倫理! 片翼の切望!
「…………⁉︎」
私は背後に違和感を感じた。咄嗟に振り返ったが、特に異変は見られなかった。不思議に思い、小首を傾げていると、横にいたマニさんが私の手を引っ張ってその場を飛び立った。
「エルさんが後処理をしているんですよ」
「エル……? エルも来てるの⁉︎ この短時間で⁉︎」
「アルカさん、エルさんのことなんだと思ってるんですか」
マニさんがジト目をこちらへ向けた。
「後始末はエルさんの仕事。今、私たちは私たちの仕事をしておけばいいんです。さあ見てください」
そう言って彼女が指差したのは、何故かがんじがらめに絡まり、塊になっているロートスの木の幹であった。
「あの中から核の反応があります。幹を破壊するのに手間がかかりそうですが——頑張りましょう」
『それ、私が最初に気がついた』
唐突に私のインカムからソレイルさんの音声が聞こえてきた。いや、本人に聴こえない状態なのにマウント取らないでくれ。
——などと、のんびりツッコミをしている場合では、本来なかったらしい。
「————‼︎」
私は背後から、先程と同じような違和感を感じた。
咄嗟に振り向く。
すると、そこに居たのは————
*
————まずい。
少年は、彼を短時間で仕留めるつもりであった。戦闘不能にさせることが前提の仕事だったのだ。
————動きが読みづらいな。それに、一撃が重い。今まで出会った人とは、実力が格段に違う。
早めに倒さねば、と剣先に意識を集中させ、先ほどより攻めた姿勢で突撃した。
しかし、どういうわけか、相手は明後日の方向へと足を進め始める。
————そっちは……まさか!
少年は追いかけるが、時既に遅し。
少年の想定通りである。
彼は穴の空いた天井を飛び越え、
*
——そこに居たのは、血走った目をしたメノスだった。
咄嗟に後方へ避けたが、彼は間髪入れずこちらへ突進してきた。
「——アルカさん‼︎」
頭上からマニさんの声が聞こえた。メノスを避けながら見上げると、何かが丁度手元に落ちてきた。
私の手の中に収まったのは、黒い金属のハコ——エフェークオスだった。
ガシッ!
刹那、目にも止まらぬ速さで右腕を掴まれた。咄嗟にエフェークオスで槍を出し、掲げるとすぐに、メノスのファルシオンが押し付けられた。
「騙したな…………俺を! お前はアルカディアじゃないんだろう⁉︎」
彼はファルシオンを私の槍にガンガン叩きつけてくる。
な、なんとかメノスから離れないと!
————って、ん……? なんだかこのメノス、違和感が……
「あっ…………⁉︎」
私は、メノスの背中を凝視した。
翼が、片方だけ無い。
彼の翼は悪魔の羽。少し透けてる、赤色の羽。
「……不思議か? 俺の羽が」
図星をつく彼の台詞に、私は戸惑う。
同時に、彼が私の腕を掴んでいる理由がわかった。落ちるのを防いでいたのだ。だが、今私がいる高さは20mはある。
それに、下にはエルがいる。エルを撒けたことも不思議だが、ここまで片方の翼だけで登ってきただなんて、一体何故……
「……俺は生まれてからずっとこの羽で生きてるんだ。貴様に悠々と嘘を吐かれて、剥がれるほどの、脆い羽じゃない……‼︎」
彼のマフラーが、正義の色に染まっていた。
「……これ以上、俺の居場所に手を出すな‼︎」
私は頷かなかった。
私は私を正義だと信じた。エルとマニさんを正義だと信じていた。だから、彼に同意しなかった。
角度を変え、ありったけのスピードと力を持って、やっと彼の手を免れた。もちろん彼は落ちる。
ただ、すぐに滑空し、すぐ近くの木の幹に掴まった。
——エルがメノスを逃したのは、彼が片翼だからだったのか。
普通に二枚の羽を持っていたなら、少しくらい予測できる動き方をするだろう。
しかし、メノスは羽が一枚。それ故に、一動作一動作が不規則なのだ。
——エルは今、どんな顔をしているのだろう。
きっと、感情を持つ前に対策を練っているに違いない。
なら、なら今、私がやるべきことは…………!
「メノス! 聞いて!」
私はメノスから離れたところで、両手を広げた。
「私は! 私は本当は、あなたと友達になりたかった!」
その言葉に、メノスは尚更目を尖らせた。
「…………知らん」
彼は木を蹴飛ばし、高速でこちらへ迫る。
私は避けずに、その場に居座った。彼が、ファルシオンを振りかざした、その瞬間に——
——メノスの腕の外側から手を回し、私は彼の身体を抱き寄せた。
「……メノス……私はメノスを助けに、またここへ来るよ」
彼は少しの間、動かなかった。
私は、いつか父がしてくれた様に……そして、最近はエルがしてくれる様に……少し強く、彼を抱きしめた。
「きっとこの世界は変えられる……ううん、私が変えてみせるよ」
「——それまでは、私を敵に回していい。でも、私はいつか、メノスと絶対友達になるから」
私は彼を離した。と、同時に、メノスは私の肩を強く突き飛ばした。
「……気色悪い。二度と吐くな。貴様の理想など、綺麗事止まりだ」
「『綺麗事』って思ってる時点で、メノスは心底で肯定をしてるってことだからね」
私の返しに彼は、口をへの字にして答えた。
「…………」
先ほどの私の言葉を解説しよう。
「綺麗事」という言葉。それは、実現することが難しいけど、本当は最高に魅力的で正当な理想であると、心の底ではわかっているということ——私はそう考えているのだ。
きっと彼にもわかってもらえるはず。私は、彼のこれまでと、そして今の瞳を見て、そう信じた。
——メノスは、きっと心の底では、助けを求めていて————
————ッザンッ!
痛みが、遅れて流れた。衝撃が、右肩に走った。
自分の服の袖が裂け、内側の皮膚に赤い液体が滲んでいるのを見た。
「………っ!」
咄嗟に傷口を押さえる。しかし彼は、既に衝突しにかかっている。
「覚えておけ。俺は——最初から最後まで、こういう奴だ」
彼はファルシオンを、今まで以上に、辛くて重そうで、それでもしっかりと握りしめて、振り上げた。
「————メノス」
私は——
————エフェークオスに手を翳した。
「——『シネストメイト』!」
翼を反らせて後方回転し、槍の先端を使って、座標に向かって星型を描いた。
——天界人が使うことができる魔法の攻撃。
メノス、任せて。分かり合えない時は——思い切りぶつかるのが礼儀だ。
マニさんと、エルが使ってるのを見て、やり方は知っている。
星形を空中に描くと、それは高速で自転し、最後には魔法陣になる。
この後はたぶん、魔法陣の文字を詠むんだと思う。
そう思って目を凝らしたその先には、私にとって、最も見慣れた文字列が映されていた。
「『シネストメイト』……『インパロールミシィ』ィィィィィィ‼︎」
——私の叫びは光となり、光は衝撃波と共に、赤いマフラーを巻いた少年へと向かった。
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