閑話 人は皆何かを探す者


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ニャ……ニャっくしょいっ!?」


 ガタゴトと定期的な振動と共に進む馬車の中、真っ赤な毛並みの猫ナエのくしゃみの音が響き渡った。


「風邪かニャ~? それとも誰かがオレ様の噂をしてたり? う~ん。モテる猫は辛いニャ!」

「単にこの前の戦いの疲れが響いているのだろう? バカは風邪をひかないという話だが、この異世界では当てはまらないらしいな」

「ヒドイっ! オレ様バカじゃニャいよボスっ!?」


 同じく馬車に揺られる男、西東成世の心底不思議そうな顔に、ナエはわざとらしくおよよと泣き真似をしながら崩れ落ちる。


 成世達は初期位置であるココの大森林を抜け、ヒュムス国の王都まで向かっていた。


 途中何度か凶魔やモンスターに襲われることがあったのだが、それと戦った際成世の呼び出した召魂獣が思わぬ力を発揮した。


 まずナエは種族的には火炎猫ファイアキャットというモンスターに近く、名前の通り火属性の魔法に適性があったのだが、それと同時に水属性、それも氷系統の魔法を同時に使用できたのだ。


 二足歩行して片手の爪に炎、もう片方に冷気を纏わせて敵に突撃していく様は、明らかに並のモンスターの域を超えていた。


 そして一緒に呼び出したリョウもまた、影狼シャドウウルフというモンスターの特徴に近い闇属性……特に影系統の操作は抜群だった。影から影に移動しつつ奇襲をかける様は、そこらの暗殺者にも引けをとらなかっただろう。


「まさか相手の脚を自分ごと凍らせて動きを封じ、そのままリョウにトドメを刺させるとは。それで冷えたのが原因だろう」

「ニャッハッハ! あれは我ニャがら天才的な作戦だったニャ! ニャイスフォローって奴ニャ!」

「……まあただのバカじゃ思いつかない作戦だな。大バカじゃないと」


 素の頭は悪くないが、自分からそうやって道化を演じる点がやっぱりバカなのだと、成世は内心そう思っていた。


「ハグッ! ……プ~イ! ププイ?」

「こらプゥ! その「ナエっておバカなの?」って目をするんじゃニャいよ!? しかも飯喰いながら。それにそこのワン公! そっちはそっちで我関せずってニャ感じで寝てんニャ!?」

「…………ふん」

「鼻で笑うんじゃニャ~いっ!」


 成世の肩に乗ったまま果物を齧る、デカい苺大福のような見た目の同じく召魂獣プゥ。そして馬車の隅で静かに伏せたままの大きな黒い狼リョウの態度が気にくわなかったのか、ナエは両手上げて振り回しながら憤慨している。というか普通に二本足で立っている。非常識な猫だ。


「そんニャ。オレ様の味方は居ニャいのか。かくなる上は……メ~イ! オレ様を慰めておくれニャ~!」

「えっ!? ……よ、よしよし?」


 ナエが泣きながら飛びついたのは、もう一人の馬車の搭乗者。メイと呼ばれた灰色のフードを目深に被った少女が、胸元に飛び込んできたナエに目を白黒させながらも落ち着かせるようにその毛並みを撫でる。


「グスッ……メイは良い子だニャ。この調子でオレ様をもっと褒め称えてくれニャ! オレ様褒められると伸びる子ニャ~よ!」

「え~っと、ナエちゃん強い子元気な子?」

「いや雑っ!? もうちょっとニャんとかニャらない?」

「お嬢様。そういった手合いは構いすぎると調子に乗るだけですよ」


 困った顔をするメイだが、ぴしゃりと御者席から聞こえたたしなめるような声に背筋を伸ばし、ゴメンねとナエをそっと床に置く。


 今声を上げたのはメイの従者オネットだ。珍しい自立型ゴーレムである彼女は、その人形のようなつるりとした顔を少しだけ馬車内に向けた後、すぐにまた前を向いて馬車の運転に集中する。


