28 せっかく試験中なのに出会った魔物が凶暴すぎる。【蓮SIDE】


 悲鳴をあげる暇もない。ただただ立ち竦むだけだ。

 獣の牙が、爪が、俺に覆い被さろうとしたその時──身体が引っ張られた。


「──レン!!」

「っ、」


 レックスが俺の服を掴んで、どうにか獣が俺を押し倒すのを阻止してくれた。もしレックスがいなければ俺は──考えるだけでゾッとする。

 キメラは俺が己の下にいないことに気づき、すぐにこちらを睨み付けた。

 俺はふと足に痛みを感じる。


「──っ、」

「レン! お前……っ!」


 先程のキメラの爪が足に掠ってしまったのだろう。ズボンを引き裂いて、膝から足首までの大きな切り傷ができていた。血のカーテンが俺の足を濡らしている。レックスがそんな俺の足を見て、酷く動揺したのが分かった。


「大丈夫です! ただのかすり傷ですレックス様! それよりも今は!」

「……っ、あぁ、分かっている」


 二人で目の前のキメラを見据える。しかし妙だ。この森にはキメラのような恐ろしい魔物はいない。つまりは試験のために用意されたあのガーネット先生のペットだろう。しかしそれにしては妙に凶暴すぎやしないか? 今だって完全に俺を殺す気だったぞ?

 そうすると、ようやく異常を察知したヘクトルがレックスの下へ飛んできた。


『レックス様、遅れてしまい申し訳ありません!』

「構わん! ヘクトル、頼んだぞ!!」


 レックスが腰に帯刀していた剣を抜く。それは対魔用にとガーネット先生から渡された武器だ。一応俺も持ってはいるので、レックスにつられて剣を取り出した。レックスがヘクトルに声をかけるなり、ヘクトルが頷く。そうしてヘクトルは光球へと変貌し、そのままレックスの剣に纏われた。剣が、まるでRPGゲームの聖剣のように輝きを帯びる。

 す、すげぇ! 光属性の妖精ってあんな力の使い方も出来るのか!

 俺もどうにかレックス様の力になりたいが、頼りの野良の妖精がいないのでは話にならない。


「レン、邪魔だ! 余の後ろにいろ! 下手な援護は考えるな!」

「は、はいぃ」


 俺は言われるがままに後ろに下がる。何故か身体が異常に重かった。視界が次第に霞んでくる。……何が起きてるんだ!?

 そこでふとガーネット先生の対魔魔法学の授業を思い出した。そういえばキメラって……蛇も混成しているから毒を持っていなかったか?! いや、でもこれは試験だぞ? 毒なんて物騒なものは先生が抜いているはずだ。しかし、あのキメラはどこか様子が変だし……くそ、瞼が重い!!


 ──駄目だ! 気を失うな俺! 頑張れ俺!!


 必死に木に寄りかかり、ブルブル震える足を立たせる。身体の力が抜けていくのが分かった。何やってんだよ俺……レックスが得体の知れない化け物と戦ってるっていうのに……。

 レックスがそんな俺の様子に気づいたようで、キメラの獅子の部分の目玉を切り裂く。その隙に俺を横抱きし、走った。背後でキメラが怒り狂う咆哮が聞こえる。


 はは、男にお姫様だっこされてやんの俺。そんな冗談言う場面じゃないけど……。


 レックスが必死に俺の名前を呼んでいる。俺もなんとかレックスの声に応えようとするが、呂律が回らなかった。頭も視界もぐらんぐらんとあやふやになっていく。吐きそうだった。


 しばらくレックスに抱かれるまま揺られていると、不意にそれが止んだ。レックスが俺の口を軽く抑えて、「できる限り静かにしろ」と囁いてくる。どこかであのキメラの唸り声が聞こえる。遠くはない。むしろ、近くにいる。心臓が異常なほど早かった。レックスの心音も背中越しに感じる。俺と同じくらい早かった。レックスの場合は男一人を運んで全力疾走した疲れだろう。

 こんな状態であの化け物に見つかったら、終わりだ……。

 俺達はできる限り息を殺して、木陰で怪物をやり過ごそうとする。俺は意識が今にも飛びそうだった。


 しかしそんな状況の中だというのに、誰かが俺の頭を突いた──。


***

次も蓮SIDE。

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