第21話

 俺はボーンデッドを操作して、跪いた状態からさらに腰を落とす。

 尻を地面につけ、足を投げ出した。


 後ろ手に縛られたテディベアのような格好になるボーンデッド。

 頭上から嘲笑が降り注ぐ。



「ハーッハッハッハッハッ! 見ろよ! あのクソゴーレムを!」



 ボスの音頭にあわせ、「どわーっはっはっはっ!」と沸き立つ雑魚ども。



「まるで人形みてぇな座り方だなぁ! おおっと、ゴーレムだったかぁ! ぎゃっはっはっはっはっ!」



「しかも、跪くんじゃなくて座り込むだなんて……! あれじゃとっさに立つこともできねぇじゃねぇか!」



「バカだ! アイツバカだったんだ! あのバカさ加減……やっぱりヤツはゴーレムだったんだなぁ!」



「やっぱりお頭には勝てなかったか! それもそうか! ぎゃははははははは!」



「お頭が強すぎたから、きっとあのポーズからコロンと犬みたいに寝転がって、服従のポーズを取るつもりなんだろうぜ!」



 ある一人のヤジに、ボスが食いついた。



「いーこと言うじゃねぇか! おいクソゴーレム! そこで犬みてぇに寝っ転がりな! 俺様の犬になったことを、町のヤツらに教えてやるんだ!」



 ボーンデッドはもはやためらわない。

 主人の命令に従うように、素直に背中を倒して横になると……両手両足をちぢこませ、その場でゴロンゴロンと転がりはじめる。


 敵将の首を取ったかのように沸き立つ蛮族。

 変わり果てた将の姿を、直視できずに目をそらす町の人々。


 ララニーは、滝のように涙をあふれさせていた。


 しかし……それらはすべて止まることになる。

 歓声も、嘲笑も、悲しみも、涙も……すべては、たちどころに。



「……ロケットぉぉぉぉ……キィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!!!!!」



 かつてこれほどまでに、気合を入れてトリガーを引いたことはなかった。


 まだ足という武器があることに気づいた俺は『ロケットリム』のスキルに1ポイントを振って、レベル2にしたんだ。


 『ロケットリム』はレベル1だと手が飛ばせるだけだが、レベル2になると足も飛ばせるようになるんだ……!


 ……ズバァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!


 ララニーの口癖の擬音のように、空を切り裂く巨大な足。


 16文キックの数倍のサイズと破壊力を持つそれは、『キング・バンディット号』の顔面にモロにヒットする。


 大口径の銃弾を受けたように四散する頭部。

 王冠だけが、空き缶のように高く宙に舞い上がった。


 その様を、口をあんぐりと開けた間抜け面で見ている、サンタキャップのオヤジども。


 敵将の首を取ったはずなのに、いつの間にか首をとられていた……。


 そんな声が聞こえてきそうだった。


 しかし……そのアゴは、とうとう外れてしまう。



「あががががっ!? おっ、おい、見ろよっ!? ゴーレムがっ!?」



「かっ、片足で飛び起きたっ!?」



「う、ウソだろっ……!? そんな芸当、メルカヴァでも無理だっ!?」



「ああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 アゴどころか、生首すら外れそうなほどの驚愕が、のどかな丘を支配する。

 もはや敵味方も関係なく、皆が同じ表情で俺を見ていた。



「けっ……ケンケンしてるぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」



 俺は、ボーンデッドを片足飛びで移動させていたんだ。


 普通のヤツにはできねぇ芸当。

 普通のヤツなら、脚一本じゃ立ち上がることだって無理だ。


 だが……俺ならできる……!

 大道芸同然の、片足移動っ……! 世界チャンプの俺なら……!


 かつて俺は、最前線にいるとき味方の誤射……というか裏切りで片足を失ったことがあった。


 目の前には、数十体の敵精鋭……しかし俺は、負けなかった。


 片足だけで立ち回って、ヤツらを全滅させたんだ……!


 それから、ネット界隈で新たな名言が産まれた。

 『チャンピオンの本気は、片足になってから』と……!


 俺はその時の感覚を思い出す。

 動きは大胆に見えるが、片足飛びは繊細な操作で成り立っているんだ。


 『コクピット安定化』スキルがレベル2になったらショックアブソーバーが付くんだが、いまはレベル1だからコクピットは揺れまくり。

 でも『ロケットリム』で最後のスキルポイントを使っちまったから、これで乗りこなさなきゃいけねぇ。


 揺れにあわせて手も動かさないと、誤操作であっというまに倒れちまう……!


 だから難易度はゲームでやったとき以上……!

 大地震の真っ只中で、針の穴に糸を通すような神業……!


 だが、俺ならできるっ……! 世界チャンプの俺なら……!



