第22話 彼女達の誓い

 え、とサボンは問い返した。アリカは繰り返した。


「本当に?」

「本当です」

「何でそんなこと、あんたに判るのよ」

「私だから、判るのです。それに可能性は、ありました」


 サボンは口を曲げた。


「何であんたは、そういうことさらっと言うのよ」

「いいじゃないですか。戻ってこれましたし。だから愚痴は後にお願いします。まず先に言わなくてはならないことがありますから」

「何」

「ともかくもう判っています。私の中に次の皇帝が居ます」

「本当なの」

「本当です。だから私が皇后になります。だから」


 こっちを向いて、と両手で頬を挟む動作をする。触れはしない。力の加減が効かないのだから。


「あなた、ずっと、私の側に居てくれますか?」

「え」

「私がこの先、どんなものになったとしても、一緒に居てくれますか?」


 真剣な、眼差し。サボンは思わず軽く身を退く。


「どうしたの一体…… 前から言っているでしょう? サボンはアリカのものだから、ずっと一緒に居るって言うのは……」

「ええ。だから、約束ですよ。私が、どんなに変わっても、変わらなくても、私がアリカである以上、サボンのあなたは、ずっと」

「ええ」

「私は変わってしまうでしょう」


 アリカは天井を見上げた。


「いえ、必ず変わる。変わらざるを得ない。いえ、もう変わってしまっているんです。その結果、態度も変わるし、あなたを足蹴にするような女になってしまうかもしれないし、あなたが泣き叫んで手放してくれと言っても、いつまでも掴んで放さないかもしれない。もしかしたら、さっきみたいに、何かの間違いで、―――死なせてしまうこともあるかもしれない」


 サボンはごくん、と唾を呑み込んだ。何を言い出すのだ、このひとは。


「それでも、居て下さい。お願いです」

「居るわよ」

「私が正気を無くしても?」

「居るわよ。だって、あんたが身代わりにならなかったら、私死んでたかもしれないでしょう?」


 ええ、とアリカはあっさりうなづいた。


「まず死んでました。そうでなかったら、狂ってました」

「そうなの?」


 サボンは肩をすくめた。


「そうです」


 アリカはうなづいた。


「馬鹿にしている訳ではありません。あなたや、あなたと同じくらいの令嬢なら、まず死ぬか狂ってました」

「あんたはどうよ」

「私は――― そうですね…… 何なんでしょう」

「運がいいのよ」


 サボンは断言する。 


「運がいい?」

「そうよ。運がいいのよ! だって、生き残って――― 皇后になれるんでしょう?」

「信じます?」


 アリカは首を傾げる。


「あんたがそう言ったんでしょ」


 サボンもまた、苦笑する。


「あんたが眠っている間に、お兄様がいらしたの」

「若様が」

「これからはあんたの兄上よ。お兄様には可哀想だったけど。あんたのこと、気に入ってたし。知ってた?」

「いえ」


 くすっ、とアリカは笑った。


「気付きませんでした」

「あんたってひとは……」

「私はそう器用ではないですから」

「冗談」

「いえ本当。器用ではないですよ」


 ふっ、とサボンは寝台に頬杖をつくと、軽く笑った。


「ともかくお互い、ここで生きてくの。お父様も私を娘としては見限ったわ。だったらここで、何とかして、生きていくしかないわよ。あんたがアリカ、私がサボン。できるだけ、嫌わないでよ。私の方が頼みたいわ」


 本当に、とアリカはうなづいた。



「お目覚めになられましたとーっ!」


 その晩の当直の侍医が、医女を連れてあたふたとやってきたのは、それからまもなくのことだった。


「こりゃまあ」


 侍医は眼鏡の下の目を大きく見開いた。


「全くの健康です」

「あの、先生、お嬢様はお腹が空いたとおっしゃるんですが」


 おお、と侍医は手を叩いた。


「食欲もお有りですか。よろしい、消化の良いものを」

「私なら大丈夫です」


 きっぱりとアリカは言った。  


「さっぱりしたものでは燃料になりません。ともかくいち早く身体を動かす力になるものが欲しいです」

「しかしあなた様は、十日近く、水の様なものしか口にしておられないのですぞ。さっぱりとしたものから戻さないと、内臓を痛めてしまいますぞ」

「ああ…… それは大丈夫です」


 言いながらアリカは先程の様に膝を立て、横目で侍医を見た。


「このままでは、私の中に居る子供が、私の肉も血も食らい尽くしてしまいます」


 へっ、と侍医はアリカを見た。


「何ですと?」

「そういう診察もしてもらえますか?」


 侍医は医女と顔を見合わせた。

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