第71話

 俺は怒りにまかせて、巨大パチンコ玉のような真球を作り出す。


 コクピットは、胎児のように身体を丸めなければ収まれないほどに圧縮されている。

 しかし、中の人とフェイスはどちらも遮断されることなく、奇跡的に生きていた。



『こっ……このワシを……このワシを、どうするつもりだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!?!?』



 窓にベットリとへばりついた顔で、なおも叫んでいる。



『コウ スルンダ』



 俺はふりかぶって、敷地の外めがけて鉄球を投げ飛ばした。



『おっ……覚えてろ、覚えてろよっ! ボーンデッド! このワシは必ずっ……! 必ずぅぅぅぅっ……!』



 最後の捨て台詞とともに、遠ざかっていくハゲデブ。

 そのままゴロゴロと、山の斜面を転がっていく。


 最後は中腹にある大きな溝にダイブし、工場汚水に満たされた、油とヘドロにまみれの川にボッチャンと沈んでいった。


 ……最後に忠誠心のひとかけらでも残っているような従業員がいれば、レスキューに連絡してもらえるんじゃねぇか?


 と俺は思ったが、そんな風に慌てているような従業員ヤツは、ひとりとしていなかった。


 それどころか、俺以上にせいせいした顔をしている。



「あーあ、とうとうクビになっちゃったよ」



「あのハゲデブ、なにかあるとクビにするクビにするって喚いてたわよねー」



「そーそー! 最近はグッズ生産が好調だったから、クビをタテに徹夜までさせようとして……」



「いーかげん、キレてやろうかと思ってたぜ」



「……でもさぁ、これからどうする? 行くとこなくなっちゃったよ」



「そうなんだよなぁ……劣悪な労働環境から解放されて、嬉しくはあるんだけど……」



「どうしよう!? 俺、薄給だったから全然貯金ねぇーよ!? 次の仕事探すまで持たねぇよ!」



「それがあのハゲデブの狙いだったんでしょ。転職できないように、ギリギリの給料を渡してるって言ってたもん」



「ボーンデッドにお礼を言っていいものか……複雑な気持ちねぇ……」



 丘の上にいた従業員たちは、ハァ……とため息とともに俺を見下ろしていた。


 ……なんだよそりゃ。


 何度も言うが、俺ぁ別にお前らを助けるために来たんじゃねぇっつうの。

 無断で商売してやがったクソオヤジに、制裁を加えたかっただけなんだ。


 まぁ……数百人規模での失業者を出すことになるなんて、思いもしなかったがな。

 でも……コイツらは海賊版の片棒を担いでいたようなヤツらだ。どうなろうと知ったこっちゃねぇ。


 不意に、列車が向かってくるようなけたたましい車輪の音が遠くから聞こえてきた。


 そしてそれは、すぐに轟音へと変わる。

 地すべりする山のように現れた巨大な馬車は、ドリフトしながら高台のギリギリの所に横付けした。


 ……わあああっ!? といくつもの驚愕が起こる。


 白銀の鎧をまとった巨人。その兜の上には幼いお嬢様の顔が浮かんでいた。


 あれは……戦闘馬車チャリオンと、グラッドディエイターだ。

 パイロットは……聖ローのキャプテンのルルロットか。



『こっ……これはいったい……!?』



 従業員たちが驚く以上に、目と口をまん丸に見開いているルルロット。

 コイツは女子高生のはずだろうに、仕草が小さな子供みたいでいちいち可愛らしい。


 まぁ、工場が火の海になってるから、ビックリするのも無理はねぇか。



『パンチョパンチョが戻ってきて、ルルロットを慌てて導くのでついてきたら、こんなことになっているだなんて……! ボーンデッド様、いったいなにがあったのですっ!?』



 馬車から飛び降り、ガションガションと坂を駆け下りてくるグラッドディエイター。

 機体は白いヴェールを被り、パイロットはウエディングドレスなのでなんだか花嫁に詰め寄られているような妙な気分になる。


 事情を説明してやりたかったが、8文字のテキストチャットではおぼつかないので側にいた警備長に任せた。



『こっ……これはこれはルルロット様! こっ、ここここんな汚い所にようこそおいでくださいました……!』



 警備長はなぜか、ルルロットのことを知っていた。

 それにずっと年上のはずだろうに、高校生のルルロット相手になぜか緊張しているようであった。


 しかしそれも最初のうちだけで、話していくうちに宝塚みてぇな芝居がかった声と動きが加わっていく。