「み……見えねぇ!? おいっ、何がどうなってやがんだっ!?」



 頭部のカメラをやられ、暗闇の中にいるようにアタフタする『キング・バンディット号』。

 すでに敵が目の前にいるとも知らないソイツに、俺は組みつく。


 そのまま、ララニーを掴んでいるほうの腕をもぎ取った。

 ガキが遊びで昆虫の脚をもぐように、あっさりと引きちぎれる。



「ぼ……ボーンデッドさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーんっ!!!」



 マニュピレーターから解放され、再び宙を舞うララニー。

 ボーンデッドの肩に、チャッカリと着地する。


 そんな元気っ娘はホッとひと息つくことすらせず、すぐさま敵をビシッと指さした。



「ほらね!? あたしは大丈夫だったでしょ!? さあっ、予定どおり、ずばーんってやっちゃってくださいっ!!」



 俺は思わず苦笑してしまった。


 やれやれ、調子のいいヤツだ……。

 それにコイツには、怖がるとか怯えるとか、そういう感情はねぇのか……。


 だが、そういうところが好きだぜ、ララニー……!

 さすがは、俺の嫁だっ……!



「じゃ、お望みどおり……殴り合いとくかっ……!!」



 俺は片足立ちのまま腰を回転させ、拳のためを作る。

 肩の上にいるララニーも、同じように振りかぶっていた。



「よし……! じゃあ、ふたりでいくぞっ……!!」



 コクピット内にいる俺の声は、外には聞こえていないはずだった。

 しかしララニーは長年連れ添った夫婦のように、頷き返してくれた。



「はいっ、それではごいっしょにっ! せぇーのっ!」



 まるでララニーがモーションコントロールしているかのように、ボーンデッドはそっくりに動く。



「「でりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」」



 草原に奏でられるハーモニーとともに、太陽の恵みが詰まったオレンジのような小さな拳が突き出される。

 寸分たがわぬタイミングで、魔神の鉄槌は放たれた。



 ……ドガァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!



 キンバンのスチール製の胴体に鉄拳がめりこみ、プレス機にかけられようにひしゃげていく。


 苦痛に歪むボスのフェイス。

 乗ったまま潰された人みたいに、血まみれになると同時に消失した。


 刺激が強い映像だから、嫁には見せらんねぇなと思ってたところだ……消えてくれて助かるよ。

 どんな悪人でも、死ぬまでにひとつは良いことをするってのは本当だったんだな。


 パンチの衝撃で、キンバンの機体はダンプトラックに轢かれた人のように吹っ飛ぶ。

 数十メートル先の丘の下で叩きつけられ、バラバラになっていた。


 宣言どおりのワンパンチKO。

 いや、ふたり分だからツーパンチか。


 さぁて、あとは残された雑魚どもの後片付けだな、と思っていると、みんな土下座していた。

 人間から、メルカヴァから、蛮族から、町のヤツらから……それに俺の嫁たちまで。



「ひいいいいっ!? ゆ、許して! 許してくださいいいいいっ!?」



「やっぱり、魔神さまだ……! 魔神さまだったんだ……!!」



「人間とか魔法とか、そんなチャチなもんじゃねぇ……! もはや神だ……神様だっ……!」



 町のヤツらも口々に叫ぶ。



「そうだ……! ボーンデッド様はやはり神様だったんだ……!」



「片足で動いて、しかもボスのメルカヴァをあんなにふっとばすなんて……! ゴーレムどころか、同じメルカヴァにだって不可能だ……!」



「俺……あんなに恐ろしいパンチ、初めて見た……! 火山の噴火とか隕石の落下とか、人間じゃどうしようもない災害みたいだった……! あれがまさか、神の怒り……!?」



 いつのまにかルルニーどころか他の嫁たちも集まってきていて、祈りのポーズを取っていた。



「やはり……! 滝行で助けてくださったとき、ボーンデッド様が神様に見えたのは、間違いではなかったのですね……!」



「ボーンデッドさんって、かみさまだったんだ……!」



「かみさまだから、ボーンデッドさまっていわなきゃだめなんだよ!」



「あっ、そっかぁ! ボーンデッドさま! ボーンデッドさまーっ!」



「わぁい! かみさま、かみさまだぁーっ!」



 そう言いつつも、いつもと変わらぬ様子で足元にわっと集まってくる女の子たち。

 しかし、登るのはちょっとだけ躊躇しているようだ。


 俺がチャットで呼びかけてやろうとしたが、それよりも先にララニーが手招きした。



「ボーンデッドさまは心の広い神様ですから、いつも通りで大丈夫ですよ! ささっ、みなさん、ボーンデッドさまにのぼりましょー!」



「はぁーいっ!!」



 小さな子たちを筆頭に、飼い主に甘える子猫のようにわらわらとよじ登ってくる。

 ララニーは入れ替わるように肩から飛び降りた。


 ボーンデッドはあっというまに、聖堂院の少女たちで鈴なりになる。

 やっぱり登られるなら、オッサンじゃなくて女の子だよな……と改めて思う。


 そしてもちん、俺は見逃さなかった。

 少し離れた場所で抱き合う、ルルニーとララニーの姿を。



――――――――――――――――――――

●レベルアップしたスキル


 武装

  Lv.01 ⇒ Lv.02 ロケットリム

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