帝都の守護神

麺見

第1話 新入りはとにかく駆けずり回る

「滞在目的は?」


「そこなら中央広場を右へ――」


「薬品類は申請が必要で――」


「いえいえ、そんな……取引です、仕事で――」





 三本におよぶ長い行列の先には多くの衛兵。街へ入ろうとする者達を調べ、確かめ、また、その荷を調べ、確かめ、怪しい者は別室に移動させ、とことんまで調べ、確かめる。

 特別何かある訳ではない。例えば大きな祭りがあるとか、例えば国の大きなイベントがあるとか、そういう訳ではない。特に何もない。いつもの日常。これは帝都の門をくぐる為に必要な検査であり、ある意味儀式でもある。

 帝都を騒がそうと、悪事を働こうと、少しでもやましい心を持っている者を街に入れない為に、また、衛兵をだます事に成功し上手く街へ入り込んだ者には、万が一捕らえられるような事があれば、他の街とは比べ物にならないくらい面倒な事になるぞ、と脅しをかけ騒ぎや悪事を思い止まらせる為に、その為に必要な検査であり儀式なのである。

 そうやって帝都の平和は守られてきた。外から入り込もうとする悪党達の侵入を拒んできた。帝都の正門せいもんとも言えるこの南門は通称〈拒絶の門〉。まさに悪党達を拒絶する門である。


「新入り! 列が乱れてる、整えてこい!」


「はい!」


「新入り! 書類が足りん、補充せよ!」


「はい!」


 小間こま使いのようにあちこち駆けずり回っているのは、先日この南門警備隊に配属されたばかりの新人、ハイアー・ジャスカット。衛兵採用試験を優秀な成績でクリアした彼は、誰もが敬遠する南門警備隊に自ら志願した。帝都いち過酷とも言われるこの隊に志願した理由はただ一つ、やるからには一番の所で、である。しかし、後に彼はこの選択を後悔する事になる。


「新入り殿! 水を所望しょもうする!」


「はい!」


 ハイアーはすぐさま門のすぐ脇にある警備隊の詰所へ走り、手にした水差しをなみなみ・・・・と水が張られた大きなかめ・・に突っ込む。そうして水がたっぷりと入った水差しを抱え、門へと走る。

 幅八メートル、高さ十一メートルの巨大な鉄門、拒絶の門。その外側の脇に立ち、列に並ぶ人々に睨みを効かす男。他の者達より頭一つ抜き出た体躯たいくに筋肉の鎧をまとったいわゆるガチムキ。太く長い槍を手にしたその姿は威圧感満点だ。


「ブロウさん、どうぞ!」


「うむ、済まぬな」


 ブロウは腰に下げた革袋の水筒を手に取り、ハイアーに差し出す。ハイアーは水筒の細い口に水差しの水を流し入れる。


「ボロウにも水をやってくれんか?」


「はい!」


 ハイアーは人々の列を突っ切り門の反対、左側へと走る。


「ボロウさん、水はいかがですか?」


「うむ、補充してもらおう」


 ブロウと同じようにボロウの水筒にも水を流し入れる。


 ブロウとボロウ。一文字しか違わないこの二人は双子の兄弟である。顔も同じ、体格も同じ、見分け方はほおの傷痕だ。左頬に大きな傷痕があるのが兄のブロウ、右頬に大きな傷痕があるのが弟のボロウだ。彼らはいつも門の左右に別れて立ち、そこから列に並ぶ人々を観察するのである。少しでも怪しい動きをする者は、そのまま詰所の奥にある取調室へ連れて行く。


「新入りぃ~! 腹減った~!」


「はい!」


 ハイアーは再び詰所へ走り、今度はキッチンから大小様々なパンが入ったバスケットを抱えて走る。向かう先は南門前広場に立っている大男。

 ブロボロ兄弟より縦にも横にもさらに大きいその男は、門をくぐり各々おのおのの目的地へ向かう者達に笑顔で「気を付けてなぁ~」、「悪さすんなよぉ~」、と声を掛けている。


「スカーリさん、おやつです!」


「おう、あんがと~」


 大男、スカーリはハイアーからバスケットを受け取ると、もしゃもしゃとパンを頬張りながら、「気を付けてなぁ~」、「何かあったら言えよぉ~」、と再び笑顔で広場を行く者に声を掛け始める。

 仏のような優しい笑顔を浮かべるスカーリ、実は元犯罪者だ。罪状は殺人。この笑顔からは想像もつかない過去である。


「新入り~! お茶だ~!」


「はい! ……お茶?」


 ここに配属されてから数日、初めてのオーダーだ。お茶を頼んだのは……あそこだ。荷物検査が行われている横、椅子に座った女性とその前でひざまずいている衛兵。ハイアーはその衛兵の元へ走る。