『……そしてボーンデッド様は、私に向かってこう言ったのです。待たせてゴメンねスゥイートハニー、キミだけの白馬の王子様はここにいるよ、と……!』



 説明の大半は俺と警備長のことで、そのうえほとんどが脚色されていた。

 不思議だったのは、そのヨタ話にルルロットが「うににににに……!」と悔しそうに奥歯を噛み締めていたことだ。


 てんで説明になっていない話を聞き終えたルルロットは、くわっと俺のほうを向く。

 そして、小さな八重歯を子猫の牙のように覗かせながら、こう叫んだんだ。



『は、話はわかったのです! ボーンデッド様は、この女性を「嫁とりメルカバトル」に推薦するために、ここに来たのですね!?』



 それは、新情報満載の言葉だった。

 俺は何のことだかさっぱりだったが、警備長はキリリと表情を引き締める。



『名門騎士にして大財閥の「リリンドール家」……! そのお嬢様が花嫁の格好をして現れたので、私も薄々感づいておりました……! 金と権力にモノを言わせて、私とボーンデッド様の純愛を引き裂くおつもりなのですね!? いいでしょう……! 「嫁とりメルカバトル」、このキューセティが受けて立ちますっ!!』



 俺と対峙した時のように、カンフーの構えをとる警備長……えーっと、キューセティって名前なんだ。



『慌てるのでないのです! ボーンデッド様は、「女子校対抗メルカバトル」のブロック決勝を控えた身……それに、ライバルはキューセティ、あなただけではないのです! みんなで話し合った結果、「女子校対抗メルカバトル」が終わったあと、バトルフィールドを借りて大々的に行う予定なのですっ!』



 グラッドディエイターの胸がぐぱあと開いて、コクピットが露わになる。

 その中にはちびっこ花嫁がいて、なにやらチラシのようなものを差し出していた。


 警備長はメルカヴァを操作して背中を向けると、同じようにかぱあとコクピットを開放した。

 ふたりして「うににににに……!」とめいっぱい手を伸ばして、チラシを受け渡そうとしている。


 俺はその間にマニュピレーターの指を差し入れ、横からかっさらう。

 中指とひとさし指で挟んだまま、その紙切れを拡大してみた。


 『ボーンデッド様争奪 嫁とりメルカバトル大会』とデカデカと書かれたチラシには、開催日時や参加者やルールまでもがびっしりと書かれていた。


 参加者はルルロットのほかに、なぜか岩石乙女のブソンや、すくすく冒険学校のウィザードが名前を連ねていて……さらには随時募集中とある。


 ……俺の中には、もはやどこから手をつけていいのかわからないほどの『言いたいこと』が山積みになっていた。


 『嫁とりメルカバトル』とやらは、ものすごく気になるが、今は置いておこう。

 母大の合宿所に戻って、部員たちやブソンを交えて経緯を聞いたほうがいいと思ったからだ。


 それよりもまず、彼女らのやりとりの間に思いついたことを解決しておこう。


 これ以上キューセティに任せておくとややこしくなりそうだったので、俺は地面に文字を書いてルルロットに提案した。


 『ボーンデッドのグッズを作る気はないか』と……!


 キューセティはルルロットのことを『大財閥のリリンドール家』と言った。

 金持ちなんだったら、グッズ工場のひとつやふたつ、なんとかなるんじゃないかと思ったんだ。


 するとルルロットは、ふたつ返事でオーケーしてくれた。



『未来の旦那様のためなら、このルルロット、なんでもするのです! あ、そうだ! ボーンデッド様とルルロットの、愛のグッズを作りたいのです!』



 そりゃ、ただの結婚式の迷惑な引出物だろ、と突っ込みそうになったが、今はそんなことはいい。


 俺はさらに、ここにある敷地を買い取って、焼け出された従業員を全員雇ってくれないかとルルロットに頼んだ。



『もちろんなのです! ずっとボーンデッド様のグッズを作っていた人たちなら、すぐに生産にかかれるのですから、こちらからお願いしたいくらいなのです!』



 丘の上に置き去りになっていた従業員たちから「わあっ!」と歓声がほとばしる。


 よし……これでちゃんとした俺のグッズを販売できるうえに、残っていた後ろめたさも消えた……!


 大会の準決勝と、そのあとに控えた『嫁とりメルカバトル』という大きな問題は残されているが……いまはひとまず、めでたしめでたしというところかな。

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