地縁 Ahena(ちゆかり アヘナ)

dni

プロローグ アヘナの旅人

アヘナより来りて櫂をこぐ

 白い霧がアヘナの水面を這う。音のない湖に、かすかに鉄塔の影が揺れた。沈んだ霊場の霊気が滲み出し、小舟の軋む音だけが響く。

 アヘナとは、トクシー、チーコ、クグワ、イヒメの4つの地方から成る大陸の名称だ。現在は、地殻変動により大陸の中央山地が沈み、そこだけが巨大な湖となっていた。

 小舟を漕ぐのは遍路装束の旅人。白木綿が霧に濡れ、笠の奥で静かな瞳が輝く。「同行二人どうぎょうににん」と呟き、櫂を握る手に力がこもった。八十八ヶ所を巡れば、邪悪竜は眠る。彼はその伝承を追っていた。


 小舟がたどり着いたのは、トクシー西端の岸だった。だが、そこは霊場ではなく、腐臭漂うゴミ捨て場だった。Kヌードルの容器、コンピューターの基板、廃プラスチックがうずたかく積まれ、カラスの鳴き声さえ濁って聞こえる。


「白装束か。邪悪竜教団の信者か?」

 胡麻色の被毛のアヘナ犬がうなり、右後ろ脚の義足がキュィンと気流音を立てた。その背後に、藍色のローブ姿の青年がKヌードルの容器を片手に現れた。

「仕事中に、Kヌードル チャーシュー入りは、贅沢すぎるぜ」カップ麵をすすりながら笑う。そして、「俺は、ハーミテックの賢者だ」と皮肉な笑みを浮かべ、旅人を見つめた。


「僕は、アヘナの旅人。よろしくね」

 ぺこりと頭を下げる旅人。その反動で笠の中の赤毛がのぞいた。

「アヘナ大陸の八十八ヶ所を巡る旅をしているんだ……」

「八十八ヶ所巡り?  いつの時代の話か知らんが、無意味だ。このトクシーを見ろ。ゴミ処理広域化計画は失敗、ダムの毒水がクグワをも蝕み、向こうじゃ……うどんの禁止で病が大流行さ」


「遍路は呪いを解くんだ」

「フッ、胡散臭いな。お前」

 ハーミテックの賢者が、背後を見せ、腰のデッキホルダーに手をかける。そのデッキホルダーは、形状記憶気流という変形をうけてもすぐさま元の流れに戻り、一定の形を保つ空気流で構成されており、その中のカードは、ダークラスLEDという最新の発光素子によって淡く輝いていた。


「遍路など過去のものだ。だが、いつの時代も変わらないものがある……」

「いつでも信念を貫けるかどうか! このドロール・カードゲームのようになぁ!」

 尋問も兼ねた、カードゲームによる対話が始まろうとしていた。



 ――※レッツ(Let's)、インウィズ・ドロール(InwithDroll)!



※Let's InwithDroll!……「面白おかしくカードゲームにのめり込みましょう!」という意味を持つ、ゲーム開始前に発するプレイヤー同士の掛け声。ちなみにアヘナの造語であるInwithDrollは動詞である。

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