第2話 幕開け

「春姫ちゃんっ。お見合いってどういうことっ⁉︎」




ロビーのイスに座った途端、蘭太郎がずいっと顔を寄せてきた。


「お見合いするの⁉︎しないよね、しないよね、春姫ちゃんっ!」


ガクガク私の肩を揺さぶる蘭太郎。


「お、落ち着いてよ、蘭太郎。するわけないでしょ?お見合いなんてっ」


「……よかったぁ。僕、絶対イヤだからねっ。春姫ちゃんがお見合いなんかするの」



「私だってイヤだよ。ま、うちのお母さんが勝手に言ってるだけだから、無視さえしてれば問題はないと思うんだけど。でも、間違ってもそんな蜂の巣の中に自ら飛び込んで行くようなことだけは、絶対にできないっ。


だから、なにがなんでも実家にだけは帰れないの。わかるでしょ?蘭太郎。だってそんなことしたら。無理やりお見合いさせられて、好きでもない相手と強制的に結婚させられちゃうかもっ。だから、新しい仕事見つけて給料もらうまでのほんのしばらくの間だけ、蘭太郎の家に居候させて!お願い!」



パンッ。


私は蘭太郎に向かって手を合わせた。


「わかったよ、春姫ちゃん。そういう事情なら話は別。実家に帰らせるわけにはいかない!」


蘭太郎が大きくうなずきながら、私の手をガシッと握ってきた。



やりました!交渉成立!



「ありがとうっ。蘭太郎!」


私もブンブンと蘭太郎の手を握り直す。


ああ、よかった。


助かったぁ。


よし!なるべく早く新しい仕事見つけるようにがんばろう!


でも……蘭太郎のマンションって、ホント快適なんだよね。


広いし、キレイだし、家具とかも私好みのオサレな部屋だし。


気心知れてる幼なじみで、お互い姉と弟みたいなカンジだから、ひとつ屋根の下に住んでもなーんの問題も起こらないし。


いっそうまいこと言って、蘭太郎のマンションにしばらく転がり込んで居座っちゃおうかな。


今のアパート引き払って……。


にししし。


そんな悪巧みをしていたら。



ブブ、ブブ、ブブーーーー。



「あ、電話だ」


ピンクのラメのポシェットの中で、バイブにしていたケータイが鳴った。


げ、お母さん?


画面を見ると、実家からの着信になっている。


「噂をすれば影っ。お母さんからだよ。まさか……またお見合い話?」


「ええっ?と、とにかく出た方がいいんじゃない?」


私はしぶしぶうなずくと、通話ボタンを押した。


「ーーーーもしもし、お母さん?」


『あ、春姫?仕事中かなーと思ったんだけど。よかったぁ、出てくれて』


この声のトーン。


この前の見合い話持ちかけてきた時と同じだっ。


ま、まずい。


「あ、ああ今休憩中。でも、もう終わるんだ。だからあんまり時間ないんだけど、なに?」


『春姫っ。今度はもっといいお話がきたのよ!お母さんの行ってる美容室のオーナーの知り合いの方の息子さんなんだけどね。春姫と同い年で、すっごいハンサムでその上ものすごいエリートで、すごーくお金持ちなんですって!ねぇ、春姫。写真だけでも見に帰ってらっしゃい!こんないいお話、めったにないわよっ』



出た!!


やっぱりお見合い話だよ。



「あのね、お母さん。何度も言うけど、私見合いなんてする気全くないからっ。絶対断ってよ⁉︎じゃあね!」


ピッ。


私はそう言うと、一方的に電話を切った。


「春姫ちゃん、またお見合い話だったの?」


蘭太郎が心配そうな顔で私の腕をつかむ。


「もうっ。お母さんってば、なんで急に『お見合い、お見合い』って騒ぎ出したわけ?ホントにいい迷惑だよっ」


「春姫ちゃん……」


「ちょっと。そんな哀れんだ目で見ないでくれる?私は絶対お見合いなんてしないんだから。ふん」


「でも……ホントにどうして春姫ちゃんのおばさん、そんなに春姫ちゃんにお見合いさせたがるんだろうね。まだ26歳なのに」


「もう26歳なんだって。お母さんに言わせると。あーあ。そりゃあさ、この歳になって彼氏の気配も全くない娘のことを心配する母親の気持ちもわからなくはないよ?だけど。私だって、結婚するならちゃんと好きな人と大恋愛の末に……みたいな夢とかもあるわけじゃん」


