでほっとする私。


 ──しかし!


「っ、サクラ……」

「!?!?」


 今度はリリスからがっつり視線を合わせてきた! しかも私の両頬にリリスの両手が宛がわれる。リリスの顔がさらに近くなる。お互いの吐息を、お互いの唇で感じてしまうほどに。


「──、好き、ですわ……」

「な、ど、どどどどうしたの急に」

「第一回目の妖精学の授業から思っていましたの。ローズがサクラにキスをした時から。……私の初キスは、サクラがいいって」

「!?!?」


 つまり、それは……今ここでキスをしろ、と? リリスはその私の心に返事をするように目を閉じて唇を前に突き出した。私は一気に心臓が暴れはじめるのを感じる。

 え、これってキスするべき? リリスの身体が震えているし、これはリリスなりに勇気を出しての行動なんだろう。それなら応えてあげたい。いやいやいやでも私、仮の婚約者であって、別にリリスにはっきり恋愛感情があるわけではなくない? それならここでキスしない方がよくない!? でも、断ったらリリスが悲しい想いするかもだし……。

 ──そんな脳内会議の結果、リリスの唇ではなく頬にキスをすることにした。その後は「まだリリスの初キスはとっておきなさい」とでも言えばいい。そうしよう。だって女の子の初キスを奪う覚悟なんて今の私にはないし、そもそも私だって初キスだし!

 私はそっとリリスの頬に照準を合わせ、唇を投下する。しかしその唇が着弾する前に──乱入者が現れたのだった。


「──わっ!?」


 私の頬に何かが衝突した。慌ててそれを手で拾うと──それは傷だらけの妖精だった。

 アクアマリンをイメージするような色のその妖精は、美しい色だからこそ痛々しい傷がとても目立って見えた──。




***

大変申し訳ございません。4日と5日も更新する予定でしたがなかなか筆が進まず、更新お休みします。カクヨムコンのランキングばかり気にしてしまい、執筆に集中出来ず気持ちをリセットしたいというのもあります。ランキングはもう諦めて、見ないことにします笑 毎話毎話応援のハートをくださる方、ありがとうございます! 励みになってます。

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