第10話 緑の公主、乱入

 その三日後のことだった。

 アリカとサボンはブリョーエから渡された玉などの装飾物の仕入れ等に関する資料を眺めては「納得」だの「知らなかった」だの、銘々の意見を出し合っていた。


「玉自体はやはり北西部の山地から切り出されたり、掘り出されたりするんですね。しかも種類が案外少ない」

「と言うか私、そもそもこんな元は大きなものだとは知らなかったわ」

「無論ここで宮中…… というか、帝都に送り込まれる質のものはおおもとの巨大なものの中の、とても質のいいほんの少しの部分ですからね」

「その善し悪しというのはどう違うのかしら」

「やはり見た目でしょう。色が揃っている。もしくは逆に美しい模様になっていれば、それは一つの価値ですから……」


 などと話し合っていた時だった。


「……何か外が騒がしくないですか?」


「見てきます」


 サボンは立ち上がった。アリカはその間にもやや考えを進めていた。

 彼女の頭の中にある玉――― 宝石とはあまりにも種類が違う。もしくは少ない。産出する場所自体も少ない。

 この辺りは皇帝に聞いてみた方がいいか、と彼女は考える。

 皇帝カヤは、彼女の疑問に対し、実に楽しそうに受け答えをしてくれる。

 彼自身が昔から持っていた「宿屋の倅」の知識と一致する場合特に。時には「この辺りと相談してみればいい」と助言もくれる。

 当人は「何もしていない」と帝国の施政については断言しているが、見ているところは見ているのだ。

 そもそも彼が皇帝となった時点で、先代の武帝と呼ばれる三代帝が、その長い治世の中で帝国の統一と、自身が帝都に居なかったとしても機能する政治体制を作り上げてしまっていた。

 受け継いだ彼は、自ら優れた制度を壊す様な真似はしたくはなかったという。

 ただ、庶民の中で育ったことで、それが彼等にとってどうなのか、ということを俯瞰して見る様にはなったとのことだった。


「俺にはそれしかできない」


 それが皇帝の口癖の様だった。

 そしてアリカは自分が将軍の家でずっと仕えてきた、サボンとは違う意味での箱入りであることをよく知っていた。

 それ故に彼の姿勢は見習うべきだと思っていた。

 と同時に、そもそもの彼女の性質である、「興味を持って見て覚える」ということが宮中に入って加速していることにも気付いていた。

 自分の中に一気に入り込んだ知識、それを検証したいという気持ちが膨らむ一方だった。

 その一環としての、今回の件である。

 彼女の中に「編む文化」の知識はただぽん、と置かれていた。

 それこそ、絹糸をより合わせた細かなものから、ふっくらとした毛の糸で編まれた暖かな服になる方法まで様々に。

 だがそれはこの帝国全土何処にも無いという。発展するだけの要素がちょうど無かったのだろう。

 ではそれを一つ新たに広めてみたらどうなるのか。

 「編む文化」の知識と技術は、決して無益なものではない。ただどう広まり、どう受け容れられるかが、所詮は「箱入り」のアリカにはよく分からないのだ。

 皇帝は「何をしてもいい」と言った。それこそ「政治でも構わない」と。

 いやそこまでする気はない。

 結果としてそうなったとしても、積極的に大きな物事を上から一斉に動かすなんてことをするのは決して良いものではない、とアリカの理性がつぶやく。

 身近なものから、じわじわと何かを広めていったらどうなるのか? 時間はある。その結果を見て、更に一手を進めればいい。

 ―――そう考えていたところである。


 ばん、とすぐそこの扉が開いた。


「あたらしい皇后さまっ」


 明るい、無邪気な声がアリカの耳に飛び込んできた。

 濃淡合わせの緑の動き易そうな上下の服をつけた、自分の倍近いの年齢くらいはある女性が飛び込んできたのだ。

 アリカは思わずテーブルに手をついて立ちあがった。


「はじめまして私シーリャです。よろしく皇后さま」


 彼女は嬉しげに、後ろ手に持っていたものをアリカの目前に見せた。


「―――え?」

「お返しですっ」


 手には先日送ったものと色が――― いや、色だけではない、やや形も違う編み飾りがあった。

 女性は顔には何の含みも無い笑みを浮かべ、


「ものすごく難しいもんだいだからどうやってつくったのか、解いてしまうのにとっても時間がかかったの。昨日の昼にようやくわかったから、同じようなもんだいを作ってみたの。どうかしら」

 もんだい。

 問題と言ったのかこの女性は。


「……シーリャ…… イムファシリャ様で宜しいですか?」

「そうだけどシーリャの方がよびやすいからそう呼んで欲しいの」

「分かりました。では私のこともアリカとお呼びください」

「皇后さまじゃ駄目なのかしら」

「いえ構いませんが」

「じゃあそうするわ。アリカさまどうですかこのもんだいは」


 彼女を止めきれなかったのか、緑の公主の向こう側でサボンを始めとした女官達が済まなそうな顔で肩を落としていた。

 無論、一応何かあった時のためにすぐに動ける様な体勢は取ってはいる様だった。だがその体勢を取らねばならないという事実に関しては、まだ報告を受けてはいないのだ。

 後でそれぞれの公主に関して、もう少しきちんとした説明をしてもらおう、とアリカは思う。

 この公主が乗り込んできたのは良い口実になる。


「私は飾りのつもりで送ったのですが、問題とご覧になったのですか?」

「飾り?」


 彼女は首を傾げた。


「たしかに綺麗だけど飾り?」

「はい。こちらからの説明が足りなかったとしたならば、失礼いたしました。しかし何故問題とお取りになったのでしょうか」

「綺麗なものにはきちんとした法則があるでしょう?」

「はい。ありますね」

「でも皆それをうまくわかってくれないの。アリカさまはそれがおわかりかと思ったのに」

「いえ」


 急に表情に陰りと怒りが混じった感が見えたので、アリカは即座に言葉を差し込んだ。


「ではこの問題に関してシーリャ様はどのようなお答えをもたれましたか?」

「紙ありますか」


 はい、とそれまで見ていた資料は慌てて横に避け、彼女にサボンの座っていた椅子を空け、テーデルを半分占める様な紙を持ち出した。


「如何でしょうか」

「書いていいのね」

「ご自由に」


 その様子を立ち尽くす女官達はただ口をぽかんと開けて見ていることしかできなかった。

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