第61話 最後のエンシェント・ドラゴン

 ドラゴニアは泣いていた。

 誇り高き銀竜の姿で、めそめそと涙をこぼしていた。


「……千年の間に、仲間のほとんどがこの世界から去っていったわ。エンシェント・ドラゴンも……古き者たちも……。“この世界はもうオワコン”とか意識高い感じの事言って、別の世界へと旅立って行ってしまった。でも、私たちは違ったわ。この世界に満足してたわけじゃないけど……出て行く気もない。だってヒキコモリだから!」


 かつてこの世界を形作りし古き者たちは、別の世界へと旅立って行ったという。

 ハイエルフでさえ知らないその本当の理由を一言で言うと、「この世界はもうオワコン」だかららしい。

 そして、竜姫ドラゴニアがとどまり続けた理由は、ヒキコモリだったから……。


 神話の謎を解き明かす重大証言な気がするが、言っても誰も信じないだろうなこれ。


「私は快適な部屋から外に出たくなかった。かつてこの辺りに繁栄してた人間の国を滅ぼしたのは、あいつらが私を神みたいにあがめて、しつこく外へ連れ出そうとしてきたからよ。やめろって言ったのにやめないから……」


 そんな理由で国ごと滅亡させられたのか……。

 ドラゴニアは涙目で、キッとルルイェを睨んだ。


「あなた、ほんとにいいの?」

「なにが?」

「沈黙の森を出た事よ! ヒキコモリが部屋を出る……それは紛れもない成長よ? 下手をすると、あなたのタブーに抵触するわ」

「別にいい」

「よかないでしょ! 力を失うのよ? 永遠の命も失うのよ? ただのゴミクズみたいな人間と同じ下等生物に成り下がるのよ?」

「? 別にいいでしょ」

「……よくないのよ!!!」


 「何が悪いのか分からない」という顔のルルイェに苛立ち、ドラゴニアがヒステリックにわめく。


「なによなによっ、一人だけ成長しようだなんて絶対に許さない!! どんな手を使ってでも邪魔してやるわ!!!」

「もしかしてドラさん……。自分を置いて一人だけ成長しようとしているルルたんの足を引っ張ろうとしてた……?」

「そうよ、悪い? 私は呪いを司る竜。他人が嫌がる事をするために生まれたの」

「仲直りしようとか、自分も一緒に成長しようとかは……」

「ハッ、そんな前向きドラゴンなら、引きこもってないってーの!」


 ドラゴニアは完全に開き直っていた。

 醜い。実に醜い心の内を、最早隠そうともしない。


「チビルルの分際で成長しようだなんて……私を置いて、どこかへ行こうだなんて……そんな事されたら、私が世界で一番ダメなヤツになっちゃうじゃない! ……そんなの許せないわ。絶対にやめさせる!」

「どうやって?」


 ルルイェが冷ややかに尋ねた。


「こうやってよ!」


 ドラゴニアが大口を開けて、俺を噛み殺そうとした。

 しかしそれより速く、ルルイェが魔力をチャージした杖を振りかざして、急降下してくる。


「やめろルルたんっ――」

「ふふ、一人で暗い部屋で引きこもり続けるくらいなら、あなたに殺された方がマシよ……」


 凄まじい光が弾けた。


「フヌゥウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!」


 野太いうめき声が、雪山にこだまする。


「…………悪かったわね、タケル。巻き込んじゃって。お詫びに私の部屋のマンガ、全部あなたにあげる」

「ドラさん!」

「マンガの話ができて楽しかったわ……」

「ドラさぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーん!!!!!」


 …………………………。


 ………………。


 ……あれ?


 確かに炸裂したはずのルルイェの攻撃だったが、ドラゴニアは無事だった。

 というか、さっき聞こえた野太い叫びはいったい……。

 俺は頭上を見て、思わず声をあげた。


「ベルゼルム!!?」

「……え?」


 ベルゼルムが覆い被さって、ドラゴニアを守っていた。


「ヌゥゥ……無事か、ドラゴニア」

「え、ええ……」

「ふふ、それはよかった」


 ベルゼルムがにやりと笑う。完全なやせ我慢だ。

 予想外の出来事に戸惑っているのか、ドラゴニアが弱々しく言う。


「あ、あの……ベルゼルム……君。どいてほしいんだけれど……」

「すまん。今ちょっと力が入らな…………ぬぐうう!」


 ドン!!!


 ベルゼルムは崩れ落ちそうな体を支えるために、地面に手を付いた。

 その位置が、ちょうどドラゴニアの顔の横だった。


「きゃっ……!?」


 ドラゴニアが小さく悲鳴をあげる。

 様子が変だ。なんか顔が赤い。

 視線をあっちこっちにうろうろさせて、テンパっている。


「……こ、これもしかして……壁ドンを超えた萌えキュンシチュ……床ドン!? はううっ、どうしよう……恥ずかしくって心臓が破裂しちゃいそうだよぉ~~」


 ……さっきから何をぶつぶつ言ってるんだ、あのドラゴン?


「ハッ……もしかして!」


 ドラゴニアは少女マンガを愛読していた。

 キュンキュンするシチュエーションに、こたつの中でごろごろ転がりながらときめいていた。


(おい、ベルゼルム! ベルゼルムーー!)


 ドラゴニアから見えない角度で、俺は口パクと身振りでベルゼルムに語りかける。


「む……なんだ、シノノメ・タケル」

(告白しろ!)

「? なにを言っている、この非常時に」

(いいから、言え! 好きだって!)


 ベルゼルムは、ドラゴニアの事を間近にジッと見つめた。

 ゴクリ……。

 謎の緊張感に、場が静まり返る。


「……好きです、結婚してくださいっ!」


 ベルゼルムの腕の中で、ドラゴニアが身悶える。


「キューーーーン!!!!」


 それが収まると、竜姫は静かにこう答えた。


「…………はい」


 大型カップルの誕生だった。

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