第30話 夜の森とセド3
「セド?」
アスタは眉間に皺を寄せた。そんなに難しい言葉ではなかったと思うが。
「アスタ、セドする?」
「いや、セドはしたことがないが」
「アスタ、セドする、ある」
「は?」
あの男祭に突っ込んでもよい知り合いは私にはブタとアスタしかいない。ブタはブタでセドの仕事があるとのことだった。ワラビに話せばやる気満々だったが、さすがにワラビをあの中に突っ込んではいけない気がする。実態はどうであれ、荒くれものの中に深窓の令嬢を突っ込むような罪悪感があるのだ。おばさんたちもなにやら慌てていたし。
「あーだがなあ」
アスタは眉間の皺をもみほぐすように頭を抱えた。
「私、変わり、番する」
「は?」
そうか、アスタは森の番人だから仕事中は森を離れてはいけないのかもしれない。交換条件を提案すれば、アスタは素っ頓狂な声をあげた。
「私、アスタ代わり、お世話するお肉様」
「いや、そういうことじゃなくてな。俺は別にここの番をしているわけじゃない」
「私、この国きた。言葉、分かる、ない。人、セド売る、ダメ。私、持つ物、珍しい、みんな、ほしい。人、ワラビ、交換。でも……私、持つ物、また自分持つ、したい」
アスタは私をじっと見おろしていた。拙い言葉。それでも精一杯だった。セドでワラビを買ったこと、荷物を取り戻したいこと、必死で話した。
がしがし、と頭をかくと、アスタは言った。
「何番が欲しいんだ?」
「アスタ!」
「この間みたいなことされたら寝覚めが悪いからな。その代わりここで大人しくしているんだぞ」
この間。身に覚えは……ない、ということにさせていただきたい。
「分かっているのか、本当に」
胡乱気な視線にこくこくと頷く。
もちろん、ここでしっかり番をさせていただく所存である。
「それで、何番だ」
「六十七」
せめてもの情けとしておじいさんから教えてもらった番号を伝える。セドを申し込むと担当の総史庁の文官によって整理番号がつくらしい。あらかじめその番号が分かっているときは、それを目印に人海戦術でリドゥナをとることもあるという。セドを生業にしている商会などは情報を取りまとめる部署と、リドゥナを取る実働隊があって、ブタの所属するブなんとかという商会もそうらしい。依頼するか、と言われたがバカ高いお金があるわけもない。
「だめでも文句言うなよ。それからこれ一回きりだ。俺にも事情があるからな」
「ありがとござ!」
もちろんだ。アスタでダメなら諦めもつく。頷いた。
「ワラビ、セド、人見つかった。大丈夫」
クッチャ亭に駆け込むと、閉店作業中だったワラビが悲鳴を上げた。おばさんたちも目を丸くした。
「一体何をやってきたのですか!」
そういえば、全身ずぶ濡れだった。
「私、ぬれる、ます」
「見ればわかります!」
精一杯報告すれば、ワラビの特大の雷が落ちた。
「私も一緒に行きますからね」
クッチャ亭のすみで、事情聴取をされた後、ワラビは言った。
「いいか、かみさんには逆らっちゃいけねえんだぞ」
おじさんは訳知り顔で温かいスープをくれた。
釈然としないが頷いておく。スープは煮詰まりすぎて辛かった。
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