閑話 ある奴隷少女の追憶 その三


「ふむ。どうですか? その奴隷は少しは使えるようになりましたか?」

「来るなり第一声がそれかよ!? もう少し労ってやったらどうだ?」

「道具を労って何か私に益でも?」


 クラウンの言うことにジロウが食って掛かるが、私は別に腹も立たなかった。実際私は奴隷であり、主人の道具と言われても間違っていない。


「ったく! セプトも何か言い返して良いんだぞ!」

「別に、良い。間違って、ないから」

「……はぁ。出来ればそっちの方も改善しておければ良かったんだけどな」


 ジロウはなぜか溜息をついていた。何故だろう? ただ当然のことなのに。


「戦闘面に関しては及第点だ。まだ粗削りではあるが、そこらの暴漢程度には遅れはとらないだろう。出来れば心構えとかも鍛えたかったんだが、流石に時間が足らなかった」

「それは別にいいでしょう。道具に意思などは不要です。細かい調整は私の方でしておきましょう。……さぁ。行きますよ」


 クラウンご主人様は私に向かってそう言い放ち、自分の開けた転移用ゲートに歩いていく。主人が行くのであればそれに従うのが奴隷の務め。私も後に続こうと一歩踏み出した時、


「待った」

「何です?」

「最後にもう五分くれ。これでも一応短いとはいえ弟子だ。別れの言葉くらい言わせろよ。セプト。ちょっと来い」

「……三分です。それなら待ちましょう」


 しぶしぶという感じで足を止めるクラウン。私はまだ何か話すことがあっただろうかと不思議に思いながらも、ジロウに呼ばれてそちらに向かう。


「何か、あった?」

「実をいうとな…………。って待った待った! それじゃあって感じで普通に去ろうとするんじゃないよ! 最後になるかもなんだしもっとお喋りしようぜ!」


 何もないみたいだから行こうとしたらやっぱり止められた。


「とまあ場を和ます小粋なジョークはここら辺にしておいて、本題に入ろうか。……本当はな、お前さんを鍛えるのを止めようかと最初は思ってたんだ」


 ジロウは真面目な顔をしてそう言った。これはおそらく本当なのだろう。


「それは、私が出来ない子だから?」

。クラウンにはああ言ったけどな。ぶっちゃけた話、お前さんの才能は相当なものだ。素の魔力量もそうだが、並の魔族じゃ大人でもあそこまでの影造形が出来る奴はあんまりいない。それをこの齢で出来るってのは凄いことだぞ。それを一日目で感じて、昨日の卒業試験で確信に変わったね」

「でも、結局ジロウに一撃当てられたのだって、無我夢中で、次は多分出来ない」


 私がそう言うと、ジロウは軽く首を横に振った。


「俺が教えた奴は他にも何人もいるけど、俺に一撃食らわせた奴はお前さんが初めてだった。筋の良い奴でも皆十日近くはかかってたよ。最短記録更新だ。まぐれだろうが何だろうが、これまでの奴が誰も出来なかったことを成し遂げた。お前は凄い奴だ。……だからこそ、

「どうして?」

「ここが悪の組織で、俺がそこの幹部みたいなものだからだよ」


 ジロウは初めて見る表情をしていた。どこか笑っているような、泣いているような、それでいて開き直っているような、そんな顔を。


「首輪を着けられたことは問題じゃない。俺は悪事を働いたことがあるし、これからも多分行うのだろう。そして、このままだとお前さんもそうなる」

「私も?」

「ああ。俺が鍛えることで、お前が強くなって何かやらかすかもしれない。もしかしたら平然と誰かを傷つけるようになるかもしれない。しかもそれが凄い才能を持った奴で、おまけになおさらだ」


 ジロウはそう言いながら横目でクラウンの方をチラリと見る。


「だから最初は無理にでも断ろうかと思った。……だがな、セプトがあんまりにも俺の訓練に懸命についてくるもんで、結局止め時を見失って今に至るってわけだ。なので、鍛えちまったもんの責任として言っておくことがある。……

「大切なもの?」

「ああ。ヒトでもそうじゃなくても良い。守るべき何かって解釈でも良い。ただしでな。主人に尽くすのはお前の考えなら当たり前だろうから、主人以外に大切と思える何かを作れ。……それがいざって時に、お前を繋ぎ止めてくれる。ちなみにこれは実体験だぜ! 俺にはそういうのが居なかったから、ずるずる流れて結局こんな風になっちまった」