 ナエもそれなりに気が済んだのか、前足で軽く顔を擦るとそのまま丸くなった。そしてしばらく馬車の揺れる音だけが響き、


「メイ。これからの予定は頭に入っているか?」

「は、はいっ! え~っと、まず王都に向かって、そこから情報を集めるんでしたよね」


 急に成世から声をかけられたメイは、少しどもりながらも成世にそう返す。


「そうだ。聞くところによると、ヒュムス国で最も大きい都市らしいからな。そこなら互いに探している情報も集まるだろう。……俺はあのバカ時久の所在を。お前は」

「お母さんを助ける方法を見つけますっ! 絶対」


 力強くそう宣言するメイを見て、成世はほんの僅かにだけ目を細めてそっと近づき……そのままフードの奥の素顔と向かい合う。


 そこにあったのは、狐に酷似した耳を生やした子供の姿。それだけならまだ良かったのだろう。


 


 白髪と赤眼はこの世界において禁忌とされる混血の証。元々住んでいた場所を出るだけでも、周囲からの視線はメイに激しく突き刺さるだろう。


 そのことは当然本人も分かっているだろうに、その瞳に見えるのは必ず母を助ける方法を見つけるという意志のみ。


 それを再度確認し、成世は一度大きく頷く。


「それで良い。ここで絶対に助けるという意志を示せないのであれば、さっさと俺だけで王都に向かっている所だ」

「ナルセさん。……ありがとうございます」


 嬉しそうに頭を下げるメイに、成世は勘違いするなとばかりに難しい顔をする。


「これはあくまで互いに利があるからの行動に過ぎない。俺にはこの世界に詳しい道先案内人が必要で、お前はオネット以外にも手足となる人材が必要だった。そして丁度互いに探す何かがあって、見つかるまでのその間互いに協力する。ただそれだけの事だ」

「あ~あ。また始まったよ。もう素直じゃないんだからボスは!」

「何が言いたい? ナエ」


 そこにナエが丸くなりながらニヤッと笑って割り込む。


「べっつに~。一回は助けを求める声を蹴って出発したくせに、結局ママさんを助けるために一人でも向かおうとするメイちゃんをほっとけなくて、そんな言い訳を作って舞い戻るようななんだかんだお人好しなボスだなんて思ってたりはぴぎゃっ!?」

「それ以上言うとデコピンを喰らわすが?」

「もうしてるもうしてるって!? いったぁ~。召魂獣虐待ニャ!? というか今の本気で板ぐらい割れるんじゃねっていう威力してたニャ」


 額を押さえて涙目になるナエ。それを見て、リョウは何も言わずただため息を吐き、プゥは痛そうとばかりに触覚で目を塞いでいた。


「お人好しじゃなく、あくまで互いに利があるからだといっただろ。それに……」

「それに? ああ分かった分かった! もう聞かニャいのニャ!」


 またデコピンの準備をする成世を前に、流石にまた喰らっては溜まらないとナエもあっけなく降参する。


 ちなみに成世があとでぼそりと言った「それに……アイツらならこうするだろうと思ったからだ」という言葉を聞いていたら、もう一撃額に入っていただろうことは想像に難くない。


 そこへ、


「前方に村が見えます! 物資の補給のため一時的に立ち寄りますが、宜しいでしょうかお嬢様?」

「うん。お願いオネット!」


 仕える相手の許可を受けたオネットは、軽く手綱を操って馬を誘導していく。成世が馬車の隙間から外を見ると、確かにこのまましばらく進んだ先に村のようなものが見える。


「プイ! ププ~イプイ!」

「何言ってるか分からニャいけど、まあ楽しそうってことは伝わるニャ! 馬車の旅ばかりで身体が鈍ってきた所だし、オレ様も久しぶりに思いっきり羽を伸ばしたい所だニャ!」


 プゥはふよふよと宙に浮かんで楽しそうに、ナエはググっと背伸びをしながらどこか気楽に、そしてリョウは何も言わずにスッと顔を上げてこれからの事を考える。


「ところでメイ。外に出るというのなら、ことを薦めるぞ」

「あっ!? そうでした。……えいっ!」


 メイが持っていた何かの葉を額に当てて念じると、葉が消えると共にポンっと煙が上がり、髪と瞳の色が茶色っぽく変化した。


「よし。それなら問題ないだろう」

「はい! 沢山練習しましたから!」

「プイプイ!」


 どこか嬉しそうに言うメイの姿を見て、プゥは自分もつられて笑顔を見せる。口に食べかすが付いているのはご愛敬だ。


(……ふぅ。さて。王都に着く前に、村で何かしら進展があれば良いのだが。……あのバカ見つけたらとりあえず殴る)


 そんな地味に物騒なことを考えながら、成世達一行を乗せた馬車は進むのであった。

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