第179話 炎熱と氷雪
◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ぷはぁ。よし。まだ行ける」
ヒースは持っていたポーションを一息に飲み干す。どうやら体力回復系のようで、さっきまでやや血の気が失せつつあった顔色が少しマシになった。
さて、こうしてヒースを助けに飛び込んだは良いもののどうするか。さっきの攻防を見る限り、どうもこいつら俺より強そうなんだよな。
「あ~。今のは効いたぜ。ちっと腕が痺れちまったよ。お礼に……その腕二つとも切り落としてやろうか? ああん?」
『ふむ。これはまいった。実に、実に面倒な話だ。君達もそうは思わないかね? どうせ死ぬならそのまま首を差し出してもらえると、こちらとしても早く済むしそちらも痛みが少なくて済むと思うのが……どうだね?』
怖えっ!? ネーダとか呼ばれていた冒険者風の奴もそうだけど、その後ろの仮面の男は別の意味でまた怖えっ! 凶魔とかと対するのとはまた違った怖さだ。
「はっ! 言ってくれんじゃねえか。てめえらこそここで素直に詫び入れて俺にボコボコにされるってんなら優し~く殴ってやんよ! その舌が回らなくなる程度までだけどな」
「おっと。それは困るな。この者達……特にその仮面の男にはこちらも借りがたっぷりあるんだ。捕縛してごうも……尋問出来るだけの分は残しておいてくれ」
う~む。こっちも怖さじゃ負けてなかった。口喧嘩ならどっこいどっこいだな。……俺? 俺はそこまで口が達者じゃないから言わないのさ。というか出来ればこんなのに混ざりたくはない。
しかしどう見ても相手は目撃者をぶっ殺す的な殺気を放ってるし、こっちの二人も殺気ではないがそれに近い勢いだ。全面対決は避けられそうにない。……まあ俺個人的にも、どう見ても悪者っぽい向こうの二人を捕まえることは賛成なので助太刀はするが。
「……ところで、ボンボーンは怪我の方は? さっき見た時は全身にそれなりの傷を負っていたようだが」
「おう。さっきシーメってガキに軽く手当てをな。まだ安静にしてろって言われたけどよ。……やられっぱなしは趣味じゃねえんだ」
ヒースの疑問にボンボーンさんは軽く腕をあげて答える。そう言えばあの三姉妹はそれぞれ光属性が使えるという事だったな。光属性の中には人の傷を治す魔法もあるし、多分それだな。
横目でチラリと見ると、シーメは他の建物の陰にボンボーンさんが引っ張っていた二人とともに隠れている。小さく光っていることからまだ向こうは治療中らしい。
「おうおう。もっと喋れよぉ。それがお前らの最後の団欒になるんだから未練の無いようになぁ!」
向こうは余裕だな。ヒースがポーションを飲むのを見逃して、おまけにこっちの作戦会議を黙って聞いているなんて……いや、向こうもよく見たら何かを口に含んでいる。互いにこの時間を利用して回復を図っているってわけか。
まあ時間をかけるのはこっちとしては好都合。シーメの治療には見たところまだかかりそうだし、時間をかければ応援が駆けつける。こっちとしてはもうしばらくこうして睨み合ってもらった方が助かるくらいだ。だが、
「おい。早速前払いのアレ使っても良いか? この糞どもを手っ取り早くかつ惨たらしくぶっ潰してやりたくてよぉ」
『……良いだろう。ただし手早くな』
「そうこなくっちゃあ!」
その言葉と共にネーダが一歩前に出る。……どうやら奴が向こうの護衛の立ち位置らしい。相変わらず仮面の男は前に出ようとせず、その後ろに控えている誰かも動きはない。しかしそれがかえって不気味だ。
「おい。……お前じゃねえんだよ。俺はそこの仮面の野郎を殴りてぇんだ。サッサと退きな!」
「僕も同感だ。無論お前も捕らえるつもりではあるが、まずはその仮面の男からだ」
「うるっせえなどいつもこいつも。……お前らは黙って俺に刻まれてたら良いんだよぉ。この新しく手に入れた剣の試し切りになぁっ!」
ネーダは今まで使っていた短剣を仕舞うと、服の内側から新しく別の二本の短剣を取り出す。それを見た瞬間、
ゾクッ!?
俺の背に悪寒が走る。アレはなんかヤバいっ!
