第47話 襲撃

 しかし、ルルイェは寝なかった。


 根負けした俺がテントで寝ている間もウッドゴーレムを彫り続け、明け方には百体のごはんを食べるゴーレム軍団ができあがっていた。


「……まるで悪夢だな」

「ふぅ」


 ルルイェは、やり遂げたって顔で満足そうだった。

 辺りはまだ暗い。銀竜の山が朝日を遮っているためだ。

 そこへ、警報が鳴り響いた。


「敵襲! 敵襲ぅぅぅ!!」


 魔王軍の陣地が蜂の巣をつついたような騒ぎになる。

 その騒ぎを掻き消すように、遠くで爆発が起こった。

 火の手があがる。

 メラメラと燃え上がる炎が薄暗い明け方の空を照らすと、そこに巨大な翼を広げたドラゴンがいた。

 白銀の鱗を炎の赤に染め、逃げ惑う兵士たちを睥睨へいげいしている。


「……もしかして、あれがホンモノのドラゴニアさん?」


 こくん。ルルイェが俺の横で頷く。

 ドラゴニアは炎をまき散らしながら、こちらへ迫ってきた。


「やべっ、こっちくるぞ!」


 逃げようとする俺の足を、ルルイェが杖で引っかけた。

 すっころんだ俺は、両手で頭を覆って叫ぶ。


「もう終わりだーー死んだーーーー」


 ドラゴニアがブレスを吹いた。

 炎は俺たちの周囲を焼いたが、俺と俺たちのテントは結界に守られて無傷だった。

 あのまま走って逃げてたら、結界の外に出てしまっていたところだ。


「……ルルたん、サンキュー」

「……」


 しかし、結界で身を守ったはずのルルイェが、がっくりと膝から崩れ落ちていた。


「どうしたルルたん!」


 その理由に、俺もすぐに気付く。

 徹夜で仕上げたごはんを食べるウッドゴーレム軍団が、一つ残らず消し炭になっていた。

 思わず心の中で親指を立てる。


(ドラゴニアさん、ナイスです!)


 キッと上空を睨み付けるルルイェ。

 その視線の先から、ドラゴニアもまたこっちを睨んでいた。


「ルル……魔王軍に手を貸しているというのは本当だったのね。どういうつもり?」

「ドラちゃんやっつける」

「泣かすわよ、チビすけ」

「ごめんなさいしたら許してあげる」

「……」

「……」


 睨み合う魔女と竜。

 そこへ、テントからまぶたを擦りながらライリスが出てきた。


「……ふわぁ~。なんじゃ、騒々しいのう…………うわあっ!?」


 頭上に浮かんでいるドラゴンを見て、ライリスは一瞬で目を覚ました。


「た、たた…………タケルぅ~~!!!!」

「全然大丈夫じゃないけど、気休めで言うぞ。大丈夫だ!」


 俺の気休めは、ライリスをただ不安にさせただけだった。


 この状況、ルルイェに不利じゃないだろうか。

 ルルイェは俺とライリスを守りながら戦わなきゃいけない。

 ドラゴンブレスの攻撃範囲は広く、ルルイェの結界の外へ出るのは危険なので、安全な場所へ逃げる事もできない。


「ルルたん、こっちがごめんなさいした方が……」

「やだ。ドラちゃんがタケタケを返すまで許さない」


 ルルイェの決然とした瞳に、燃えさかる炎が映り込む。


「よっぽどその漂流者がお気に入りなのね。……それでいいわ。私が受けた苦しみを、あなたも味わいなさい!」


 ドラゴニアがブレスを吹いた。

 ルルイェは杖をフルスイングして炎を弾き飛ばすと、跳んだ!


