第83話 奴隷と暴走

 俺達はボジョの先導を受け、気絶していたセプトの所に辿り着いた。のだが、


「何だ…………あれっ!?」


 そこはとんでもないことになっていた。セプトが地面に横たわっているのは分かる。だが明らかに苦悶の表情を浮かべながら、周囲の影が無差別に暴れまわっているのはどういう訳だ?


 影は刃となり、めったやたらに荒れ狂いながら周りの岩や地面を切りつけている。そしてその破片が新たな影を産み出し、その影がまた刃となって更に周囲へと拡がっていく。


 俺達は少し距離を取って近くの岩陰からその現象を見ていた。まだここまでは侵食する影も届いていないようだ。


「…………魔力の制御が利かなくなっている!? ……いや、と言った方が近いかしら。このまま使い続けたら最終的には……魔力の暴走が限界を迎えて大爆発を起こしかねない」

「エプリっ! どういう事だ?」


 エプリには何か心当たりがあるみたいだった。俺はさっそく訊ねる。


「……さっきセプトの素顔を見た時、首の所に首輪があるのが見えたわ。……彼女は奴隷よ。それも非合法のね」

「……奴隷?」


 奴隷。簡単に言うと、限りなく物に近いモノとして扱われる人のことだ。奴隷制というのがこの世界にあるのは以前イザスタさんから少し聞いていた。よくあるイメージとしては、主人の命令には絶対服従。逆らえば罰を与えられ、食事等もろくに与えられないといったところだろうか。


 それだけ聞くと非人道的で許されないことのようにも聞こえるが、しかしこの世界においてそれはある種のセーフティーネットの役割を果たしているとも聞いた。


 奴隷となるのは基本的に借金等で身を持ち崩して身売りした人か、何かの罪を犯した罪人だ。どちらにしても一定期間奴隷として働くか、自身を買い上げるだけの金を稼ぐことで解放される。


 そして、主人は奴隷に対して最低限の衣食住、及び決められた賃金と生命の保証をしなければならない。さらに定期的に奴隷の様子を商人の所に報告する義務もある。


 野垂れ死によりはまだマシという程度ではあるけれど、一応の救済措置であると言えなくもないのだ。


「……そう。奴隷は必ず首に奴隷の証である隷属の首輪を着ける。これで主人との奴隷契約がなされるの。そして首輪には主人への反乱防止の機能が標準装備されているわ。……さっきトキヒサが見た時はフードや髪で隠れていたようだし、あまりまじまじと見ないようにしていたようだから気付かなかったみたいね」


 確かに慌てていたから見落としたかもしれない。ボジョが縛っているのを触手プレイみたいだと思って目を逸らしていたのも原因かな?


「……おそらくセプトは何かしらの命令を事前に受けていた。……例えば、“特定の条件を満たしたら魔力の制御を度外視して発動し続けろ”とかね」

「だけどセプトは気絶していたはずだ。今だって意識があるようには見えない。それなのになんで命令が聞ける? それにいくら奴隷だからって、命の保証をする義務だって有る」


 本人の意思とは無関係に発動する命令なんてそんなのありか? それにこのままじゃセプトだって……。


「……物事には裏道があるの。非合法にヒトを奴隷にして売買するものは後を絶たないし、隷属の首輪も裏のルートでは高値で取引される。……非合法の奴隷なら使い潰しても報告の必要が無いし、首輪の機能によっては強制的に死ぬまで命令を聞かせられる類のものもあるから。……そんな首輪はよほどの重罪人しか着けてはいけない決まりなのだけどね」

「そんな…………じゃあセプトは!?」


 俺の言葉にエプリは黙って答えない。……ただセプトの方を見つめ、厳しい表情をするばかり。アシュさんも同じだ。


 これが置き土産かよっ! ちくしょう。クラウンの野郎。セプトに俺達を巻き添えに自爆させる気かっ! そのままエプリはくるりと後ろを向く。


「…………急いでこの場を離れるわよ。今のセプトはいつ限界を迎えるか分からない。……爆発の規模も不明だからなるべく離れた方が良いわ」

「後から来る調査隊の奴にも知らせないとな。またひとっ走り先に行くとするか」


 アシュさんは軽く手足を伸ばし、トントンと地面を蹴っている。今にも走り出しそうな勢いだ。エプリも戦いの中でボロボロになったローブを簡単に縛って動きやすい体勢を取る。…………これで良いのか?


「……ちょっと待ってくれ」


 この言葉が出たのは意識してのことじゃなかった。ついポロリと、こぼれ出るように口から出てしまったのだ。この言葉を聞いて、エプリとアシュさんは怪訝そうにこちらを見る。


「…………まさかとは思うけど、セプトを助けたいなんてことを言い出すんじゃないわよね?」

「そのまさかだったりする……んだけど」


 じろりとエプリに睨まれて、後半が尻すぼみ気味になったのは仕方ないと思う。エプリは大きくため息を吐くと、何故か可哀そうな人を見るような目をこちらに向けてくる。


「……いい? アナタがお人好しなのは充分に分かっているけど、この状況ではどうしようもないわ。……魔力の暴走を止めるのはとても難しい。他人のものなら尚更ね。熟練者が数人横についているならともかく、今の私達では止められない。…………一応聞くけど経験ある?」

「いや、無いな。と言うか俺は魔法の発動自体下手だ」


 エプリがアシュさんに聞くが、アシュさんは首を横に振る。確かにアシュさんってなんとなく物理特化っぽいもんな。牢獄にいたディラン看守と同じタイプだ。


「トキヒサは魔法が使えるようになったばかりで細かい制御は無理だし、私もハッキリ言って自信が無い。それに加えてここのアシュ以外全員体調が万全とは言い難いわ。あとは奴隷の主人が命令を解除するかセプトを殺すしか暴走を止める手立てはない。……クラウンが消えた以上、これじゃあもう逃げるしか道は無いの。それとも……あの影の刃をかいくぐってセプトに止めを刺してくる?」


