第99話 驚きの値上がり千倍

 俺達の乗る馬車は、それから何事もなかったかのように走りだした。しかし先ほどのきな臭い話もあったし、念のためという事でしばらくアシュさんとエプリが周囲に気を配ることになった。


 この二人なら何かあればすぐに察知してくれるだろう。今の内に色々話を聞いておくか。


「ところでラニーさん。さっきの人のことで何か分かったことはありませんか? ……もちろん個人情報を話せないのは分かってますから、事故の時の様子とか」

「そうですね。それなら問題ないでしょうか。先ほどの人はラッドさんというらしいのですけど、私の聞いた話とベンさん達の聞き取りを合わせて考えると、どうやら荷車で走っている最中に急に車輪の軸の部分が壊れたそうです」


 こうしてラニーさんが話してくれたことによると、急に荷車の車輪が壊れた後、ラッドさんは何とか制御しようとしたが結局横転してしまったという。それだけなら部品劣化による事故か何かなのだが、気になるのはこの後の証言だ。


「ラッドさんが言うには、車輪はつい先日新品に換えたばかりで壊れるとは思えないそうです」

「部品の劣化じゃないとすると、原因は別にあるってことですか?」

「そこまでは流石に。整備不足を誤魔化すための嘘という事も考えられますから。それにあとはベンさん達の仕事。部外者の私達がこれ以上の詮索をするというのはよろしくないと思いますよ」

「それは…………そうですね」


 俺達は探偵でも警察でもない。今日この町に入ったばかりの部外者と言える。それなのにこれ以上首を突っ込むのは筋違いか。


「ラッドさんは医療施設に送られるという話ですし、散乱した荷物や荷車などはベンさん達が一時的に預かるようです。ラッドさんの怪我が治り次第返却するという事ですから、多分大丈夫ですよ」

「それならまあ安心か」


 日本で例えるなら警察に荷物が押収されたようなもんだ。そこらにほったらかしにするよりは相当安全だろう。あとはラッドさんが治れば荷物を返してもらい、それで終了という訳だ。


「一つ気になるんですが、魔石の輸送許可を出した人って誰なんでしょうね?」


 そこでジューネがふと思いついたように呟いた。


「それは流石に話してくれませんでした。聞いていたとしても私もそこまでは話せませんが」

「……ですよねぇ。ここで手詰まりですか。折角金の匂いがプンプンするのに」


 ジューネも少し落ち込んだ様子だ。金の匂いがしても危険も大きそうだけどな。ホッとしたような残念なような。…………やっぱりホッとしたの方が大きいかな。冒険も良いけど今はやることがありすぎる。





「え~い落ち込んでいても仕方ありません。手に入らなかった儲け話はスパッと忘れて、次の儲け話を探しましょう。…………そう言えば先ほどの荷車の件でうやむやになっていたのですが、トキヒサさんの腕に着けているものを見せてもらう話でしたね」


 そういえばそうだった。時計だと言っているのに信じないんだもんな。俺はさっきと同じように腕を伸ばしてジューネに見えるようにする。


「時計なんて言ってましたけど、さ~て一体何が…………えっ!?」


 ジューネは俺の腕時計を見て急に言葉を止めた。そのまま数秒ほど何も言わずに食い入るように腕時計を真剣に見つめる。


「見づらいなら外して渡そうか? ……ほらっ!」


 ずっと腕を伸ばしているのも微妙に疲れるので、一度腕時計を外してからジューネに手渡す。


 何故かジューネはそれを両手で捧げ持つようにして受け取り、そのまま穴が開くんじゃないかってぐらいの勢いでガン見する。上だけでなく横からも斜めからもガン見する。……何? どうしたのジューネ?


「………………トキヒサさん。一体どこでこれを?」

「どこでって…………」


 地球のフリーマーケットで買った時計とは言えないしな。ちなみに腕時計はアナログ式のものだ。針に夜光塗料が塗ってあって、暗い所でも時間が分かるようになっている。


 一部わざと内部の歯車が見えているところがあり、その部分が逆にしゃれていると思って買ったんだ。値段は二千円。使い込んで多少傷有だったから安く買えた。


「なるほど。言いたくないと。…………それはそうでしょうね」


 俺がどうしたもんかと黙っていると、何やら勝手に何か納得したようにジューネが言う。


「え~っと、この時計なんかマズいものなのか?」

「マズイと言うよりスゴイものですよこれはっ!」


 ジューネは半ば叫ぶように俺に詰め寄ってきた。皆して何事かとばかりにこちらを見る。……ジューネ顔が近い近い!?


