第97話 セプトは人気者?

 俺達が荷車に近づいていくと、より細かい様子が見えてきた。横転している荷車は、どうやら車輪が外れただけでなく、軸となっている棒の部分が折れてしまっているようだ。


 引っ張っていたであろう二頭の馬がまだ荷車に繋がれており、酷く興奮した様子でその場で暴れている。下手に近づくと蹴り飛ばされそうで危ない。


 幸いと言うか何と言うか、横転したのはちょうど人のいない所だったようで野次馬は居ないようだ。荷車の傍には、御者席から投げ出されたのだろう男の人が倒れていた。ラニーさんがいち早く駆け寄って状態を調べる。


「……う、うぅっ」

「…………ふぅ。良かった。気を失っているようですが、見たところ怪我は投げ出された時の打撲と擦り傷のみで、命に別状はなさそうです」


 安心したようにラニーさんはこちらに向かって言う。頭でも打っていたら大変だからな。命に別状が無いって言うのなら良いことだ。


「それではラニーさんはその人の介抱をお願いします。アシュ。そこで暴れている馬を落ち着かせることって出来ますか?」

「…………まあやっちゃあみるけどな。専門家って訳じゃないから上手くいくかどうか分からんが」

「お願いします。ここで下手に暴れられたらマズいですからね。その間に私とトキヒサさん、エプリさんとセプトさんは荷物の回収を」


 ジューネはテキパキとやることを指示していく。頭の回転が速いし行動力もあるから、こういう時は頼りになるな。…………緊急時に多少パニくる傾向があるけど。


「……ではジューネ。肝心の荷車本体はどうするの?」

「そうですねぇ…………動かそうにもかなりの重量がありますからね。ひとまず散らばった荷物を片付けて、道に通れるスペースを作る方を優先しましょうか。その後でヒトを集めるなりなんなりして荷車を動かしましょう」


 エプリの言葉に、一瞬だけ考えてジューネは答える。確かに車輪が使えない以上、動かすだけでも大変そうだ。それならひとまず後回しにするというのは納得できる。


「よし。それじゃあ荷物を集めて脇に寄せるとしますか」

「うん。分かった」


 俺とセプトは早速落ちている荷物を集め始める。ボジョも服の袖から触手を伸ばして拾うのを手伝ってくれた。よく気が利くな。


 荷物は大半が木箱のようで、大きさはちょっとした段ボール箱くらい。俺は箱を抱えるようにして持ち上げるが結構重い。それを持ち上げた際に、中でゴロゴロと何か転がる感じがした。石か何かでも入っているのだろうか? 


 他にも小さな包みがいくつか落ちていたので、そちらはセプトに任せよう。この木箱よりは持ちやすいだろう。そのまま二人で近くの建物の壁際に移動させる。


 いくつも包みを抱えて歩くセプトの様子は、無表情でなければほっこりするものであること請け合いだ。実に惜しい。


「その木箱はこちらに。まとめておかないとまた通行の邪魔になりますからね」


 ジューネは荷物に傷などが無いか確認しながら置く場所を指示する。確認作業は任せるとしようか。……しかし地味に数が多いな。まだまだあるぞ。


「よいしょっと。こりゃあ意外に重労働だぞ。エプリ。そっちはどう…………えっ!?」


 エプリの方を見ると、木箱を三つほど風で浮かせながら悠々とこちらに歩いてくるエプリの姿があった。そのまま風で壁際に移動させ、ゆっくりと地面に下ろすエプリ。


 ……俺は精々そよ風くらいしか吹かせられないけど、けっして羨ましくなんかないぞ。


 そんなこんなでドンドン片付けていき、散らばった荷物を大体片付けた頃には、アシュさんも馬を落ち着かせて戻ってきていた。腕時計を見るとざっと十分は経っている。それなりに経ったことで、周囲に野次馬も数名ほど増えてきているな。


「人が増えてきたな。これだけいれば、力を合わせて荷車を移動させることも出来るんじゃないかジューネ。…………ジューネ?」


 呼びかけても返事がないので振り返ると、ジューネは木箱の一つを真剣な眼差しで見つめていた。それは散乱したはずみに一部が破損しており、僅かに空いた隙間から何やら石のようなものが覗いていた。


「…………どうしてこんなものが……」

「ジューネ。どうかしたのか?」


 気になって近づくと、ジューネはハッとした様子で顔を上げる。


「えっ……あぁ。ちょっと気になるものがあったので。…………それより今は荷車の方ですよね」


 どこか慌てたようにジューネは荷車の方に歩いていく。……なんか怪しいな。まあジューネの言う通り、今は荷車をどうするかが問題だけど。


 見ればアシュさんも何とか馬達を落ち着かせたようで、今は優しく馬の首を撫でている。これなら暴れて周りに被害が出るっていうのはなさそうだ。


 エプリは木箱を運び終わった時点で壁に寄り掛かり、自分の仕事は終わったとばかりに目を閉じて動かない。…………いや、微かにだが周囲に不自然な風の流れがある。護衛として周囲を警戒しているみたいだ。ダンジョンじゃないんだからそこまで警戒しなくても。


 さて、問題の荷車だが、ジューネが周囲に集まってきている野次馬たちに手伝いを呼びかけている。しかし荷車も重量があり、集まった数名だけでは数センチほど持ち上げるだけで手いっぱいだ。