 主人以外に大切なもの。……特に思いつかない。家族はもう居ないし、他の奴隷達もそこまでではなかった気がする。強いてあげるとするなら。


「うん。分かった。ジロウがそれ」

「……嬉しいが俺も抜きだ。どうせなら悪党以外にしてくれ」

「いい加減にしなさいっ! もう三分過ぎてますよ! これ以上は付き合いきれない。行くぞセプト」

「では、ジロウ。お世話に、なりました」


 いつの間にもうそんなに経ったのか、クラウンはしびれを切らして一人すたすたとゲートに歩いていく。これ以上はいけない。私もペコリと頭を下げ、クラウンを追いかける。


 そしてクラウンがゲートを通ったのを確認し、自分もそれを通ろうとした時、


「じゃあこれは宿題だからな! 次に会うことがあったら、俺にそれを紹介するんだぞ!」

「うん。分かった」


 宿題ということであれば手を抜く訳にはいかない。まだ大切なものというのはよく分からないけれど、奴隷としての奉仕の合間にでも探してみようと思った。





 それからしばらく、私はクラウンに従い最初に連れられた拠点で、クラウンの身の回りの世話をする日々だった。


「ふん。こんな程度の雑務もこなせないとは、役立たずですねぇアナタ」

「すみませんっ! 申し訳ありませんクラウン様」


 私以外にもそういった奴隷は何人もいて、クラウンは奴隷が何か失敗をする度にそう言葉と身体への暴力で責め立て、奴隷の方はただ跪いて許しを乞う。それの繰り返し。


 その様を見ていると、どうやらクラウンはわざと奴隷が失敗しやすいように仕事を割り振っているようにも見えた。


 そうして奴隷が失敗した時、そのフードの下の素顔はどこか厭らしく歪んだ笑みを浮かべていた。つまり私達奴隷達は成功しようが失敗しようがどちらでも良いのだ。成功したら良し。失敗したら虐める口実が出来る。


 私自身も当然何度か失敗した。その度にクラウンに責められる。のだが、


「……もう良いです。下がりなさい。……まったく。つまらない子ですねぇ。どれだけいたぶってもあまり表情が変わらない。これなら他の奴隷を相手にした方がまだ幾分か楽しめるというものです。使えるのは戦闘面だけですか」


 何故かクラウンは、他の奴隷に比べてあまり私を責めることは無かった。他の奴隷達は私の事を羨ましそうに見ているが、私からすればより主人の役に立っている他の奴隷達の方が羨ましい。


 よく無表情だと周りから言われていたが、それがこんなことになるなんて。


 ジロウからの宿題である大切なものもまだ見つかっていないし、私はどうしたら良いのだろうか?





 ある日、


「くそっ! あの女め。奴さえ……奴さえいなければこんなことには。あのイザスタとかいうクソ女めがああぁっ!」


 今日はとても大切なことがあると言って朝からどこかへ出かけて行ったクラウンが、全身ボロボロで疲労困憊の有り様で帰ってきた。


 そのイザスタという誰かへの恨み節をぶちまけながら、自身を手当てしようとする奴隷達に八つ当たりで拳を振るう。私にも当たったが、弱っているせいかいつもより痛くない。


 場合によっては私達よりも高価なポーションもふんだんに使い、どうにか身体の傷までは完治したものの、魔力がほとんど空に近い状態らしくクラウンはしばらくベッドで安静にすることとなった。


 その状態でもいつものように奴隷達に仕事を申し付けるクラウンだったが、普段より弱っているため失敗しても折檻があまりなく、他の奴隷達はずっと寝たきりなら良いのにと噂しあっていた。





 そしてしばらく経った頃、ようやくクラウンも魔力もほどほどに回復して寝たきりではなくなり、奴隷達がまたあの酷い時に逆戻りかと嘆いていた時、


「ほぅ。てっきりあの場で実験体に殺されたかと思っていましたが、まだ生きていたようですね」


 クラウンが、誰かと連絡を取り合っているのをたまたま見かけた。クラウンは私を見てもまるで置物か何かのように気にも留めない。


『……えぇ。命からがらといった所だけどね。……それよりも、これからの契約のことも話し合いたいから一度合流したいの。……迎えに来てもらえる? 場所はこの道具で大体分かるのでしょう?』

「構いませんとも。ただ、周りにヒトが居る所には向かいたくありませんね。……そこから少し離れた所に岩場があったはずです。そこで二時間後に合流ではいかがですか?」

『……場所は構わない。でも時間は三時間後にして。こちらにも色々と都合があるの』

「良いでしょう。では、三時間後に」


 それを最後に通信は切れる。……どうしたのだろうか? クラウンの顔がまた妙なことになっている。


 それはまだ万全ではない身体を使おうとすることの億劫さと、奴隷達が失敗した時に向けるどこか歪んだ笑みが混ざったような顔。


「クフッ! あの場で死んでいれば良かったものを。……まあ良いでしょう。多少の手間ではありますが、あの忌まわしい顔が苦痛に歪む様を見物するというのも中々に面白い趣向です。どんな風になるのか楽しみですよ


 そしてクラウンはひとしきり嗤ったかと思うと、急に私を伴って出かけると周りに宣言した。時間は今から三時間後。どうやらさっきの連絡の相手と会う際に私も同行させるらしい。


「さあて、やっと貴女が役に立つ時が来ましたよセプト。そのたった一つの取り柄である闇属性の力、存分に振るってもらいます」


 クラウンの言葉に、私はただこくりと頷いた。


 私は奴隷。どんなヒトであろうとも、ただ主人に尽くすだけなのだから。

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