第36話
コクピットのサブモニターに映る、空撮映像。
海原のように広がる、緑のじゅうたん。
草は吹き渡る風にあわせ、白波のような光沢とともに揺れている。
そのちょうど真ん中には、浮島のような剥き出しの地面。
周囲では3体のメルカヴァが抱き合い、跳ねている。
その様はまるで、無人島の漂流者のよう。
長きに渡り送っていたSOSがついに届き、助けが来たかのようだった。
『やったやったやった! やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!!』
漂流者のなかで、一番の喜びを表していたのはサイラ機。
踊るように跳ねていた少女の、狂喜の悲鳴は止まらない。
『ボクたち、やったんだ! ついに、ついにやったんだ……! 自分たちの力で……本当に敵のメルカヴァをやっつけたんだ! しかも練習とかじゃなくて、試合で……!』
嬉しさを噛みしめるように小さいガッツポーズを繰り返していた隣のラビア機が、拳を高く突き上げる。
『おおっ! オレたちにかかればこんなもんよっ! 一気に一網打尽にしてやったぜっ! くぅぅぅ~っ! 気持ちいいっ! 勝つのって、こんなに気持ちいいんだなっ!』
いつもは必要がなければ微動だにしないシター機も、この時ばかりは小躍りしている。
『これぞ地震陥没埋葬コンボ……! 三者の魔法が噛み合った、必殺技……!』
サブモニターに映し出されていた空撮映像が、パッと切り替わる。
そこにはアゴが外れんばかりに口をあんぐりさせている、実況と解説の姿があった。
『……し、信じられません……! あの、母大が……! 万年最下位といわれていた母大が……一気に3体ものメルカヴァを戦闘不能にしました……! それも、生き埋めという、前代未聞のやり方で……! か、解説のヴェトヴァさん、これはどういうことなんでしょうか……!?』
母大の予想外の奮闘は、貴婦人の表情から余裕というものを全て奪っていた。
いつもは嫌らしく吊り上がっている赤い唇も、いまは悔しさを噛み殺すようにひん曲がっている。
『そそそ、そんなに慌てることではありません……! こここっ、これは、ただの偶然……! そ、そう、たまたま……! た、たまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたまたま……!』
震え声で、壊れたラジオのように『たまたま』を繰り返す解説。
もはや放送事故だ。
すでに決着ムードが漂ってるが、まだ勝負はついちゃいない。
俺もちょっとスッキリしちまったけど、肝心なのが残ってるんだ。
敵のすくすく冒険学校の
しかしそれは前座を倒したに過ぎねぇ。
部員たちに速攻を命じたのは、エースである
護衛が倒され、残り一体となったヤツは、なおも詠唱を続けている。
魔法陣はすでに、メルカヴァ用の大盾かと思うほどのサイズにまで広がっていた。
……そろそろ止めねぇと、ヤバいんじゃねぇか……!?
しかしサイラ、ラビア、シターたちはなおも喜びを分かち合っている。
もはや祝勝会をやっているようで、後ろでどんどん膨れ上がっていく脅威に気づく様子もない。
おいおい……! 冷静なシターがいるから大丈夫かと思ったが、まさかアイツまでフヌケになっちまうだなんて……!
どんだけ勝利に飢えてたんだよ……!
俺は怒鳴りつけてやりたかったが、そういうわけにもいかねぇ。
テキストチャットを使ったとしても、この距離じゃ見えねからな。
俺はすぐ近くにいるカリーフ機のほうを向く。
カリーフは木登り練習を途中でやめ、仲間ハズレにされた子供のように佇んでいた。
『いいなぁ、みんな……』
まったく、ハタから見てるコイツまで毒されちまって……!
でも、コイツならテキストチャットが見える距離にいるから、今は頼るしかねぇ。
俺は8文字を駆使してカリーフを叱りつけ、正気に戻す。
しかし、それがマズかった。
『ご、ごめんなさいキャプテン! ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ見てただけですぅ! サボってしまってごめんなさぁい! ごめんなさぁい!』
カリーフは蹲って、亀のように自分の殻に閉じこもっちまったんだ……!
コイツはなんでも、こうやって謝ればすむと思っている。
試合中にまでそれを持ち出しやがって、と俺はイライラしたが、今はそれどころじゃねぇ。
「くそっ……!」
俺はコクピットのなかで吐き捨てると、ボーンデッドを反転させた。
もうこうなったら直接行って、俺がひっぱたいてやる……!
中腰になって構えをとる。
『ローラーダッシュ』で一気にサイラたちの元へと向かおうとしたが、はたと思い直した。
中継されてるなかでのローラーダッシュはまずい……!
この先で当たる対戦相手に、コッチの手の内を晒すことになっちまう……!
俺は操縦桿を握り直し、ボーンデッドを疾駆させた。
まったく……! こうやって脚で走ることもねぇと思ってたのに……!
しかもその目的がJKのパシリってのが、なんとも情けねぇ……!
サブモニターのひとつに映し出されている聖堂院では、俺の嫁たちがキョトンとした様子でいる。
魔送モニターのほうは空撮映像に戻っていて、隅っこのほうでシャカリに走る俺の姿が映っていた。
『ねーねー、ボーンデッドさま、なんではしってるの?』
不思議そうに画面を指差す俺の嫁たち。
ララニーがあっけらかんとした様子で答えた。
『そりゃ勝ちましたから、お仲間さんたちの元に向かってるんですよ! 胴上げでもするんじゃないですか!?』
隣にいるルルニーも、ほのぼのと微笑んでいる。
『あんなに一生懸命に走られて……ボーンデッド様、勝ったのがとても嬉しかったんですね……』
「まったく、どいつもこいつも……まだ終わってねーんだよっ!」
俺の声は誰にも届かないというのに、つい叫んじまった。
そうこうしている間にも魔法陣はどんどん膨張していく。
すでにバリアのようにヤツの身体を覆い尽くしていた。
それでもまだサイラたちは気づかない。
土曜8時のコント番組かよ、ってくらいに……!
「サイラ、ラビア、シターっ! 後ろ、後ろだーっ!」
無駄だとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。
そしてついにサイラたちが気づいた。
後ろじゃなくて、俺のほうに……!
『あっ! ボーンデッドさん! ボクたちやったよ! 勝ったんだ! ついに自分たちの力で、初めて勝ったんだよっ!』
『おおっ、ボーンデッドか! どうだ! 見てたかよっ! 俺の活躍を!』
『なでなでして』
直後……彼女らの背後で、魔法陣が急速に収束した。
そして……赤い閃光が迸る。
……シュバァァァァァァァァァァァァァーーーーーッ!!
巨大なマグネシウムが燃えるような音とともに、灼熱が具現化した。
気を練るような
逆光でサイラたちがシルエットと化し、日はまだ高いというのに影が長く長く伸びる。
ここまで派手な異変があってようやく、背後の出来事に気づいたようだ。
『わ、わあああっ!? でっかい火の玉!? でっかい火の玉ができてるよぉーっ!?』
『し、しまった! まだ1機残ってたのを、すっかり忘れちまってたぜ! しかもなんなんだよアレっ!? 見るからにヤバそうな魔法じゃねえかっ!?』
『あれは、中級魔法の「
『えええっ!? し、死んじゃうのっ!?』
『ヤベェぞっ! 逃げろっ!』
アメリカ映画のワンシーンのように、熾炎を背にこちらに向かってくる三人娘。
すれちがいざまに呼び止められたが、俺は無視して太陽へと特攻していった。
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