「よし。俺ももうひと踏ん張り手伝うとするか」

「待って。私、やる」


 荷車の持ち上げに参加しようと俺が向かおうとすると、セプトが俺を制するように立ち上がりながら言った。


「やるって…………あれ相当重そうだぞ。セプトにはちょっときつくないか? やっぱり俺が」

「でも、トキヒサ体痛いんでしょ? 安静に」


 まあ確かに身体はギシギシ言ってるし、さっきぶつけたところも地味にジンジンするけど大丈夫だぞ。だけどセプトは俺の腕を掴んで離さない。


「トキヒサ。命令して。そうすれば、頑張れる」

「命令って……」


 命令をされたがる奴隷なんて聞いたことないぞ。だけどセプトは無表情ながら目だけはやる気に満ちている。下手に止めても聞かなそうだし、それこそ止めろって命令するくらいじゃないとダメだ。


 ……仕方ない。まあ他にも人がいるし、邪魔にならないように手伝ってもらうくらいで良いか。


「じゃあ…………命令だ。“他の人の邪魔にならないように荷車を運ぶのを手伝うこと。それと怪我をしないこと”。以上だ」

「分かった。トキヒサご主人様


 セプトは一度大きく頷くと、皆で悪戦苦闘している荷車の所に歩いていく。……大丈夫かな。





 持ち上げようとしている男達がセプトに気づくと、口々に笑いながらやめとけやめとけと言う。あと微妙に数人の顔がにやけている。確かにセプトは見た目華奢な人形みたいな美少女だもんな。そんなセプトから手伝うと言われたら、ついつい顔がにやけるのも仕方ないか。


 しかしセプトが引き下がらずに少し会話をすると、根負けしたのかスペースを空けてセプトが持つ部分を作る。


 ……なんか他の持ち上げようとしている人達が凄い気合が入った顔してるな。僅かに風に乗って、万が一にもバランスを崩すなよとか、この子に怪我させたらそいつはタコ殴りの刑だぞとか聞こえてくる。あの僅かな時間で心を掴んでないか?


「それじゃあ息を合わせろよ。……一、二の……三っ!」


 タイミングを合わせて、力を入れる野次馬たち。すると、


「おわっ!?」

「おっ!? さっきより軽く感じるな」

「これなら行けるぞ。少しずつこのまま壁に寄せていくんだ」


 明らかにさっきより持ち上がっている。これが美少女のために一致団結した人達の実力だと言うのかっ!? そのまま少しずつじりじりと移動し、通行の妨げにならない所に移動させていく。セプトも顔を赤くしながら頑張っている。


「偉いぞセプト……って、ありゃ?」


 よくよく見ると、荷車の影が不自然な動きをしている。一部が下から浮き上がって、荷車を押し上げている感じだ。そしてその影はセプトの影に繋がっている。


 ……まあ魔法を使うななんて言ってないし、他の人にはバレてないみたいだし、邪魔をしている訳でもなくちゃんと手伝っている。なら良い……のか?


 そのまま壁際に移動し終わると、口々に男達はセプトのことをほめそやす。魔法のことがバレたようではないが、セプトがいたから出来たというのは分かったのだろう。


 そして一通り盛り上がると、野次馬達はやり遂げたような満足げな顔をしてセプトに手を振りながら帰っていった。いつの間にか大人気である。セプトはそのまま俺の所に歩いてくる。


「トキヒサ。出来た」

「おうっ! よく頑張ったな」


 セプトが無表情ながらもどこか自慢げな口調で報告してきたので、俺も笑いながらそう言って労う。魔法の方はどうせ定期的に使わないといけなかったしな。セプトもバレないようにこっそり使っていたみたいだし、敢えて何か言うこともないだろう。


 労うと言ったらこれだろうと、俺はついつい昔陽菜にやったみたいにセプトの頭を撫でる。…………待てよ? 小さい頃の陽菜はこうしたら喜んでいたが、これは流石にマズいか?


 ちらりとセプトの様子を伺うと…………良かった。どことなく嬉しそうだ。基本無表情だから、俺の願望から嬉しそうに見えるだけかもしれないが。





「良かった良かった。もう少しかかるかと思いましたが何とかなりましたね」


 そう言いながらジューネとアシュさんがこちらに歩いてくる。俺はセプトを撫でるのを止めて二人に向き直る。…………微妙に名残惜しげな顔をセプトがしていた気がするが気にしないでおこう。エプリも壁に寄り掛かりながらこちらの話に耳を傾けているようだ。


「倒れていた奴が目を覚ましたぞ。今はラニーが介抱しながら事情を聞いている。そろそろ騒ぎを聞きつけて町の衛兵も来るだろうから、来たらあとはそいつらに任せて行くとしよう」


 ……そう言えばそもそも俺達は都市長の所に向かっている最中だったものな。荷車は通行の邪魔にならないように片付けたし、投げ出された人もラニーさんが介抱したんならこれ以上はこの町の人に任せるのが筋か。


「ジューネは良いのか? お礼をせしめるとか言ってたけど」

「その辺りは抜かりなく。ラニーさんに言って積み荷のことなども聞いてもらっていますから。…………少し気になることもありますしね」


 そう言うジューネはどこか思案するような顔だった。さっきも荷物の一つをじ~っと見てたしな。多分そのことだろう。一体何が気になるんだろうな?


「…………どうやら来たみたいよ」


 急に壁に寄り掛かったままポツリとエプリが呟く。その言葉に道の先を見ると、こちらへ向かってくる一団があった。どうやら衛兵たちが来たらしい。後はあの人達に任せるとするか。

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