 そう言ったエプリの顔は、どこか悔しそうな顔をしていた。……分かってる。セプトの境遇は思いっきりエプリと同じだものな。


 片や契約による護衛。片や奴隷としての護衛ではあるが、どちらもクラウンの奴に捨てられる形になっている。勝手な想像だが、エプリとしてはセプトを見捨てるのはやりきれないに違いない。


「他に何か方法は無いのか? ……そうだ! 近くに来ている調査隊の人達に手伝ってもらうとか」

「近くまで来ている数人の中に都合よくそれだけの熟練者がいるとも思えない。流石に拠点まで戻って連れてくるには時間が足りないな」

「じゃあ何とか近づいてセプトを叩き起こすとか。セプトだって死ぬのは嫌だろうから、暴走しないように協力できるかも」

「……さっきも言ったけど、隷属の首輪によって強制されている場合は自分の意思ではどうにもならない。……たとえ起きても精々が少し抵抗して別のことが出来るくらいのものよ。簡単な会話とかそれくらい。情報を聞き出すためだけにあんな危険地帯に突撃はしたくないわね」


 苦し紛れに出した提案も、次々にバッサリと切り捨てられていく。じゃあ、じゃあ。必死に考える俺だが、エプリが「時間切れよ」という言葉と共に俺の肩に手を置いてまっすぐ見つめてくる。その真紅の瞳を見ていると、どこか吸い込まれそうな感じになる。


「……アナタの言う“殺さないし殺されない”という命への考え方は尊いものだと思う。少なくとも私の生き方よりは大分上等よ。…………けれど、だからと言って何でもかんでも助けようとするのは驕りというものではないの? アナタは決して強くない。……確かに少し頑丈で死にづらいかもしれないけれどそれだけ。痛みが無い訳ではないし、毒を受ければ苦しむ。……誰よりもまず自分の命を大切にするべきよ」


 エプリの言葉はとても真摯なものだった。一つ一つが胸に刺さるものであり、それが護衛という契約からだとは言え、心から俺のことを案じてくれているのが伝わってくる。


「……エプリの言葉はもっともだと思う」


 ……実際その通りなのだろう。俺が強くないことなんて誰よりも俺が一番よく知っている。地球では喧嘩もほとんどしなかったし、俺や陽菜がピンチになったら“相棒”に助けてもらうのなんてざらだった。


 力もないくせに人を助けようとして、結局誰かを巻き込んで自分が助けてもらう。それは確かに驕りだ。せめて自分の身を自分で守れるくらいの者でないと、人を助けるなんて言うべきではないのかもしれない。


 …………でも、多分それじゃダメなんだ。


「俺は強くない。ちょっとだけ身体は加護でマシになっているかもしれないけど、一人では全然出来ないことばっかりの半端者だ。そんな俺が危険を冒してまで敵だった相手を助けようとするなんて馬鹿な話だと思う。自分でもそう思う。…………だけど、助けたいって思ったのも本当なんだ」

「……トキヒサ」

「俺はバカだから、後先考えずに突っ走って失敗ばっかりだ。だけど何度失敗しても、突っ走ったことを後悔だけはしない。そうじゃないと、突っ走ろうとした気持ちまで否定するような気になるからだ。……だから今も、助けたいと思った気持ちを否定しないために考えるんだ。どうすればセプトを助けられるか」


 説明になってないとか思われるかもしれない。論点もブレブレで、子供のような言い草だと自分で思う。筋道も立ってないと思う。……でも、


「俺は痛いのは嫌だ。苦しいのも嫌だ。自分がそんな目に遭うのは出来るだけ避けたいと思ってる。だけど、ここでセプトを見捨てたら多分苦しいんだ。……身体じゃなくて心が。きっと助けようとしなかったことを後悔する。……だから俺は強くないけど、自分本位で驕った考えかもしれないけど、助けたいんだ」

「………………子供の論理ね」


 エプリは今度こそ呆れかえったようにそう呟いた。


「……子供なら話し合ってもこっちが不利か。……分かった。もう少しだけ待つわ。でもそれが過ぎても打開策が出なかったら…………分かってるわね?」


 これはエプリなりの優しさと最後通牒。これでダメなら引きずってでも連れて逃げるという意思の表れ。俺はそう受け取った。


「分かってるって! 俺はこう見えてロマンチストなんだ。ロマン理想リアル現実にそう簡単に屈してたまるかっての」

「……すぐ屈しそうな気がするけどね」


 エプリはそう言うと、懐から取り出した体力回復用ポーションを一息に飲み干した。そして瞳を閉じて何やら呼吸を整え始める。ああして少しでも魔力の回復を早めるつもりのようだ。ある程度回復したら、一気に風魔法を使って高速移動するつもりかもしれない。つまりそれがタイムリミット。


「……で、どうするんだ? 助けたいって思いだけではどうにもならないぞ?」


 今まで黙って俺とエプリの話を聞いていたアシュさんが、準備運動を終えてこちらに訊いてくる。問題はそこなんだよなぁ。


「…………こうなったら専門家に頼りますか」

「専門家?」


 首を傾げるアシュさん。……出来れば今は頼りたくなかったけども、背に腹は代えられないか。相手が奴隷契約でセプトを縛ってるんなら、こっちは契約のプロフェッショナルを呼ぶだけだ。……そう。自称富との女神を。


 俺は懐から女神との通信機を取り出した。…………さっき連絡したばかりだけど怒るかな? 願わくばなるべく機嫌が良い時に当たりますように。

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