「あの、ファルエルさん……お茶ですか?」


「そう、お茶。そう言ったでしょ? この美しいお嬢さんに、早くお茶! 持ってきて!」


「は、はい!」


 ハイアーは三度みたび詰所へ走り、キッチンに飛び込む。確か朝煮出したお茶が……あった! ハイアーはお茶が入ったティーポットとグラスを手にファルエルの元へ戻る。


「お茶です!」


 ハイアーはファルエルにグラスを渡し、お茶を注ぐ。


「ん? 何これ、冷えてないじゃないの?」


「冷え……はい! すみません!」


(んな、めちゃくちゃな……)


 と、内心困惑するハイアー。冬でもないのに冷やせる訳がない。


「まったく、しょうがないなぁ……さ、お嬢さんお茶でもどうぞ。残念ながら冷えてはおりませんが……それにしても、貴女のような美しい方をあの長い列に並ばせてしまうとは、本当に申し訳ない。さぞお辛かったでしょう? お詫びと言ってはなんですが、今晩食事でもご一緒にいかがでしょうか? 実は美味しいワインを出す店が――」


(……すげ~なこの人、勤務中にナンパとは……)


 呆れるハイアーの目の前で女を口説くこの男、ファルエル・ファル。美しい女はとりあえず口説く、がモットーの南門警備隊いちの男前で女好き。が、美しければ誰彼構わず口説きまくる為、過去に振ったり振られたりした女に気付かず再び口説いたり、国の要職につく重鎮達の妻や娘を平気で口説いたり、怖いお兄さん達の妻や彼女に手を出したり……ある意味勇者である。


「新入り~! 筋肉~!」


「は……はぁ?」


(……何なんだ、もはや物でもなくなった……)


 見ると詰所のドアのすぐ横に椅子を出して、タバコをふかして休憩している女が手招きしている。ハイアーはその女に駆け寄る。


「姉御! あの……何て言いました?」


 女はふぅ~、と煙を吹き出し一言、


「筋肉!」


「……はぁ……あの、しからばとりあえず、俺ので……」


 ハイアーがそう言うと女は「ん」と短く答えてちょいちょい、と手招きする。


「はい! 失礼します!」


 近付くハイアーの胸やら腕やらをペタペタと触り出す女。しかしすぐにスパーン! と、ハイアーの頭をはたく。


「これのどこが筋肉だ! そこらの野ウサギの方がまだ触りごたえがあるわ! さっさとブロボロのどっちか呼んでこい!」


 お気に召さなかったようだ。ハイアーは慌てて門へ走る。しかし、野ウサギより下とは……


「ブロウさん、姉御が筋肉ご所望しょもうです!」


「むぅ、そうか。まだ休憩の時間ではないが致し方ない、姉御の筋肉成分補充隊としては、行かざるを得んな。済まぬが新入り殿、しばし替わってくれぬか? ここに立って怪しい者がいないか見ていてくれぃ」


 そう言ってブロウはハイアーに槍を渡すと詰所へ向かった。


(筋肉成分補充隊……って何だろか……?)


「くぅ~! やっぱお前の三角筋は最高だなぁ!」


 詰所の方から女の歓喜の声が響いてくる。ブロウの筋肉を堪能している女、セスティーン。誰もが目を奪われる美しい容姿。が、女好きのファルエルが彼女を口説くことはない。理由は彼女の性格的な所にあった。竹を割ったようなさっぱりとした……いや、正確に言おう。彼女の性格はほぼ男である。タバコ好き、酒好き、ギャンブル好き、口が悪く、すぐに手が出る。そして重度の筋肉フェチ。三度のメシより筋肉を、である。いかに女好きのファルエルとは言え、さすがに許容範囲外なのだろう。


「新入り殿!」


 門の反対側、ボロウはハイアーを呼ぶ。


「はい!」


 ハイアーは人々の列を突っ切りボロウの元へ走る。


「どうされましたか、ボロウさん?」


「うむ……あの商隊なんだが……」


 ボロウの視線の先には、すでに門をくぐりこれから入都審査と荷物検査を行おうか、という商隊の姿があった。三台の荷馬車には荷物が満載、商人は……八人だろうか?


「あの商隊が何か?」


「警戒しておいてくれぃ。何か……引っ掛かるのだ。前を通った時は特に怪しい所はなかったのでな、そのままスルーしたのだが……根拠はない。勘であるな。何か騒ぎが起きたら、人々を門の外へと誘導して欲しいのだ」


「はい! 了解しました!」


(とは言え……何か、起きるのか?)

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