「え。そうなの?春姫ちゃん、結婚とかも考えてるの?今好きな人とかいるの?恋愛、したいの?」



「今はいないけど……。まぁ、私だって過去に好きになった1人や2人はいたし。つき合ったことだってあるし。って言っても、高校の時、ほんの1ヶ月つき合っただけですぐフられて別れたという儚い恋だったけどねー。


そんな惚れた腫れたのときめきも、もうずーっとないわけだし。私だって、またいつかは恋をして……とか夢見たりもするでしょ」



「そうなんだ……。僕はずっと春姫ちゃんひと筋だけど」


ぶっ。


「あのさー。そういうこと、サラッとさりげなく言わないでくれる?」


「だってホントのことだもん。僕、春姫ちゃんのこと大好きだもん。小さい頃からずっと言ってるけど」


蘭太郎がキョトンとした顔で私を見る。


「私だって蘭太郎のことは大好きだよ。でも、私と蘭太郎の間にある『好き』っていうのは、恋とかそういうのじゃないでしょ」


「そうかなぁ」


「そうなのっ。っていうか……。あのさ、蘭太郎。ちょっと第三者的な目線の意見で答えてほしいんだけど。私って、どう見える?」


「どうって?」


「だから。ちゃんと女に見えてるよね?確かに、空手三段、剣道二段でプロレス技もなかなかのものだけど。そしてちょっと強いかもしれないけど……。見た目はちゃんと女、だよね?」


「うん、カワイイ。大好き」


笑顔の蘭太郎。


「……ありがとう」


蘭太郎に聞いたのが間違いだった。


もっとこう、客観的な意見がほしかったのだよ。


なぜ、私はこんなにも彼氏ができないのか。


なぜ、恋というものに縁遠いのか。



今まで、何度か片想いの恋はしてきたことはあるけど、つき合ったのはもう10年も前のたったの一度きり。


しかも、告白されてつき合ったのに、『やっぱり友達でいよう』とか言われてあっさりフられてさ。


どれひとつとして、ちゃんとした恋に発展したことがないんだよ。


友達としてはすごく仲良くしてくれるのに、私が『好きなんだけど』とか言ってみてもジョーダン言ってると思われるし。


まるで相手にされないんだよ。


なんでかなぁ。


蘭太郎の身内的なひいき目の意見はともかくとしても、自分でもフツウに女だと思うし……。


体型も痩せ過ぎず太過ぎず、背も高過ぎず低過ぎずのちょうどよいカンジだし。


装いだってちゃんとしてるし。


というか、むしろオシャレは大好きだから、それなりにカワイイカッコもしてると思うし。


顔だって、目も割と大きめでまぁまぁな方だと思うよ。


こうしてトータル的に見ても、一般的なオシャレ好きな26歳、女子ーーーってカンジだと思うんだけど。


どうしてか、なかなかいい恋に巡り会えないでいるんだよねぇ……。



性格だって、間違っても暗いとかおとなしいとか、そんな言葉はまず出てこないくらい明るいし、人づき合いだって割といい方だと思うし。


……元気過ぎて問題があるのかしら。


空手三段、剣道二段、特技は必殺飛び蹴り……っていう強気なオーラが顔にも出ちゃってんのかなぁー。


それで、男の人達が恐れおののいて近寄ってこないとか。


うーーーーーむ。


考え込んでいると。



「春姫ちゃん、その話はいったん置いといて。スーパーに買い物にでも行こうよ。今夜、僕の家ですき焼きでもやろう。景気づけに。ごちそうするよ」


「えっ?景気づけにすき焼き?わーい」


そうよそうよ、お見合いだの彼氏できないだの、そんな話はもうやめよう。


そんなことより大事なのは、今夜のすき焼きだわ。


「そうと決まれば早く行こうっ。イェーイ」


「うん、行こう」


私と蘭太郎は、腕を組んでスキップしながら荷物を取りに行った。


ランランラン。


そんな浮かれ踊る私達。


そう、私達はまだなにも気づいていなかったんだ。


この図書館で受けた、母からのあの『お見合い話』の電話が。


私達のとんでもないドタバタ劇の幕開けとなる、とんでもない電話だったということを。


その時の私も蘭太郎も、全く知るよしもなかったんだ。




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