第38話:春野日向は称賛される

 こちらのグループもハンバーグを煮込み終わり、佐倉がお皿に盛り付けをし始めた頃、突然後ろの日向のグループから、男子の「おおっ……」というため息交じりの声が聞こえた。


 振り返ると日向が盛り付け終わった煮込みハンバーグのプレートを、同じグループのメンバーの前に一つずつ配っている。その出来映えを見て男子が声を上げたみたいだ。


 日向のグループの調理台を見ると、美しい盛り付けのプレートが目に飛び込んできた。


 中央にハンバーグ。そして赤と緑の色が映えるように、付け合せの人参とインゲンが立体的に上手く配置されている。


 ──おお、素晴らしい出来だ。やるな日向。


「す……凄いな春野さんの料理。まるで高級料理店みたいだ……」

「ほ……ホントだ……」


 二人の男子はぐるっと調理室中を見回して、他のグループの出来映えと見比べた。

 まだまだ盛り付けまで進んでいるグループは少ないけれど、それでもある程度盛り付けが終わっているグループのお皿と、日向が盛り付けたお皿を何度も交互に見比べている。


 そしてまた二人ともため息をついた。


「全然違う……」

「ホントだ……月とすっぽんってやつか?」


 ──おいおい。他のグループの者に聞かれたら殴られるぞ。

 でもまあ、彼らが言っていることは大げさでもなく、確かにそうだ。


 もちろん日向のもまだまだ改善点はあるけど、他の生徒に比べたら日向の盛り付けは圧倒的に見栄えよくできている。


「はい、完成したグループから試食を始めていいですよー」


 先生の声が聞こえて、日向たちのグループは全員が椅子に座って試食を始めようとする。しかし他のグループから何人もの生徒が、そのグループの周りに集まってきた。


「うわぁ、すごーい! これ、誰が作ったの?」


 一人の女子生徒が訊くと、高城千夏が得意げに答える。


「もちろん日向! 凄いでしょ? 私もびっくりした」

「へぇー、やっぱり日向が作ったの? やっぱり日向は何でもできるねぇーっ」


 女子達のそんな会話を耳にして、見物に近寄ってきていた男子達も口々に喋り始めた。


「作ったの、春野さんだって!」

「やっぱりな! 俺はそう思ってたよ」

「味はどんなだろな?」

「美味いに決まってるだろ!」

「ああ、春野さんと同じグループのヤツラが羨ましい!」


 あろうことか一人の男子が、日向と同じグループの男子に「俺と変われ」なんて言い出した。もちろん「やだよ」と断われている。


 見物に来た女子達からも称賛の声が溢れている。


「美味しそーっ!」

「すごーい! おしゃれー!」

「いいなあ……私もあんなふうに作れるようになりたいなぁ……」


 周りからは絶賛の嵐だ。


 料理を口にした日向のグループメンバーからは「美味しい!」「サイコー!」「日向上手!」という声が聞こえる。


 これで『日向が調理実習で料理上手に見られるようにする』という俺のミッションも、無事に果たせたことになる。


 ──ホッとした。


 しかし日向のグループの周りに人が集まってきてなかなか戻らないものだから、とうとう先生が怒り出した。


「ほらほら、みんな自分の作業に戻りなさい!」


 みんなは「はーい」とか言いながら、ぞろぞろと自分達のグループの調理台に戻っていく。俺も自分のグループの方に向き直った。


 すると佐倉が盛り付け終わったプレートを両手に持って、不機嫌な顔で日向の方を見ていた。みんながバラけたのを見て、ようやくそのプレートを配り始める。


 俺の前にも佐倉はプレートをドンと置いた。かなり不機嫌な感じだ。

 せっかく得意の料理を披露しようと思っていたのに、日向にお株を奪われて腹を立てているってところか。

 でも佐倉の料理も日向に比べると劣って見えるけれど、なかなか綺麗にできている。


 俺たちのグループも全員が席について、試食を始めた。

 佐倉が不機嫌な顔をしたままなものだから、他の男子二人は気まずそうに黙ったままで、黙々と食べ始めた。


 佐倉が不機嫌になっているのは日向に負けたから。


 ──ということは、ある意味それは俺のせいでもあるよな。ちょっとフォローしておくとするか。


 まずはひと口、煮込みハンバーグを口に入れて舌で味わう。

 ──うん。佐倉の煮込みハンバーグも、なかなかやるじゃないか。

 お世辞抜きにしても上手だと思う。


「うん、美味い!」


 俺があえて大きな声を出したら、佐倉はこちらを向いた。しかし少し不機嫌な表情のままだ。


「佐倉って、料理が上手なんだな」

「料理がわからない秋月に言われてもねぇ……」


 褒められて満更でもない感じではあるのだけれども……心からは喜べないみたいで、佐倉は苦笑いを浮かべている。


「いや、俺は食べる方は大得意なんだ」


 いつぞや日向が言ってたセリフをちょいと拝借してみた。


「このハンバーグは焼き具合が良くて、香ばしくて美味しいよ。それに形もいいし、固すぎず柔らか過ぎずちょうどいい」

「そ……そう?」


 俺はもうひと口ハンバーグを頬張り、日向の真似をして、目をキュッと閉じて美味しい顔をしてみる。


「うん、美味しい!」

「そう? 秋月、案外わかってるじゃん!」


 佐倉は今度は本当に嬉しそうな顔を見せた。やっぱり日向のように美味しい感情を素直に顔に出したからだろう。


 俺は日向に料理を教えたけれど、代わりに日向から、人と上手く接する方法みたいなものを教わってたんだな。


「こういう美味しい食感に仕上げるのは、生地のこね方に秘密があるのかな?」

「おっ、秋月、なかなか鋭いねぇ。秋月もちゃんと料理を覚えてみれば? 私が教えてあげよっか?」


 佐倉はニコニコして、そんなことを言い出した。しまった。やり過ぎたか。


「いや、いいよ。俺は食べる専門で充分」

「そっか。じゃあ私のハンバーグを味わって食べて」

「うん、ありがとう。いただくよ」


 佐倉はちょっと照れたような視線を俺に向けているし、声もさっきの不機嫌な感じとは違って穏やかな口調になっている。


 何はともあれ日向への敵意みたいなものは薄れたようでホッとした。




 こうして日向の調理実習デビューは、これ以上ない良い結果を迎えることができ、彼女はクラスメイトから料理上手という評判を得ることができた。



 日向に『良かったな』と声をかけてあげたい。

 そう思ったのだけれども、実習が終わってから教室に戻る間も、その後の休み時間も高城がずっと日向の側にくっついていたものだから、結局ひと言もかけることができずに下校することになってしまった。


 しかし家の前まで帰ってきたところで、なぜか我が家の前に立っている制服姿の日向が目に入った。

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