形はどちらも同じでやや反りのある両刃。ただ色だけが対照的で、片方は刀身が透き通った深い青色。もう片方が炎のような赤みがかったオレンジ色だ。
芸術品としても明らかに高そうと一目で分かる品だが、ただそれぞれ柄の部分に明らかに後付けと思われる黒い宝石が埋め込まれていて、そこから嫌な感じを漂わせている。
一応先に言っておくが、俺に武器の良し悪しの知識はない。今日武器屋に行った時だって、店内に置かれていた武器の目利きは全て貯金箱で行っていたし、見ただけでは数十万デンの武器も数千デンの武器もよく分からなかった。
ネーダが短剣を取り出したことで、互いの緊張は一気に高まっていく。ヒースは剣を強く持ち直し、ボンボーンは拳を握って構えを取る。俺は……とりあえずポケットに手を突っ込んで小銭を握りしめる。
「さあてたっぷり休めたことだし、そろそろケリを着けようじゃねえか。……お前達がボロ雑巾みたいになって死ぬって結末に向けてなぁっ!」
そう言いながらネーダが左右に軽く短剣を切り払い、こちらに向かって突撃してくる。それが戦いの再開の合図となった。
「……くっ! 僕とトキヒサでこの短剣使いに当たる。ボンボーンは仮面の男を足止めだ!」
ヒースはほんの一瞬だけ葛藤しながら、向かってくるネーダを自分と俺が当たることを宣言した。
個人的には自分が一番に仮面の男を追いたいのだろう。しかし、いくらヒースでもネーダと仮面の男の二人を相手取ればさっきの二の舞だ。
だが今はさっきまでとは違い、相手を分断させられるだけの人数が居る。そしてネーダとついさっきまで戦っていた自分なら相手の癖なども分かる。体力も回復したしもう遅れはとらないという判断だろう。
「命令すんな! 俺は俺で勝手にやるだけだっ」
ボンボーンはそう返しながら大きく回り込んで仮面の男の方に向かった。向こうも仮面の男を狙っていたようだし、断る理由は特にない。
……僅かな時間でここまで考えたのは正直凄いと思う。流石以前調査隊の副隊長を務めていただけあって、状況判断には優れているのだろう。……だけど、だけどな。
「何で俺がこっち側なんだよっ! 俺は応援が来るまでどちらかというと後方支援が良いんだけど」
「今さっき付き合うと言ったばかりだろうが。……来るぞ! 訓練のように金属性を頼む。今回は流れ弾でなくて良いからな」
「ああもうっ! しょうがない。こうなったらやけくそだっ!」
俺は両手に硬貨を持って構える。さあ来るなら来い! ……出来れば来ないで欲しいけどな。
「ヒャッハー! くたばれやぁっ!」
「むんっ!」
凄い速さで斬りこんできたネーダの一撃を、ヒースはその長剣でがっちり受け止める。
ネーダはさっきと同じように二刀を持って様々な角度から斬りこむが、一対一であればヒースも負けはしない。全てを長剣一本で完全に受け切って見せる。この調子なら俺が出る必要ないんじゃないか?
「うおりゃあっ! 黙って俺の拳を食らえやぁ!」
『“土弾”……“土槍”』
向こうも別の意味で凄いことになっている。仮面の男が速度重視の無詠唱で放つ礫や鋭い土の槍を、ボンボーンさんはそのガタイに似合わぬ機敏さで回避しながら拳を繰り出す。
だが向こうもつかず離れずの距離を保っているので拳がなかなか当たらない。硬直状態だ。
「どうやらそっちはあの仮面の男の掩護は期待できないようだな。なら……このまま押し切らせてもらうっ!」
「甘ぇなあ。甘い甘い。わざわざ俺がこの剣を取り出した意味がまるで分かってねぇ。……
その瞬間、赤い短剣の刀身が
「何っ!? うわっ!」
ヒースは燃える斬撃をとっさに受け止めるが、剣を通して炎熱が手の甲を軽く炙る。一瞬反射的に剣を取り落としかけるも、そのまま強く上に剣で弾いて返す刀で振り下ろそうとする。しかし、
「熱いか? なら冷やしてやんよっ!
今度はもう片方の青い短剣から凄まじい冷気が放たれ、まるで局所的な吹雪のように氷の粒がヒースに襲い掛かる。剣で払おうにも相手が吹雪じゃあどうしようもない。ヒースはたまらず一度バックステップで距離を取る。
「うほぉっ! スゲースゲー。実戦で使うのは初めてだが気に入った!」
「……その剣は」
ヒースは突如として炎と氷を発生させた二つの短剣を警戒しながらそう言う。
「炎を操る短剣レッドムーンと、氷を操る短剣ブルーム―ン。今回の仕事の報酬の前払いって奴だ。……今の内に聞いといてやるぜ」
「何をだ?」
ネーダは二つの短剣をクルクルと手で弄びながら、その濁った眼で俺達を見ながら気持ちの悪い笑みを浮かべる。
「なぁに簡単だ。自分の死因くらいは選ばせてやんよ! ……焼け死ぬのが良いか凍り付いて死ぬのが良いか、それとも普通に切られるか刺されて死ぬか? わざわざ選ばせてやるなんて俺ってホント優しいよなぁ! ヒャーッハッハッハ!」
どれもごめんだよこの野郎っ! これはヒースにばかり頼ってられなさそうだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます