第14話

 プリーストローブの上から、エプロンとカチューシャを身に着けた聖堂院の少女たち。

 なんというか、エスカレーター式のお嬢様学校の学園祭みたいだ。


 入浴したばかりのせいか、髪も肌もツヤツヤ。

 ツギハギなんて気にならねぇほどに、ピカピカに輝いている。新一年生かよ。



「みてみて! ぼーんでっどさん! うえいとれすさんだよー!」



 小学部の子たちが俺の足元にやってきて、全身を見せるようにクルクルと回った。

 エンジェルリング標準装備のキューティクルあふれる髪と、白いローブの裾がふわりと翻る。


 綺羅星のような光が、彼女たちのまわりに見えたような気がした。



「てっ……天使が舞い降りた……!」



 俺は思わず口に出していた。そして、心の中では叫んでいた。


 カチューシャとエプロンだけでこんなに破壊力が増すなんて、どんだけポテンシャルを秘めてんだよ……!?

 この子たちのためなら、ターミネーターどころか伝説巨神にだってなれそうな気がする……!


 後から出てきたララニーとルルニーは、もはや大天使だった。



「えへへー! あたしたちもチャッカリ着ちゃいました! どうですか、ボーンデッドさん!?」



 ガッツポーズをしてみせるララニー。

 満開の笑顔も、いつもよりまぶしい。まるで真夏のヒマワリのようだった。


 清楚なエプロン姿の元気っ子っていいよな。

 落ち込んで家に帰ってときも「あなたの好きなところ、100個言うね!」なんて励ましてくれそうで……。


 やばい。

 想像して、ドキドキしちまったじゃねぇーか……!



「あ、あの……ボーンデッドさん、いかがでしょうか? 変では、ありませんか……?」



 ルルニーはなぜかララニーの後ろで縮こまり、もじもじしていた。


 いかがも何も、隠れてるからほとんど見えねぇ。

 リンゴのような顔がチラチラ覗いているだけだ。


 いつものローブにカチューシャとエプロンを付けただなのに、なにを恥ずかしがってるんだろう。

 あれじゃまるで、裸エプロンにでもなったみてぇじゃねぇか……。


 心の中でそうつぶやいた途端、俺はみなぎる想像力によって、心臓を急襲されてしまった。


 ううっ……!?

 るっ、ルルニーの裸エプロンっ……!?


 玄関を開けるなり「あなたが、喜んでくれると思って……」と恥じらいながら迎えてくれる姿を想像して、思わず機体ごとよろめいてしまう。


 さっ……山賊どもに襲われてもびくともしなかったボーンデッドを、ノックバックさせるとは……!

 ルルニー……恐ろしい子……!



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『聖堂院のカレー屋さん』の開店準備は万端となった。


 町はまもなく夕暮れ時。

 腹を空かせた町人どもが、タダのカレーにつられてやって来るはずなんだ。


 カレーを食わせてやりゃ、胃袋をガッチリ掴めるはず。

 そうなればこっちのもんだ。


 なんたってカレーには、恐ろしい中毒性があるんだからな……!

 いちど食べたら、聖堂院に通わずにはいられなくなるほどに……!


 ちなみにこのアイデアは、子供が教会に行くとお菓子がもらえるというのをヒントにした。


 退屈なお説教も、お菓子というご褒美があれば耐えられる。

 そして子供の頃から教会に行くクセをつけておけば、大人になってからも通うようになるって寸法よ。


 ……さぁ、来いっ! でっかい子供たちよ……!


 と意気込んでいたのだが、現実はそう甘くはなかった。

 待てども待てども、誰も来やしねぇんだ。


 おかしい……メシ時だってのに、誰ひとり来ないだなんて……。

 この聖堂院は町はずれにあるから、少し歩かなきゃならねぇが……そんなに遠いってわけでもねぇのに……。


 まさか……タダメシがあっても行きたくないってほどに、嫌われてんのか……?



