37  せっかく父親と和解したのだから自分の思いをぶつけてみる。【レックス&蓮SIDE】

 久しぶりの父──アレスとの〝会話〟は、いつものような玉座の間ではなくアレスの私室で行われた。


 幼い頃から自分が背負っているものがなんなのか、アレスに対してどう思っているのか、自分の長年溜めていた想いを思いつくだけ吐き出す。最初は二言ほどで終わるはずだったのだが口がどんどん滑っていくものだから、レックスは自分自身がこれほどまでにアレスに何かを発言するということを抑えていたのかと驚いた。途中で、口を閉じようとしたことは勿論あった。しかし──


 ──今、部屋の外で蓮が待ってくれている。


 そう思うと、怖くはなくなる。レックスは己の中に閉じ込めていたものを全て吐き出した。その後、俯いてた視線を恐る恐るアレスに向ける。アレスは、赤子を見守るように微笑んでいた。


「……そうか、そうだったのか」

「…………、」

「我は、愛しい我が子を言の鎖で絞め殺そうとしていたわけだ」

「っ、そ、それは!」


 違う、というレックスの言葉は口に含まれたまま飲み込まれる。何故ならアレスの手がレックスの頭を撫でたのだから。十何年ぶりに頭部の皮膚で父を感じたレックスは溢れ出る感情を表現できるほど器用ではなかった。ただただ唇を噛みしめて、頬の熱を感じるだけだ。


「すまなかったなレックスよ。妻のレティスが亡くなってから、我はお前を過度に心配していたのだ。それを期待という名目で消費するしかなかった。父親として我はまだまだ未熟者だな」

「あ……い、いえ、あの、頭を撫でられるのは……少し恥ずかしい……です……」

「おぉ、そうか。ではもっと沢山撫でてやろう」

「~~~~~~~~っっ!!」


 くしゃくしゃと両手でアレスに頭を撫でられるレックス。その表情はまさに年相応と言える。レックスの上っ面しか見たことのないエボルシオン学園の生徒達が今の彼を見ればさぞ驚愕することだろう。


 ──なんなのだろう、この胸の温かさは。

 ──空っぽの容器に何かを満たされたような満足感は。

 ──幼子に戻ったような照れくささは。


 本来であるならば両親に愛された幼児が日々感じる感情をレックスは今、改めて噛みしめていたのだ。満たされた自分には、もう怖いものはない。長年背負っていた鎧がこうもあっさり砕け散ることになろうとは思わなかった。レックスはアレスを見上げる。あんなに巨大だったアレスがただの人間だったのだとやっと理解したのだ。


「父上、余は立派な王になってみせます。貴方のように!」


 そう言ってみせると、アレスはくしゃりと笑う。それは幼いレックスに初めて父と呼んでもらった時の笑みによく似ていた。




***




 随分と時間がかかってるな。

 俺はアレス国王の私室の前でレックスを待っていた。レックスがどうしても父親との会話が出来ない状況になった時の仲介役を担うためだ。でも、その必要はどうやらなさそうだ。


『レックス様の感情は穏やかなものになっている。きっと上手く話せているのだろう』


 俺の頭の上に乗っているヘクトルがそう言った。俺はやれやれと口角を上げる。

 するとヘクトルがふよふよ宙に浮かび、俺の目の前までやってきた。


『──感謝するぞレン。私の主をただの人間に戻してくれて』

「! な、なんだよ急に……」

『お前がいなければレックス様の心の闇は深まっていくばかりだった。ありがとう』


 ヘクトルが俺に何回もお礼を言う。俺はなんとなくムズかゆくなってヘクトルを軽く突いて顔を逸らした。


「や、やめろよな……流石に照れる」

『ほぅ。ならば何度でも言ってやるぞ』


 そんな意地悪いことをいうヘクトルに俺は耳を塞ごうとした。しかし丁度その時アレス様の私室の扉が開く。扉からはレックスとアレス様が出てきた。すぐに姿勢を正す。


「おぉ、レン! やけに今日はレックスが素直だと思えば、君が来てくれていたからか」

「初めましてアレス国王。こうして会うのは初めてですね。光栄です」


 ヘクトルを真似て跪く。するとアレス様は「そう畏まらなくてよい」と俺が立つことを許してくれた。


「? レン、会うのは初めてとはどういうことだ?」

「はい。アレス様とは文通させていただいているので」

「そういうことだ。これからはお前に起こったことはこのレンを通して我に知らせてもらうからな」

「なっ……」


 アレス様は悪戯っぽく笑うと、俺の肩をポンポン優しく叩く。


「すまないなレン。我の愛しい子を、これからもどうか頼むぞ。出来れば、……な」

「? はい。分かりました」

「父上っ!!」


 国王らしからぬ軽快なウィンクを見せると、アレス様は廊下の曲がり角で消えてしまった。レックスが顔を真っ赤にしてそんな父の背中を睨んでいる。そんなレックスの髪に俺は笑ってしまった。


「随分愛でられたみたいですね」

「は!? な、なんのことだ」

「だって、レックス様の髪が乱れてますよ。どれだけ頭を撫でられたらそうなるんです?」

「ななっ!?」


 慌てて乱れた髪を直すレックス。二人で並んで廊下を歩く。用事は済んだので学校に戻るつもりだ。城の外に馬車が待機している。


「……お前にはペースを乱されてばかりだな」


 帰りの馬車でレックスがポツリとそう溢した。俺は外の風景を眺めていたので突然の言葉に両眉を上げる。


「そうでしょうか?」

「そうだろう。まぁ、不快という意味で言ってるんじゃない。むしろ心地いい。……出来るなら、この先もずっとお前を傍における口実が欲しいほどにな」


 レックスの言葉の最後は俺に聞かせる気がないのか、小声だった。俺は「なんて言ったんです?」と尋ねたがやはり教えてはもらえない。まぁ、レックスが話すつもりがないなら別に聞かなくてもいいだろう。するとレックスが何かを思い出したように俺の顔を見た。


「レン、お前からお前の妹にぜひ伝えて欲しいことがあるのだ」

「! 桜に?」


 もしやこれは桜が気になるから仲を取り持って欲しいみたいなやつか!? い、いや、今のレックスにはリリスたんがいるのだ。それはないか。であるとしたら一体──?


「──リリスの今後についての話だが──」

「!」

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