 ドラゴニアへ一直線に向かっていくが、死角から飛んできた尻尾に弾かれる。


「あうっ」

「ルルたん!」

「平気」


 ルルイェは地面に叩きつけらる前に浮上した。

 しかし、今度は簡単には仕掛けられない。

 再び睨み合っていた一人と一匹の間に、別の巨大な影が割り込んできた。


「ついに出てきたな竜姫りゅうき! この時を待っていたぞ!」


 なんとベルゼルムは跳躍して、ドラゴニアの頭上から大剣を振り下ろした。

 避けきれず、ドラゴニアはその一撃をもろに浴びる。

 大剣とドラゴンの鱗が擦れ、火花が飛び散る。

 銀竜は地面に叩き落とされた。


「これ以上苦しみたくなくば、我が軍門に降れ!」

「どうしてこの私が、おまえのような小僧にへつらうと思うのだ、魔王の犬が!」


 黒い煙が、ベルゼルムを包み込んだ。


「ぐおおっ!?」


 あのベルゼルムが怯む。

 煙の一部が俺たちの方まで流れてきた。


「げっ、これ煙じゃない、虫だ!?」


 毒虫の大群がベルゼルムにたかり、分厚い鎧の中へ入り込んでいる。


「コシャクな! ムゥゥゥゥン!!」


 ベルゼルムの体が赤く光った。自分の体温を上げ、まとわりつく毒虫を焼き殺したのだ。

 しかし、それを見てドラゴニアはにまっと笑う。


「今、あなたの鎧の中、虫の死骸まみれよ? うわぁ~ばっちぃ~」

「ぬぐっ……」


 鎧の中を虫の死骸まみれにして戦意をくじく。

 ドラゴニアの真の狙いはここにあったのだ。なんと狡猾こうかつなドラゴンだ!


「この程度でくじけはせん!」

「汚いから近寄らないでくださる? あーキモい」

「ぐわぁっ!?」


 再びベルゼルムがよろめいた。


「分かる……分かるぞベルゼルム! 女子から“汚い”とか“近寄らないで”とか“キモい”って言われると、むっちゃ傷つくよな! それでうろたえてる顔見られるのが、またたまらなく辛いんだよ! でもな、そんなやな女から何言われたって気にする事ないぞ! そんな女はどうせビッチに決まってる! チャラい男にみつがされて捨てられるクソビッチだって思って乗り切るんだ!」

「……ちょっとキモいぞタケル」


 ライリスからすげー冷たいつっこみをされ、俺の戦意が挫けた。

 その時、戦場に叫びがこだました。


「ビッチなどではない!」


 叫んでいたのは、ベルゼルムだった。


「いや、それは心の持ちようの話で……」


 冗談にマジギレされた時の気分で、俺はおろおろと取り繕う。


「……さすが竜姫ドラゴニア。結界に力を奪われてなお手強い。それでこそ、我が……」

「我が?」


 ごにょごにょと何か言うと、ベルゼルムは俯いて黙り込んでしまった。

 その時、地面から巨大な……いやもう超巨大な手が生えてきて、ドラゴニアを掴んだ。

 ちょうどドラゴンの巨体がすっぽり収まるくらいの手は、泥でできている。ギリギリとドラゴニアを握りしめる。


「うぐぐ……ルル!」

「ごめんなさいは?」

「ぐぐぐ……」

「ドラちゃん、ごめんなさいは?」


 メキメキ、と音が聞こえてきそうだ。


「するか、チビルル!」


 ドラゴニアが翼を広げると、泥でできた巨大な手の指が切断された。

 そのまま上空まで飛翔して逃れると、ドラゴニアは魔王軍の陣地に無差別にブレスを吹きかけていった。

 テントが炎上し、兵士たちがすべ無く逃げ惑う。


 ドラゴニアは散々暴れ、満足すると、


「ルルのバーカバーカ。魔王軍みたいなダサい連中とツルむなんて、えんがちょ!」


 捨て台詞を残して、山へと帰っていった。



   × × ×



「クソッ、あのチビすけ。あんな連中とツルむなんて、ダサダサもいいところよ」


 自らの巣としている山の火口へ降り立ったドラゴニアは、人の姿になり、乱れた着衣や髪を整えた。

 麗しの竜姫の気品を取り戻すと、何もない闇に向かって呼びかける。


「それ、隠れているつもり? 見えているわよ」

「これはこれは……さすが竜姫の瞳はあざむけませんなぁ……ヒヒヒ」


 影の中から浮かび上がるように、青白い顔のせた男が現れた。


「フンッ、当然よ。私が留守の間、勝手に入ってないでしょうね?」

「もちろんですとも。竜姫の寝床に許可なく入ろうものなら、たちまち死の呪いにかけられる事は存じております。何人なんぴとたりとも、立ち入れますまい」

「……どうだか。たまにいるのよね、人の寝込みに忍び込んでくる泥棒チビが」


 ドラゴニアの言い草に、影の男は本気で驚いているようだった。

 それだけ、ドラゴニアの巣を守る呪いの力は強力なのだ。


「それで、いかがでしたかな?」

「あなたの言う通りだった。ルルは魔王軍と手を組んだみたい」

「おいたわしや……。旧友に裏切られるとは」

「やめてよ。あんなダサい子、友達でもなんでもないから」

「それで、いかがいたすおつもりですか?」


 ドラゴニアは、男に呆れ果てたような目を向けた。

 この男は知らないのだろうか? 竜姫に逆らった者の末路を。


「与えるのよ、滅びを。分け隔て無く平等にね」

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