「……おきゃくさん、こないね……」



「うん……たいくつだね……」



 最初はワクワクしていた小さな子たちも、そろそろ飽きてきたようだ。

 椅子に腰掛けた足を、つまらなそうにプラプラさせている。



「かれー、すっごくおいしいのに……まちのみんなも、おいしいっていうはずなのに……」



「においもこんなにいいのにね……」



 俺は、思わずシートから立ち上がった。

 同時に、ララニーも椅子から立ち上がった。



「あたし、町に行ってきます! 町のみなさんに来ていただけるよう呼びかけてみます!」



 言うが早いが走り出そうとしたララニーを、俺は足で遮って止める。

 しかし急には止まれず、「ぎょわっ!?」とくるぶしにぶつかって倒れてしまった。


 尻もちをついたまま、キッと見上げてくるララニー。



「と……止めないでくださいボーンデッドさん! このままではボーンデッドさんが考えてくれたカレー屋さんのアイデアが無駄になってしまいます! だからこのあたしが行って、町の方たちの首に縄をつけてでも……!」



『マア マテ』



 俺は屈んでララニーの身体をすくいあげる。

 ほっといたら、すぐにでも町の方に殴り込んでいきそうだったからだ。



『カンガエ アル』



 そう打ち込みながら、あわてんぼ少女を肩に乗せる。


 彼女をはじめとする聖堂院の女の子たちは、俺の身体に乗ることにもはや抵抗がない。

 人に慣れた肩乗りスズメのように、チュンチュンと聞き返してくるララニー。



「えっ……? 考えって……?」



『ミテロ』



 短くそれだけ返して、俺は庭の隅にある臨時厨房のほうへと移動した。

 町のある方角に向き直りつつ、スキルウインドウを開く。


 武装の『ウインドアーム』を獲得。

 これは、腕から風を起こすことができるスキルだ。


 くつくつと煮立つカレーの大鍋の上で、両の手のひらをバッと前に突き出す。

 すると、腕と腕とが羽根のない扇風機になったかのように、突風を巻き起こした。



「わわっ!? かっ……風が!? びゅーびゅーって!?」



 突如発動したウインドアームに、のけぞるララニー。

 仰天するあまり肩から落ちそうになっていたが、ボーンデッドの頬にしがみついてなんとかこらえていた。


 サーキュレーターのように渦を巻くこの風は、遠くまで届く。

 この町外れの聖堂院からたちのぼるカレーの芳香を、町まで届けてくれるだろう。


 そうしたらしめたもの、あとはニオイにつられてやってくるのを待つだけ……!


 この作戦は、幼い子の何気ない一言がヒントになって思いついたんだ。

 足元にいるヒントガールたちは涼風に喜び、わあぁ……! 歓声をあげている。


 そう、この子たちも最初はニオイにつられてやって来たんだ。


 得体の知れないロボットがつくるメシだというのに……。

 食べた事どころか、見た事もないメシだというのに……。


 初めて嗅ぐはずのカレーの香りは、子供たちのお腹をグーグーと刺激していたんだ……!


 その効果は覿面だった。


 フラフラと、まるで生者を求めるゾンビのように、町のヤツらが聖堂院の入り口に姿を現したんだ……!

 誰もが魔法にかかったかのように、鼻をヒクヒクさせながら……!


 見晴らしのいい場所にいたせいか、次に気づいたのは聖堂院きっての元気っ子だった。

 脊髄反射のような速さで、指さし叫ぶララニー。



「ああっ!? 見てください! 町のみなさんが!」



 すぐさまボーンデッドの肩の上に立ち、プールの飛び込み台のようにして地面に降りようとする。

 だがその寸前で「いいことを思いつきました!」みたいな表情になった。



「さあっ、みなさん、ごいっしょに! いらっしゃーい……!」



 そう音頭を取りながら、何を思ったのか……ボーンデッドの両腕めがけて飛び込みやがったんだ……!


 当然、『ウインドアーム』の風に巻き込まれる。



「ませぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ギュルギュルときりもみしながら、スーパーマンのようにすっ飛んでいくララニー。


 俺は手を伸ばして捕まえようとしたのだが、間に合わなかった。

 庭は「ヒャーッ!?」と息を呑む悲鳴に包まれる。


 しかし……お騒がせ娘は聖堂院の入り口に生えている木の中にダイブし、事なきを得ていた。


 しかも、懲りるどころかしてやったりの表情。

 うまいこと枝の上に立って、「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!!」とブンブンと手を振って歓迎していた。



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●レベルアップしたスキル


 武装

  Lv.00 ⇒ Lv.01 ウインドアーム

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