第137話 女性の買い物は多くて長い

「なあエプリ。最近順調に儲かりすぎて怖いんだけど」

「……何よ急に。儲かっているなら良いことじゃない」

「だってさ。見てみろよこれ!」


 俺が指さす先には、今回イザスタさんから預かった加工済みの魔石を売り払った分の代金がテーブルに乗せられていた。


 その内訳は、銅貨が七枚に銀貨が十三枚、それに何と金貨が四枚もある。しめて四万千三百七十デンの大金だ。……四十一万三千七百円と言った方が分かりやすいだろうか。


 教会から戻った俺達は、昼食の後で予定通りに商人ギルドに魔石の鑑定と買取を依頼に来ていた。その買取結果がこれだ。


 この交渉をまとめ上げたジューネは、さっきから買い取ってくれた商人ギルドの人や鑑定士の人と握手をしながら談笑している。商人にとってこのくらいの額は慣れっこってことか?


「この世界に来てからまだ三週間、二十日ちょいしか経ってないんだぞ。それなのにこんな大金ばかり目にして……まあ牢獄でイザスタさんの荷物を換金した時の方が凄かったけど、これじゃあ金銭感覚がおかしくなるっての」

「…………そう? 私も割の良い仕事をしばらく受けたらこのくらいの稼ぎになることがあるけど」


 エプリは落ち着いた態度でそう返す。そうだった。エプリも考えてみれば高給取りの護衛だった。色々あって料金をまけてもらった上で護衛料一日千デンだもんな。


 実際は契約の内容によってもっと高額の場合もあるだろうし、金貨も見慣れているってことだろうか。


「トキヒサ。大丈夫?」

「ありがとうセプト。……セプトは流石にこの額は大金だと思うよな?」


 周りの人の予想以上の金への慣れにちょっとふらつく俺に、セプトが心配して近づいてくる。


 そうだセプトがいるじゃないか。言い方は悪いがセプトは奴隷だ。あまり大金には縁が無いはず。そんな少し情けない思いから出た言葉だったが。


「ごめんなさいトキヒサご主人様。クラウンが、よく金貨数えてた。だから、あんまり」


 セプトもだったかあぁっ! と言うかおのれクラウンっ! お前セプトの横で普通に数えるくらい金持ちだったのか?


 考えてみればエプリを雇ったくらいだから金があるのは当然か。……どのみち許すまじっ!! 少し理不尽かもしれないが、あんにゃろめは次会ったらこの分も含めてぶっ飛ばす。


 そんな怒りを燃やしていると、服の中からそっとボジョが触手を伸ばして俺を慰めるようにポンポンと背中を叩いた。ありがとよボジョ。


 そうこうしている内に、ジューネが話し合いを終えてこちらに戻ってきた。その顔ときたらどこのエビスさんかというくらいほくほく顔だ。


「いやあ今回は中々に大きな取引でしたね。私も内心ドキドキものでしたよ」

「嘘言え。平然としていたくせに」

「それはそう見えただけですよ。あんまり顔に出すと交渉に差し障りますからね」


 そんなことを言うジューネだが、それにしたってあそこまで平然といけるのだろうか? 俺だったらすぐに顔に出そうだな。


「普通魔石は加工すると使い道が限定されて値が下がるものなんですが、今回の品はよほど腕の良いヒトが加工したんでしょうね。安全性を確保した上で機能性がほとんど損なわれていませんでした。加えて元々の質が良かったこともありましたからね。かなり良い値が付きました」

「…………元々相手の提示した三万デンからここまで値上げさせた訳だけどね。……よくもまあ一万デン以上も引っ張ったものよ」

「いえいえ。それは違いますよエプリさん。多分相手方も初めから四万デンくらいで決着するつもりであの値段を提示したんです。値段の引き上げも織り込み済みですね。私のやったことと言ったら、その思惑に乗った上で値上げしてもらえるよう交渉しただけですよ」


 エプリの言葉に謙遜したような態度で返すジューネ。少しだけねぇ。向こうからしたら値段は三万代後半くらいに抑えるつもりだったと思うんだけどな。


 だって四万まで値上げした辺りから微妙に苦笑いしてたもの。さらにそこから千デン以上引き上げたんだから中々にエグイ。


「ではトキヒサさん。事前に決めていた通り……」

「ああ。ジューネが値上げした分の二割を報酬に渡すんだったな」

「サービスで端数はまけておきますよ。ここではなんですから、屋敷に戻ってから支払いをお願いしますね」


 ジューネはふふふと小悪魔的に小さく笑う。う~む。最近順調に儲かっているのは、やはりこういった金に強い知り合いが増えたからかもしれない。エプリといいジューネといい、それに都市長さんやネッツさんもそうだ。


 考えてみれば、そもそも最初に自称富と契約の女神の手駒になってるんだから、こういう縁が深まるのはある意味当然か? 神様パワー的な物が作用しているのかもしれん。その分くらいは後で感謝しとこ。


