依頼の終わり

(ナツメ、聞こえるか?)


(聞こえるよ)


(今すぐ〈消滅ロスト〉で存在を消してくれ、可能ならあの軍服の死角から一撃で殺してほしい)


(わかった)


俺は左頬の傷を治しつつ、ナツメに〈テレパシー〉を送る。

本当ならナツメに人殺しはして欲しくなかった。だが、そうも言ってられない状況。連携が取れる魔物3匹と、それを操る銃使い、魔物だけなら俺とナツメでも充分対処できるが、あの男の力が分からない以上まともに戦うのは危険だと判断した。


「不意をついて殺せなかったのが運の尽きだな、もう2度と同じ攻撃は通用しない」


「強がらなくていいですよ、私の魔物と銃があれば君1を殺す事は簡単だから」


どうやら既にナツメは能力を発動したらしい。相手が邪神の力を有しているから、〈消滅ロスト〉も意味をなさないと心配はしていたがそれは杞憂だった。

もっとも俺もナツメの正確な位置は把握していない。


「無駄話も必要ありませんね。では死んでください」


男は右手の銃で俺に狙いを定めトリガーを引く。銃口からは弾薬ではなく、魔力の塊が飛んでくるのが見えた。

男はその魔力弾を何度も打ち込んでくる。だがすでに〈未来予知〉を発動させている俺には、弾の軌道が分かり避ける事は造作もなかった。


「どうした?この程度か?」


「さすが半神ですね、あの魔力弾を避けきるとは。では今度はどうでしょうか?」


そう言うと、男の持っている銃が輝きだす。光が治まるとさっきまでハンドガンのような形の銃はアサルトライフルのような形に変形していた。


「避けるれるなら避けきってくださいね」


男はそう言ってトリガーを引く。銃口から出る魔力弾はさっきに比べると小さかったが、連射速度が早く、尋常じゃない程の数が俺に襲いかかった。


「〈魔法障壁〉」


いくら数が多くても、魔力弾は正面からしか来ない。俺の使った〈魔力障壁〉は男の魔力弾を全て防いでいた。


「私の弾ばかり気にしていていいのかな?」


ニヤついた顔で男は何かを言っている。だがその声は魔力弾の音でかき消され何を言っているのかわからない。

魔力弾は、おそらく使ってる本人が魔力を切らさない限りは打ち終わらない。だから俺も〈魔法障壁〉を使い続けた。


俺はある瞬間を待っていた。男の傍で待機している魔物が動くのをただ待ち続けていたのだ。俺の〈魔法障壁〉を突破できない男はしびれを切らして魔物を操り、【ジャイアントオーク】と【ゴブリンキング】は同時に俺に襲いかかってきた。


「は?」


いきなり呆けた声を出した男は、心臓辺りから刃が突き抜けている。

男が振り返れば今まで消えていたナツメが完全に不意をついていた。


「〈神の審判ゴットジャッチメント〉!」


軍服男から離れ俺に襲いかかった2匹の魔物を俺は消滅させる。この2匹の魔物は再生力も高く。鬼神刀でバラバラにするよりもこっちの方が手っ取り早かった。


「ゴフッ、なぜ私はお前の事を忘れてたんだ」


「それが私の能力だからだよ」


ナツメが短剣を引き抜くと、軍服の男は倒れる。ナツメを攻撃しようとした【ダークソーサラー】に気づき、〔縮地〕で距離を詰めその首を落とし魔物は絶命した。


「お兄ちゃん、この人念の為に消滅しとけば?」


「…そうだな、〈神の審判ゴットジャッチメント〉」


既に死体となっている男を完全に消滅させる。これであの男は2度と俺たちの前に姿を現すことは無い。〔完全鑑定〕を使う暇すらなかったので情報は引き出せなかったが、結果的にはこれでよかったのだろう。


「さてナツメ帰るか」


「そうだね、やる事も増えちゃたっし」


こうして俺達のオボロの森での任務は無事に終わりを迎えた。




任務は無事に終わったがナツメの言う通りやる事は増えてしまった。と言うか後処理とかの面倒事が大変だった。


先輩冒険者の1人が森を離脱した後、急ぎサブメラに戻りとある冒険者を連れてきてくれた。それが元冒険者の父さんと母さんだった。2人と合流した後、俺とナツメはここで起こった状況を説明して、とりあえずあの強力な魔物達は父さん達が倒したことにして、ギルドに報告する事にした。

ナツメが倒したと言ったところで、冒険者ギルドの人たちはとてもじゃないが信じないという事と、主張しすぎれば虚偽の報告をしたとみなされる可能性もあり、冒険者資格を剥奪されかねないのが理由である。


本当の報告は一部の人だけに伝えられる、1人はアレス。このサブメラを統治するアレスには、この付近ですでに邪神の使いが活動している事を伝える必要があるからだ。

そしてもう1人はリーゼさん、ギルドの裏方でかなりの地位を持っていて、さらに俺たちの事を知っているあの人にも教えておき、それとなくギルドに注意を流してもらうためだ。狙いが俺たちではなく、生贄のための数稼ぎなら、冒険者は狙われやすい。

他にも俺と関わりのある家族や、翔太に伝えておいた。




「シオン君わざわざ時間をくれてありがとう」


「ミハネルさん、気にしないでください」


あの戦いから数日経ち、俺は行きつけのカフェでミハネルさんとお茶していた。ドラグーン王国の話やミハネルさんの身の上話、それとあの戦いの最中、後の話を聞かせてもらった。


ミハネルさんはドラグーン王国でトライドールをも凌ぐ実力の持ち主だったらしい。実力を求めたミハネルさんは国を出て様々な場所を旅して、その実力を確実に上げたらしい。ある時ミハネルさんが国に帰ればミハネルさんの妹が結婚してすでに子供を宿している事を知った。その事をきっかけに結婚の事を考え、「私より強い旦那を探す」と言い今度は旦那探しの旅に出る事にした。


だが現実は辛く、ミハネルさんより強い人は決して多くない上に、会った人のほとんどがすでに結婚している人達だった。

焦りを感じ始めた頃、自分から行く事をやめ、あえて待ちの選択肢を取ったミハネルさん。いろんな種族、様々な人がいるサブメラに来て奴隷商人のシュミルさんに自分を売り込んだ。

そしていろんな人と出会い、ある男とであった。それがこの前俺達と一緒に依頼を受けていた、ミハネルさん達のパーティーリーダーだった。


あの男に何度か雇われ、ミハネルさんとあの男の間に恋愛感情が芽生えた頃、ミハネルさんは奴隷を辞め、その男に嫁ぐ事を決意したらしい。2人は仲睦ましく最高の夫婦と一部の冒険者の中では評判だった。


ここまでがミハネルさんの身の上話。そしてここからが、あの戦いの最中と後の話になる。

俺達遊撃部隊が戦い始める前、本陣は【ジャイアントオーク】【ゴブリンキング】【ダークソーサラー】の3匹を見つけ、不意打ち、全力攻撃を仕掛けた。だが結果一切の傷を負わせることが出来なかった。それでも攻撃を続けた本陣だったが、魔物には一切効かず、撤退をすることになった。ミハネルさん1人を残して。


「あの時の男の顔は酷いものだったな『俺の物なんだから、時間を稼げ』今にして思えば、どうしてあんな男を好きになってしまったんだか、まったく恥ずかしい」


ミハネルさんはどこか悲しそうな表情を浮かべていた。きっと本当に好きだったんだろう。そしてその相手から裏切られたのだ。きっと心の傷はしばらく癒えないだろう。


俺達がミハネルさんを助けた事によって、ミハネルさんは、所属していたパーティーやあの依頼で本陣に任命されていた者達の問題行動をギルドに報告した。本陣だった人達はギルドと遊撃部隊の人達に賠償金を払い。ミハネルさんはパーティーを脱退した。

あれ以降、ナツメと正式なパーティーを組むようになったらしく、ナツメは冒険者の仕事が今まで以上に楽しそうだった。




「でもよかったんですか、あの男を個人的に訴えなくて」


「まぁ、人の本質を見抜けなかった私のせいでもある。それに過ぎた事はしょうがないだろう?」


俺はつくづく、この人はすごい人だと思う。大切な人に裏切られれば、復讐で相手を殺す人もいる。そこまで行かなくても人間不信に陥る事は結構あるだろう。

それなのにミハネルさんは、新たに前に進もうとしている。そんなミハネルさんを俺は尊敬しようと思った。


「ところでシオン君、君は側室をどう思う?」


「はい?」


とても真剣な表情で、訳の分からない事を言うミハネルさん。側室と言えば正妻以外の嫁みたいな意味合いだったはず。どうしてそんな昔の日本の言葉をこの人が知っているのかは分からなかったが。


「君にはルリさんと言う、心に決めた人がいるのだろう。だから第一婦人ではなくてもいい。私を嫁にしてはくれないだろうか?正直言うと意識が朦朧としている中で見た君は神様みたいだった。そしてそれに惚れたんだ」


「いや、あの、えっと...」


俺は言葉に詰まってしまう。この世界は重婚は禁止されていないが。俺は何人も嫁が欲しいとは思わない。気持は嬉しいが。


「ごめんなさいミハネルさん。俺はルリ以外と結婚しようとは考えてないです」


「そうか、それは残念だ」


正直な気持を明かしミハネルさんの話をお断りさせてもらう。だがミハネルさんは分かっていたようで、決してそれ以上この事を話そうとはしなかった。


その後も2人でゆっくりお茶をしていろんな話をした。

こうして、また1つ夏休みの思い出が増える事になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る