「十分や五分刻みではなく一分単位の細工。それに秒数までこのサイズでしっかりと。加えてここはやや暗いのに、針が僅かに光を放っているのではっきり見えています。それにこの歯車の小ささときたらもう驚愕の一言です。これが世に出たら時計業界に激震が走りますよっ!」


 そう力説するジューネの勢いに皆引き気味だ。アシュさんだけはニヤニヤしながらこの様子を眺めている。笑ってないで止めてくださいよっ!


「ジューネ、怖い」

「…………はあ。失礼しました。いかなる時でも取り乱すなんて商人にあるまじき失態。ですがこれは本当にそれだけの価値がある品なのです」


 セプトまで少しビビってそうポツリと漏らしたのを聞いて、少しだけ落ち着いたのかジューネも軽く咳払いをして俺から離れる。


「よく分からないが、つまりこれは相当に価値に高い品だと」

「それそのものの価値もそうですけど、技術的な面から見ても欲しがる人は多いと思いますよ。どれだけ応用できることか……商人からしたら金のなる木と同じですね」


 ジューネがそこまで言うとなるとよっぽどだ。ひとまず腕時計は返してもらおう。…………ごねて返してくれないかと思ったが、言ったらすんなりと返してくれるジューネ。


「ハハッ。そりゃあ返しますよ。私は商人であって盗賊ではありませんからね。…………売却する気とかあります?」


 俺が不思議そうに思ったのが顔に出ていたのか、ジューネは笑いながらそう言う。だけど微妙に目が笑ってない。結構本気だ。


「う~ん。それお気に入りなんでやめとくよ。だけどこの様子じゃあもう下手に着けられないな。そんな価値のある物だと分かったら本当に盗賊とかに取られそうだ」

「いや。それは多分問題ないと思いますよ。こんな小さなものが時計だなんて言っても普通は信じません。私だって見るまでは信じなかったでしょう? ただのアクセサリーだと言った方がまだ信憑性があります。下手に隠したら逆に怪しまれますよ」


 それもそうか。意外にこういうのは堂々としていた方がバレないって言うもんな。じゃあこのまま着けていても良さそうだ。俺は腕時計を着け直す。


「しかし、この時計といい『万物換金』の加護といい、つくづくトキヒサさんの近くには儲け話の気配が漂っていますねぇ。本当にトキヒサさんとお近づきになれて良かったです」


 ここまで下心満載の言葉もそうそう無いな。なんかジューネの目がお金マークになっている気がするし。……まあ商人として誇りを持ってるっぽいので簡単に裏切るっていう事はなさそうだけどな。それになんだかんだ良い奴だし。


「……ちなみにその時計っていくらくらいの値が付きそうなの? ジューネ」


 エプリが興味を持ったのかそんなことを聞く。無論この状態でも周囲の警戒は欠かしていない。すると、


「そうですねぇ。…………なにぶん初めての品なのではっきりとは断言できないのですが、私の伝手を最大限に生かしてなるべく高く、そして長期的に見て最大限の利益になるように立ちまわったとして…………」


 再び算盤を弾き始めたジューネ。やがて計算が終わったのかせわしなく動いていた指が止まる。


「即金であればざっと二十万デン。時間をかけて大規模なパフォーマンスが出来るのであれば少なくとも五十万デンは堅いと思います。勿論純益で」

「……へぇ」

「………………えっ!? えええぇっ!?」


 ジューネが提示したのは驚きの額だった。聞いたエプリ本人も少し驚いたような顔をしているけど、一番驚いているのはこっちだからな。


 だって二十万デンですよ二十万デンっ!! 日本円にして二百万円。フリーマーケットで買った二千円の品が二百万円。値段が千倍に跳ね上がってますって!! 地球の高級腕時計みたいな値段になっちゃったよ。


「それだけこの技術には価値があるのですよ。魔法などに拠らず技術のみでここまで出来るという証明ですからね。どうです? 私に任せてみませんか?」

「二十万デン…………二十万デンか」


 どうしよう。具体的な数字を聞かされると、売り払っても良いかなという気分になってくる。気に入ってはいるけど、それだけあったら一気にお金問題の大半は解決だ。


 課題の分とイザスタさんに借りた分にはまだ足らないが、エプリに払う分と当面の生活費、旅費なんかは解決する。だけど…………しかしなぁ……。


「あの~。そろそろ目的地が見えてきましたけど?」


 御者さんのその言葉を聞いて、俺はハッと我に返る。そうだ。今はこっちの方が優先だ。素早く切り替えてそちらに集中する。視界の端でジューネがもう一押しだったのになんて言っているが……気にしないでおこう。


 さあて。いよいよ都市長のいる館に到着する訳だが、ここで根本的な疑問が一つ。…………都市長ってどんな人だろうか?


 俺偉い人相手の礼儀作法とか知らないけど大丈夫だよね? なんか知らないうちにやらかしてまた牢獄行きとかはホント勘弁だよ? ……念のためにラニーさんに目上の人相手のマナーでも聞いといた方が良いかな?

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