「ところでトキヒサさん達はこれからの予定はお決まりですか? もし良ければ少し付き合ってほしいのですが」

「付き合う? 俺は別に良いけど、二人はどうす……って聞くまでも無いって顔してんなこりゃ」

「……当然ね」

「うん」

 

 終わったら資源回収に行く予定だったが、考えてみれば必ずしも毎日行く必要はない。少し間をおいて物が溜まるのを待つというのも有りだ。


 念の為エプリやセプトの予定を聞こうとしたが、二人して俺に同行する気満々のようだ。


「よし。それじゃあ付き合うとするか。……ところで何に?」

「簡単です。これでも私だって女の子ですからね。


 この時のジューネの言葉に微妙に違和感を持ってしまったのは俺だけじゃないと信じたい。





 交渉も終わり、すぐに戻ってヒースとアシュさんの鍛錬に付き合うのかと思いきや、今日の予定では鍛錬の時間は少し遅いらしく、それまでジューネは以前キリから貰った情報を頼りに買い物をしていくという。


 なので荷物持ち代わりとしてこちらに付き合う事になった。それは良いのだが、


「ちょ、ちょっと買いすぎじゃないかジューネ」

「何を言ってるんですかトキヒサさん。まだまだ予定の半分くらいしか回っていませんよ」


 半分って……俺もう両手どころか両肩まで使ってるんだけど。今の俺を遠目で見たら、一瞬人型に見えずにとまどう人が出るかもな。


 ジューネときたら、最初から行く店を決めているのかずんずんと突き進み、めぼしいものを幾つか買うとすぐに次の場所へ向かう。それだけなら普通のことかもしれないが、その繰り返しをもう六回は続けているとなると話は別だいっ!


 買った物を入れた袋を身体のあちこちにぶら下げ、バーゲン帰りの主婦はもしやこんな感じかと考えを巡らせる。


「トキヒサ。私、持つ?」

「気持ちはありがたいけど、もうセプトもキツイだろ? 腕がプルプルしてるぞ」


 遂に俺だけでは手が足らず、セプトまで荷物持ちになる始末。持たせたのは比較的軽い方ではあるが、長く持っていればそれだけ負担も大きい。移動が雲羊じゃなかったらとっくにへたばってるぞ。


 一度『万物換金』で金に換えて屋敷で戻そうかと提案したが、手数料がもったいないからと断られた。やっぱダメか。


「エ、エプリも一つくらい持ってくれよ」

「…………護衛は荷物を持たないの。手が空いていないといざと言う時に対応出来ないから」


 もっともな意見だ。しかしそれはそれとして、一人だけ身軽というのはちょっと妬ましい。見ろっ! ジューネだって片手に袋を……って、あれっ!?


「そう言えばジューネ。いつものデカいリュックサックはどうした? あれがあれば一発じゃないか」


 今にして気付いたが、ジューネがいつも背負っているリュックが無い。あれに入れてしまえばある程度重量やらなにやらを抑えられるはずなのに。


「残念ながら、あれは昼間の内にヌッタ子爵に預けてるんですよ。時折整備をしてもらわないといけませんからね。私も簡単なものなら出来ますけど、この際ですから本格的な整備を頼んだんです」

「整備ね。もしかしてあのリュックはヌッタ子爵が造ったとか?」


 何だかんだダンジョンの時からあのリュックには謎が多い。もし作ったのがヌッタ子爵だとしたら興味があるが。


「いえ。ヌッタ子爵は以前珍しいから貰ったと言っていました。その時持ち主になるという事で、徹底的に整備の仕方を叩き込まれたらしいですよ」

「貰ったって言うと……誰に?」

「それはですね……って、ちょっと待ってください。あれは……」


 急に言葉を止めると、ジューネは俺の後方にじっと目を凝らす。何だよ。何か気になるものでもあったのか? 俺も荷物を落とさないよう気を付けながら振り返る。


 市場だけあって人で混雑していて、どこに目を向ければ良いか分からない。だがジューネの視線から見て少し遠くの方に視線を向ける。そして、


「おっ! あれってもしかしてヒースか?」


 ちらりと見えただけだが、そこには見覚えのある顔の奴がいた。多少距離があったためかこちらに気づいた様子もなく、そのまま雑踏の中をどこか目的地があるかのように真っすぐ歩いていく。


「へぇ~。あんまりイメージが湧かないけど、ヒースも市場で買い物かね?」

「…………おかしいですね。今は屋敷で講義を受けている時間のはずです。以前アシュが鍛錬の時間を調整する際にそう言っていました」


 ってことは……さぼりか!? 待てよ。これはある意味チャンスじゃないか? 都市長さんの頼みである、時々ヒースがさぼってどこに行っているのか調べてほしいという話の。


「なあジューネ。いったん買い物を中止して、こっそりヒースを尾行するってことにしないか?」

「それは……まあアリと言ったらアリですね。……ただその格好でですか?」


 ジューネは大量の荷物でシルエットが凄いことになっている俺を指差す。確かにこの格好はマズいな。どっかに荷物を置けるコインロッカー的なものはないもんかね? 俺は自分の格好を見てため息をついた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る