倫理! 片翼の切望!


「…………⁉︎」


 私は背後に違和感を感じた。咄嗟に振り返ったが、特に異変は見られなかった。不思議に思い、小首を傾げていると、横にいたマニさんが私の手を引っ張ってその場を飛び立った。


「エルさんが後処理をしているんですよ」

「エル……? エルも来てるの⁉︎ この短時間で⁉︎」

「アルカさん、エルさんのことなんだと思ってるんですか」


 マニさんがジト目をこちらへ向けた。


「後始末はエルさんの仕事。今、私たちは私たちの仕事をしておけばいいんです。さあ見てください」


 そう言って彼女が指差したのは、何故かがんじがらめに絡まり、塊になっているロートスの木の幹であった。


「あの中から核の反応があります。幹を破壊するのに手間がかかりそうですが——頑張りましょう」

『それ、私が最初に気がついた』


 唐突に私のインカムからソレイルさんの音声が聞こえてきた。いや、本人に聴こえない状態なのにマウント取らないでくれ。


 ——などと、のんびりツッコミをしている場合では、本来なかったらしい。


「————‼︎」


 私は背後から、先程と同じような違和感を感じた。

 咄嗟に振り向く。

 すると、そこに居たのは————



 ————まずい。


 少年エルは歯を食いしばった。只者ではない。あのラティメノスという男は。

 少年は、彼を短時間で仕留めるつもりであった。戦闘不能にさせることが前提の仕事だったのだ。


 ————動きが読みづらいな。それに、一撃が重い。今まで出会った人とは、実力が格段に違う。


 早めに倒さねば、と剣先に意識を集中させ、先ほどより攻めた姿勢で突撃した。

 しかし、どういうわけか、相手は明後日の方向へと足を進め始める。


 ————そっちは……まさか!


 少年は追いかけるが、時既に遅し。


 少年の想定通りである。

 彼は穴の空いた天井を飛び越え、彼女・・を絞めに行くのだ。



 ——そこに居たのは、血走った目をしたメノスだった。


 咄嗟に後方へ避けたが、彼は間髪入れずこちらへ突進してきた。


「——アルカさん‼︎」


 頭上からマニさんの声が聞こえた。メノスを避けながら見上げると、何かが丁度手元に落ちてきた。

 私の手の中に収まったのは、黒い金属のハコ——エフェークオスだった。



 ガシッ!


 刹那、目にも止まらぬ速さで右腕を掴まれた。咄嗟にエフェークオスで槍を出し、掲げるとすぐに、メノスのファルシオンが押し付けられた。


「騙したな…………俺を! お前はアルカディアじゃないんだろう⁉︎」


 彼はファルシオンを私の槍にガンガン叩きつけてくる。

 な、なんとかメノスから離れないと!

 ————って、ん……? なんだかこのメノス、違和感が……


「あっ…………⁉︎」


 私は、メノスの背中を凝視した。


 翼が、片方だけ無い。

 彼の翼は悪魔の羽。少し透けてる、赤色の羽。

 

「……不思議か? 俺の羽が」


 図星をつく彼の台詞に、私は戸惑う。

 同時に、彼が私の腕を掴んでいる理由がわかった。落ちるのを防いでいたのだ。だが、今私がいる高さは20mはある。

 それに、下にはエルがいる。エルを撒けたことも不思議だが、ここまで片方の翼だけで登ってきただなんて、一体何故……


「……俺は生まれてからずっとこの羽で生きてるんだ。貴様に悠々と嘘を吐かれて、剥がれるほどの、脆い羽じゃない……‼︎」


 彼のマフラーが、正義の色に染まっていた。


「……これ以上、俺の居場所に手を出すな‼︎」


 私は頷かなかった。

 私は私を正義だと信じた。エルとマニさんを正義だと信じていた。だから、彼に同意しなかった。

 角度を変え、ありったけのスピードと力を持って、やっと彼の手を免れた。もちろん彼は落ちる。

 ただ、すぐに滑空し、すぐ近くの木の幹に掴まった。


 ——エルがメノスを逃したのは、彼が片翼だからだったのか。


 普通に二枚の羽を持っていたなら、少しくらい予測できる動き方をするだろう。

 しかし、メノスは羽が一枚。それ故に、一動作一動作が不規則なのだ。


 ——エルは今、どんな顔をしているのだろう。

 きっと、感情を持つ前に対策を練っているに違いない。


 なら、なら今、私がやるべきことは…………!


「メノス! 聞いて!」


 私はメノスから離れたところで、両手を広げた。


「私は! 私は本当は、あなたと友達になりたかった!」


 その言葉に、メノスは尚更目を尖らせた。


「…………知らん」


 彼は木を蹴飛ばし、高速でこちらへ迫る。

 私は避けずに、その場に居座った。彼が、ファルシオンを振りかざした、その瞬間に——


 ——メノスの腕の外側から手を回し、私は彼の身体を抱き寄せた。


「……メノス……私はメノスを助けに、またここへ来るよ」


 彼は少しの間、動かなかった。

 私は、いつか父がしてくれた様に……そして、最近はエルがしてくれる様に……少し強く、彼を抱きしめた。


「きっとこの世界は変えられる……ううん、私が変えてみせるよ」



「——それまでは、私を敵に回していい。でも、私はいつか、メノスと絶対友達になるから」



 私は彼を離した。と、同時に、メノスは私の肩を強く突き飛ばした。


「……気色悪い。二度と吐くな。貴様の理想など、綺麗事止まりだ」

「『綺麗事』って思ってる時点で、メノスは心底で肯定をしてるってことだからね」


 私の返しに彼は、口をへの字にして答えた。


「…………」


 先ほどの私の言葉を解説しよう。

 「綺麗事」という言葉。それは、実現することが難しいけど、本当は最高に魅力的で正当な理想であると、心の底ではわかっているということ——私はそう考えているのだ。

 きっと彼にもわかってもらえるはず。私は、彼のこれまでと、そして今の瞳を見て、そう信じた。

 ——メノスは、きっと心の底では、助けを求めていて————



 ————ッザンッ!



 痛みが、遅れて流れた。衝撃が、右肩に走った。

 自分の服の袖が裂け、内側の皮膚に赤い液体が滲んでいるのを見た。


「………っ!」


 咄嗟に傷口を押さえる。しかし彼は、既に衝突しにかかっている。


「覚えておけ。俺は——最初から最後まで、こういう奴だ」


 彼はファルシオンを、今まで以上に、辛くて重そうで、それでもしっかりと握りしめて、振り上げた。


「————メノス」


 私は——


 ————エフェークオスに手を翳した。


「——『シネストメイト』!」


 翼を反らせて後方回転し、槍の先端を使って、座標に向かって星型を描いた。


 ——天界人が使うことができる魔法の攻撃。


 メノス、任せて。分かり合えない時は——思い切りぶつかるのが礼儀だ。


 マニさんと、エルが使ってるのを見て、やり方は知っている。

 星形を空中に描くと、それは高速で自転し、最後には魔法陣になる。

 この後はたぶん、魔法陣の文字を詠むんだと思う。


 そう思って目を凝らしたその先には、私にとって、最も見慣れた文字列が映されていた。



「『シネストメイト』……『インパロールミシィ』ィィィィィィ‼︎」



 ——私の叫びは光となり、光は衝撃波と共に、赤いマフラーを巻いた少年へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る