第3話 魔獣と言えども犬っころ

 三台の荷馬車の荷を全て降ろす。穀物類は地面に敷いた大きな麻布の上に広げ、ワインや油樽は中に棒を突っ込みぐりぐりと中を確認、必要であれば中身を全て別の樽へ移し替える。


「副隊長!」


 空になった荷台を調べていた衛兵がライシンを呼ぶ。


「どうしまし……うわぁ……」


 呼ばれたライシンは荷台に上がろうとしたが、その必要はなかった。荷台の外から状況が確認出来たからだ。そして思わず声が漏れた。

 その荷馬車の荷台は二重底になっていた。外から荷台を底を覗き込むとその不自然さに気付く。商人達はこれが発覚するのを恐れあんな暴挙に出たのだ。

 そしてその隠しスペースに入っていたのは驚くべきものだった。人の子供くらいありそうなサイズ、銀とも青とも見えるつややかな美しい毛並み、少しだけ開いた口には上下に鋭い牙が伸び、舌をだらんと外に出している。隠しスペースに入っていたものは、犬のような大きなけものだった。


「これはまた厄介な……」


 ライシンは思わず呟いた。


「これ……生きてるんでしょうか?」


 ライシンは荷台に上がり、注意深く獣を観察する。するとかすかに獣の腹が動いているのが確認出来た。呼吸している、生きているのだ。


「眠ってるようですね。薬でも効いているのか……とりあえず牢へ運び入れましょう。目覚めて暴れられたら大変です。口と足は縄で縛ってください。牢に入れたらほどきます」



 ◇◇◇



「生きていたのはこの個体だけか?」


「はい、隊長。他の二体は発見時にはすでに死亡していました」


 詰所の地下一階、留置所。フロア全てを使い二十もの牢がある。そのうちの一つに発見された獣が入れられている。牢に入れたのち程なくして目覚め、ひとしきり暴れて今は落ち着いたようだ。


「衰弱もしているようですが、残念ながら対処法が分かりません。試しに水にミルク、ウサギと鹿肉を与えてみたところ、全てに口をつけたようです。多少でも食欲があるようで一安心ではありますが、油断は出来ません」


「そうか。で、この犬っころは一体何なんだ?」


「はい、隊長。こいつは犬ではありません。バルマーウルフという魔獣です。ベール王国北東のバルマーと呼ばれる山岳地帯に生息しています。このサイズですから恐らくまだ幼体ですね。成体はこの三倍はあるでしょう。近年では密猟者による乱獲のため、ずいぶん数が減ったとか。ベールでは保護対象となっており、バルマーへと繋がるあちこちの街道では数多くの検問が実施されているようです」


「密猟される理由はこの綺麗な毛皮か?」


「その通りです。シルバーブルーとも言われるこいつの毛皮一枚で、お貴族様が住むような屋敷が二つ三つ買えてしまうとか」


「ほう、この犬っころにそれほどの価値があるとはな。しかし何故生きたまま密輸する必要がある? 毛皮に価値があるのなら、解体して毛皮だけ持ち込めばいい」


「解体するのが非常に難しい、と聞いたことがあります。熟練の職人技が必要だと。それと、死んでしまった個体は確認されましたか?」


「いや、見てはおらんが?」


「こいつの美しい毛色、死んだ直後から黒く変色するのです。そうなると価値はなくなります。つまり締めて・・・すぐに解体処理を施さなければならないのです」


「なるほど、理解した。解体が難しいこの犬っころを上手くさばける職人が帝都にしかいない、もしくは密猟者どものツテがある職人が帝都にいる。そして死んでしまえば価値がなくなる為、生きたまま輸送しなければならず、輸送中に死んでしまう事も考慮して三頭用意した。一頭でも生き残れば利益は十分、二頭以上生き残ればラッキー、てとこか」


「さすが隊長、ご明察です。恐らくそんなところでしょう」


「ふむ……」


 アステルはバルマーウルフを見つめる。バルマーウルフもじっ、とこちらを見ている。


「で、魔獣と言うからには何か特別な能力を持っているのだろう?」


 獣と魔獣の線引き、実は曖昧あいまいなのである。一般的には、獣では到底持ち得ない特筆すべき能力を保有しているものが魔獣である、とされている。


「はい。こいつらは非常に賢いのです。訓練次第では我々の言葉も理解出来るとか……いえ、人間だけではなく、例えばリザードマンなどの亜人種の言語なども習得可能だそうです。我々人間より賢いかも知れませんね。加えてあるじに対して従順なので、古代ベール王国では戦争でも活用されていたようです。奇襲や撹乱かくらん、伝令などに従事じゅうじしていたとの記録があります。それと狼の仲間ですので、やはり嗅覚が発達しています」


「ほう……言語を理解し従順であるならば、戦時下でも重宝したであろうな」


 そう言いながら、アステルは右手を檻の中に差し入れる。それを見たライシンは驚いた。


「隊長!? さすがにそれは……」


 と、止めようとするライシンに対し左手で待て、とジェスチャーするアステル。そんなアステルの右手と顔を交互に見比べるバルマーウルフ。そしてゆっくり立ち上がると、トトトト、とアステルに近付き、右手の匂いを嗅ぎペロッ、と舐めた。


「ほう……」


(あ……まずい)


 ライシンは直感的にそう思った。


「隊長、バルマーウルフは〈ベールの至宝〉とも言われるくらいの存在です。密輸されたものとは言え、こいつに何かあったらベールは黙っていないでしょう。歴史上、そして形の上ではベールは帝国の領国りょうごくですが、今では完全に自治を認めている為同盟国のようなものであり、最悪国際問題となる可能性もある厄介な案件です。こいつはベールに返還しなければなりません。ですので……ダメですよ?」


 ライシンは右手でメガネをくいっ、と上げながら釘を刺す。


「…………何がだ?」


 アステルはバルマーウルフとたわむれながら答えた。


(今の……この人、ここで飼うつもりだ……)


「いえ、本当にまずいので……」


「それよりもだ!」


 アステルはライシンの言葉を遮る。


「捕らえた商人ども……いや、密猟者どもをマリアンヌの所へ連行しろ」


「!! と言うことは、連中何も話さなかったのですか?」


「ああ。取り調べを行ったが、全員が全員ダンマリだ」


「……気の毒に。素直に話していればよかったものを……」


「まったくだな。罪人とは言え同情する。知りたいのは、この犬っころをどこに運び込もうとしていたのか、解体出来る職人の存在だ。それと依頼主だな、一体どこの金持ちなのか。その辺りを重点的に聞き出すようマリアンヌに伝えろ。

 それと、この犬っころは押収物としてここで管理する。手の空いている者に交代で世話をさせろ。ここには必ず一人監視者を置け。この場で死なれでもしたら、それこそ厄介だ。私はこれから将軍の元へ行ってくる。さすがに報告を上げねばならんからな」


「はっ! ……でしたら、こいつの生態に詳しい者を派遣してもらえるよう、要請してもらえませんか? 魔獣の生態など、我々にはさっぱりですから……」


「ふむ、そうだな。分かった、要請してこよう」


 留置所を出ようとしたアステルだが、再びしゃがみ込み檻の隙間に右手を差し入れ、バルマーウルフを撫でる。


(やっぱりこの人、このまま飼うつもりだな……)

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